第23話 それから…

 それから…


 僕と塚田さんは、前のように一緒にお昼を食べて、時々はダリアに寄り道をするようになった。

 恋人…って関係じゃないけど、周りからはそう見えてたかもしれない。


 だって…

 僕の塚田さんに対する態度は…あきらかに以前と変わってるから。


 大事な友達。

 そう思いながらも…

 塚田さんが傷付くような事がないように…

 いつも塚田さんを見守った。


 …だってさ。

 塚田さんは、嫌がらせをされてた事すら気付かなかった人。

 …ま、それは幸せなのかもしれないけどね…。




 そうこうしてると夏休みがやって来た。

 何か約束を取り付けたいけど…塚田さん、バイト入れてるしな…

 それに、僕も割とハードだ。

 だけど、友達の特権として…塚田さんのバイトのシフト表をもらった。

 僕の休みと合えばいいんだけど。


 そう思ってたけど…

 なかなかタイミングは合わなかった。


 塚田さんが休みの日は、僕は隣の市へ出向いて教室を開いてたり。

 早番の日に夕方待ち伏せようと思っても、おばあちゃまと展示会の目玉なんかの話をしてると、あっと言う間に時間が過ぎてたり…


 そんなこんなで、もっと早く会えるかもと思ってたけど、実際僕が塚田さんのバイト先であるレストランに行ったのは、夏休みが始まって二週間経ってからだった。



 和風パスタをオーダーして、黙々と食べた。

 うちは薄味の家だから、少し濃く感じた…けど美味しくいただいた。


 八時になって、塚田さんが上がる時間だな…って事で、僕も清算を済ませて外に出た。

 別に約束はしてないけど…僕が来た事は、たぶん塚田さんには分かってるはず。

 僕からは、塚田さんが働いてる場所は見えないけど。



「久しぶり。」


「元気だった?」


「うん。バイトお疲れ様。」


「桐生院君こそ。」



 並んで歩きながら、他愛のない話をした。

 二週間ぶりの塚田さんは…なんて言うか…表情が明るくなった気がした。

 前髪が少し短くなってる。

 それも手伝っての事かな。

 夏休み前より…よく笑ってくれるし。



「座る?」


 公園のベンチを指差して言うと。


「うん。」


 塚田さんは、以前はこういう時…無表情だったけど。

 笑顔でベンチに座った。

 …何だか、嬉しいな。



 最近、華道が嫌なわけじゃないけど、少し疲れてた。

 でも今、すごくホッとしてる。



「…もっと会いたいな…」


 本音ではあったけど、口に出して言うとは思わなかった。

 あ。と思った時には、もう言ってしまってて。

 しまった…って思ったけど、塚田さんの顔を見る勇気がなかった。


 塚田さんは無言。


 ああああ…やっちゃったかな…

 って、少し動揺してると…



「誓?」


 聞き慣れた声に呼ばれた。

 声の方を向くと…


「義兄さん…」


「よお。晩飯にいないと思ったら、デートか。」


 そこには、ジャージ姿の義兄さん。


 ああ…そっか。

 ツアーが近いんだっけ。

 それにしても…


「こんな所まで走ってんの?」


「いつものコースが工事中なんだよ。」


 義兄さんは、僕の隣に塚田さんがいるのを見て…少し口元を緩めた。


 あー……だよねー…


 塚田さんを見ると、首を傾げて義兄さんを見てる。


「…ツアー前だから体力作りだって。」


「ツアー前…」


「全国コンサート。」


「えっ…す…すごい…」


 あれ。

 僕、有名人って説明したと思ったけど…


「…ごめん義兄さん。説明が足りてなかったかも。」


 小声で義兄さんに言うと、義兄さんは僕の肩を抱き寄せて塚田さんから少し離れた。


「ふっ。別に構わねーよ。ところで…デートか?」


「え…えっ?」


「こんな時間にこんな所にいちゃ、もうデキてる二人としか思えねーけどな。」


「デキてるって…」


「好きなんだろ?」


「えっ…ちっちが…」


「違うのか?」


「……」


 好き…なのかな…?

