第24話 あたしと桐生院君は…恋人同士になった。

 〇塚田乃梨子


 あたしと桐生院君は…恋人同士になった。


 恋人同士…


 今まで、自分にそんな存在が出来るなんて思いもしなかったあたしは。

 恋人同士が、何をどうして愛をはぐくんでいくのかが分からない事に気付いた。


 そもそも、友達がいなかったんだから…彼氏が出来たら何をどうする。なんて知識、あるわけがない。


 テレビも雑誌も見ないあたしは、恋愛に関しては白紙と言えば聞こえはいいが…

 ただの無知だった。



 相談できる人もいないし…

 とりあえず、本屋でそれらしい事柄が書いてある雑誌でも読もう。

 そう思って、バイトが休みの日に本屋に行くと…



「…何これ…」


 あたしは…呆然とした。

 音楽雑誌の表紙に…

 桐生院君のお兄さんが…!!


 その雑誌を手にしてページを開くと、六人グループ『F's』の特集…


 …F's…

 これがお兄さんのバンドなのね…


 ゴクリ。


 何だか…生唾を飲んでしまった。

 F'sの特集には、メンバーの詳しいプロフィールやQ&Aが載ってて。

 あたしはお兄さんの所だけでもちゃんと読もう…と、食い入るようにページに目を落とした。



 お兄さんの名前は…『神 千里』さん。


「あ…そっか…」


 婿養子だっけ。

 じゃあ、『桐生院』姓は伏せてるのかな。


 デビュー時の年齢…『18』


「えっ…18歳でプロデビュー…?」


 えー!!すごい!!


 家族構成…『大家族』


「…ザックリだけど、間違いない…」


 好きな食べ物…『嫁の作ったもの』


「わー…素敵だ…」


 好きな色…『意識した事はない』


「ふむ…いつもモノトーンなイメージ…」


 実際、雑誌に載ってる写真もモノトーン。

 あたしが家にお邪魔した時も、車で拉致られた時も…黒い服だったなあ…

 あ、ジャージも。



 たった今、三時間の自由時間が出来ました。さて、何をする?…『子供達と遊ぶ』


「あ~…子供達可愛かったな~…」


 これだけは譲れない…『風呂は嫁と』


「……」


 風呂は嫁と。


 え…えっ?

 お風呂、一緒に入るの?

 あのお兄さんと、ふわっとした…赤毛のお姉さん?


 い…一緒にお風呂ーーー!?


 い…いやいやいやいや…

 あり得ないから。

 しかもそれ…雑誌のインタビューで答えちゃう!?

 お兄さーん!!


「こ…これは衝撃告白なのでは…」


「どれが?」


「……」


 どれが?


 耳元で声がして、驚いて振り返ると。

 知らない人が、雑誌を覗き込んでた。


「だっ…だっ…」


 誰っ!?



「誰か、って?」


 その人は、首を傾げてあたしを見てる。

 あたしは雑誌を抱きしめて、コクコクと頷いた。

 すると…ニコリともしないその人は。


早乙女さおとめ宝智ともちか。誓の幼馴染みたいなもの。」


 何なら少し冷たい口調でそう言った。


「……え?」


 お…幼馴染みたいなもの…?


「…そ…そうですか…」


 そんな人がいるなんて、聞いた事ない。

 だけど…『誓』なんて親しそうに呼び捨ててるし…


 でも、何で…あたしを知ってるの?