 麗に抱いてた気持ちとは…違う気はする。

 だけど、何て言うか…

 塚田さんと麗に対して大きく違うのは…

 好きになっても罪悪感がない。って事だ。


 それに、確かに今僕は…こうして会ってるだけで癒されてるし…

 何より、こうして会える日を待ってた。



「…違わない…」


 義兄さんに小さく答えると。


「ふっ。なら上手くやれよ。」


 義兄さんは、僕の肩をトンと押して塚田さんの事もチラッと見た。


「…ありがと。」


 恥ずかしい気もしたけど…義兄さんは、こういう事で人を茶化す人でもない。

 本気のエール…だと思う。


「誓をよろしく頼むぞ。」


 義兄さんは塚田さんにもそんな事を言って、僕は少し目を細めたけど。


「じゃあな。」


 手を挙げて…颯爽と走って行った。



「…よろしく頼まれちゃったけど…」


 塚田さんが義兄さんの後ろ姿を眺めたままで言う。

 僕は…そんな塚田さんの横顔を見て…


「…塚田さん。」


 塚田さんに向き直った。


「え?」


「…僕と、付き合って下さい。」


 人生で…一番ドキドキしてるかもしれない。

 今まで味わった事のない緊張感。

 だけど…ワクワクもしてる。


 塚田さん、お願いだから…僕を受け入れて。


 そんな願いを込めて見つめてみるけど…

 塚田さんは驚いた顔のまま、僕を見てる。



「…ダメ…かな…」


 少し弱気になってしまって、視線を落としかけると。


「え…えーと…付き合うって…」


 塚田さんが上ずった声で言った。


 あ…そっか…

 これじゃ、ちゃんとした告白じゃないや…


 僕は小さく深呼吸をすると。


「…塚田さんの事、好きだ。」


 ハッキリと、そう言った。


 すると…


「……」


 塚田さんが……大きく口を開けた。


 わ…

 笑いたくなるような顔なんだけど…

 今笑っちゃダメだよね…

 女の子の顔見て笑うとか…

 絶対ない…よ…


 ……我慢しようよ。


 笑っちゃダメだ…!!


 …でも…


 塚田さん…!!

 何でそんな顔するんだよー!!

 笑わせようとしてる!?



「…ごめん………ぷっ…」


 極限まで我慢したけどダメだった。

 小さく謝って背中を向けた。

 極力笑うまいと努力はしたけど…その分体が震えた。


 だって…だって!!

 あんなに目も口も大きく開けるなんて…!!


 やっと気分が収まって、ゆっくり振り返ると…


「…えっ…」


 あー!!

 やっぱり酷い奴だよ僕って!!

 塚田さん、泣いてるじゃん!!


「あ…ご…ごめん…笑ったりして…」


 僕がそう言って少しあたふたしてしまうと。


「あ…あ、これは…その…」


 塚田さんは、初めて自分の涙に気付いたようで…慌てて涙を拭って。


「…あたしの事、好きって言ってくれたの…桐生院君が初めてだよ…」


 小声で…そう言った。


「…え?」


「生まれて初めて、好きって言われた。」


 涙を拭って僕を見つめる塚田さんは…すごく可愛かった。

 潤んだ瞳がキラキラして…引き込まれるみたいだった。


「ありがと…なんか、すごく…満たされた気分…」


「……」


「でも…あたしなんかでいいのかな…」


 僕は塚田さんの肩に手をかけて、問いかけた。


「…僕の事、どう思ってる?」


「…え?」


「好き?」


「……」


「……」


「…うん。」


「ほんと?」


「うん…」


「…じゃあ、付き合ってくれる?」


「…よろしくお願いします…」


 その言葉を聞けた瞬間…僕は塚田さんを抱きしめた。


 …本当は…『好き?』って聞いて、返事をもらえるまで少し時間がかかった事…

 気になったけど。

 …足りない分は、今から僕が頑張ればいいだけだ。とも思った。



「…ありがとう…」


 腕の中の塚田さんに、そう言うと。

 塚田さんは…少しだけ赤くなって…だけど幸せそうに目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る