「……」


「……」


 何となく、その…桐生院君の幼馴染みたいなもの…っていう早乙女君に、上から下までジロジロ見られてる気がして。

 あたしは自分でも自分の足元を見下ろしてみた。


「…何か…?」


 首を傾げて問いかけてみる。


「…気付いてないようだから教えてあげるけど。」


 早乙女君も、あたしと同じように首を傾げて言った。


「…何でしょう?」


「立ち読み、向いてないよ。」


「………え?」


「それ読みながら思ってた事。丸聞こえ。」


 早乙女君の指先は、あたしが抱きしめてる雑誌。


「…読みながら思ってた事…丸聞こえ…?」


 その言葉を復唱すると…


「モノトーンなイメージとか、子供達がかわいかったとか、衝撃告白だとか。」


「!!!!!!」


 驚きのあまり、両肩が耳の高さぐらいまで上がった。

 そんなあたしの様子がどうだったのか、早乙女君は口を半開きにして目を細めて…

 それは、何なら…『気味の悪い女』とでも思ってるような…そんな顔だった。


 だっ…だっだけど…

 仕方ないじゃない!!


 この人…


「も…もしかして、人の心が読めるとか…?」


 あたしが後ずさりしながら小声で言うと。


「はあ?おまえバカ?」


 すごく…トゲのある言葉が返って来た。


「バカ…」


 バカもだけど…その前の『おまえ』って…

 あたし達、初対面よね!?


「いちいち声に出して言ってたけど。」


「えっ!!」


 大きな声を出してしまって、少し注目されてしまった。

 あたしは慌てて片手で口を塞ぐと。


「あ…あたし…全部口に出して…ました?」


 小声で早乙女君に問いかけた。


「そう言っただろ。」


「そ…それは…バカと言われても仕方ない…」


 ガックリとうなだれる。

 幸い、あたしのすぐ近くに人はいなかったし…

 あたしのつぶやきぐらいで、この『神 千里』という人物が、あたしの彼氏のお兄さんだなんて…バレるはずもない。


 だけど…

 口に出してたなんて…!!

 バカって言われても仕方ない!!



「…ご指摘ありがとうございました。以後気を付けます。」


 あたしは雑誌を元の位置に戻すと、そそくさと早乙女君の前から立ち去ろうと…


「今日は誓と会わないの。」


「……」


 背中を向けた所で声をかけられて。

 仕方なくゆっくり振り返る。


「…会う予定にはしてませんが…」


「せっかく付き合い始めたのに、さえないな。」


 せっかく付き合い始めたのに、さえない?


 あたしは数回瞬きをした後。


「えーと…」


「付き合い始めたんだろ?誓から聞いたよ。」


 そ…そうなんだ‼︎

 もしかして桐生院君…早乙女君に何か相談を…?


 あたしは数回瞬きをした後。


「あの…やっぱり、付き合うなら会う回数は多い方が?」


 早乙女君に向き合って、遠慮がちに問いかけた。


「は?」


「いや…その…あたし、彼氏とか初めてで…」


「………へー。」


 うわ、何だろ。

 今の、間。


「…まあ、会えないなら電話とかさ。」


「…電話もないんですよね…うち…」


「一人暮らし?」


「はい。」


「ふーん。それなら、誓を連れ込めばいいじゃん。」


「え?連れ込む?」


「そう。」


「あたしの…部屋に?」


「うん。」


「…連れ込んで…何を?」


「テレビ見たり音楽聴いたり。」


「…テレビもラジオもないんですよね…」


「……」


 早乙女君は小さく溜息をつくと、前髪をかきあげて。


「じゃ、押し倒してやっちゃえば?」


 少しだけ、口元を緩ませて言った。


「…押し倒して…」


 何をやっちゃうんだ?って思ったのは一瞬で。

 それって…ああああああああれだよね…って、すぐ気付いて。

 あたしは顔から火が噴いてるんじゃないかってほど…


「…真っ赤だけど大丈」


「平気。」


「……」


 イメージも出来ないそれを、あたしは両目をギュっと瞑ってイメージすまいと努めた。


 消えてしまえー!!よこしまな思い!!


「よし。」


 そう言って目を開けると。

 目の前に立ってる早乙女君は呆れたような顔をした後。


「…誓んち、行くか?」


 斜に構えてそう言った。


「え。」


「よし。行こう。」


「は?」


「早く来い。」


「え…えええええっ…ちょちょっと待っ…」


 えーーーーー!?

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