第22話 「か…勝手に、なんか…その…桐生院君の背中が、寂しそうに思えて…」
「か…勝手に、なんか…その…桐生院君の背中が、寂しそうに思えて…」
…え?
「ほんと、勝手に…そう思って…勝手にそうしたくなって…ごめん…ごめんね?あの…こんな事、い…いつもしてるわけじゃないから…」
さっきは冷静に聞こえた声も、今は…震えてて。
忙しく瞬きしながら、塚田さんは戸惑った顔。
「…なんで、僕にはそうしてくれたの…?」
「え…っ?」
「何で?」
「…それ…はー…」
塚田さんが困ってる。
…そりゃあそっか…
そんなつもりじゃない優しさの抱擁に理由を求められたって…
「…ほっとけないって…思って…」
「……」
そんな事を言われたのは、初めてだった。
僕はいつも無駄にそこそこの事が出来て。
だけど完璧じゃないから近寄りがたくもなくて。
でも、いつもフラットな状態しか人に見せないから…みんな僕がどんなに汚れてて醜くて…
誰よりも、誰かを求めてるなんて…知らない。
「でも…いい迷惑だよね。あたしなんかにこんな…ごめん。ほんとごめん。」
そう言って帰ろうとする塚田さんを。
「え。」
今度は…僕が後ろから抱きしめた。
「き…」
「黙って。」
「……」
「…心配…してくれたのに…ごめん…」
どういうわけか…自然と涙が出て来た。
麗の前でだって…自分が情けなくて泣くなんて事なかったのに…
「…塚田さん…いい人なのに…僕、最低な奴だ…」
「…何…?」
「…ダリアで…」
「…うん…?」
「塚田さんが…僕の事、好きって言わないか…試した…」
「…え?」
「今だって、そうだよね。塚田さんの好意の理由を聞き出そうなんて…」
「……」
「誰かに…」
「……」
「…誰かに…必要とされたくて…」
自分で言葉を吐き出してて…気付いた。
ずっと誰かに必要とされたくて。
父さんを超えたくて。
おばあちゃまに認められたくて…頑張って来たけど…
…だけど、一番ピッタリ来る言い方をしたら…
僕が、僕らしいままで…僕を必要としてくれる誰かが…欲しかったんだ…。
「…僕…少し前に失恋して…」
なぜか今は全てを素直に話せる気がした。
披露宴で家族への思いを吐き出した麗の姿が、脳裏に浮かんだ。
「それで…ちょっと自暴自棄になって…」
「……」
「だから…って…誰でも良かったわけじゃないけど…」
「…あたしが…あの時、桐生院君を好きだ…って言ったら、立ち直れてたかも…って事?」
「……最低だな。ほんと…男らしくないし……ごめん。」
「……」
「こんな事もして…ごめん…」
ノン君とサクちゃんを抱きしめるのとは違って…今まであまり感じた事のない甘い気持ちが湧いた。
だけど…僕はまたこうやって塚田さんの好意に付け込んでしまう自分が怖い。
ゆっくりと体を離して自分の足元を見る。
…バカだな…僕…
「…あたしが先にした事だし。」
背中を向けたままの塚田さんが、小さな声で言った。
あはは…
ほんと…
塚田さん、お人好しだ。
そんな事言ったら…ほんと…
僕…
「…明日はサボらずに行くよ…」
また泣きそうになったけど、我慢しながらそう言って…
少し前屈みになると、塚田さんの背中に頭が触れた。
「…こんな僕でも…また友達になってくれる?」
そのままの体勢で言ってみると。
「こんな僕って…それはあたしの方。あたし、桐生院君の友達にふさわしいのかなって…」
塚田さんは、珍しく早口でそう答えてくれた。
「…こんなに弱音を吐いたの、生まれて初めてだよ。」
「……」
「来てくれてありがとう。」
何だかスッキリした。
塚田さんの背中から頭を離して、お茶の用意をしようとすると…
ガシッ。
いきなり…塚田さんが向き直って僕の両腕を取った。
そして…
「…塚田さん?…………え…っ?」
な…っ…
な…ななななな…
塚田さんーーーーーー!?
塚田さんは、僕にギューーーーーっと抱き着いて。
背中に回した手にも、すごく力が入ってて。
それは…若干…苦しいぐらい…
「あ…ああの…」
「…桐生院君も…こうして。」
僕の胸に顔を埋めたまま、塚田さんがつぶやく。
「…え?」
「ギュッと…して。」
「……いいの?」
「して。」
「……」
い…いいのかな…
ドキドキして腕が震えたけど…
塚田さんの背中に手を回して…ギュッ…と…抱きしめる。
…あー…
「…なんか…ホッとする…」
僕が思った事を、塚田さんが口にして…ちょっと…幸せな気持ちになった。
「…うん…」
ほんと…ホッとする…
「…失恋…辛かった?」
「……うん。」
「…そっか…」
「…でも、ごめん…今、相当癒されてる…」
「…あたしに?」
「うん。」
「……」
「こんな僕に…ここまでしてくれるなんて…塚田さん、お人好しだ。」
小さく笑いながらそう言うと、それまで胸にあった心地いい温もりがふっと離れたかと思うと…
「……」
……え?
え…えええええええええ!?
つっ…塚田さん!!
ぼ…僕にキス…!!!!
「ご……ごめんっ!!」
我に返ったのか、塚田さんはすごい勢いで僕から離れて。
「い…や…あの…え?」
「あっあああたし、ごめん。今…いいいいいい今、思い切りつけ込んだ!!」
「……え?」
「ごめん!!」
けたたましく、その場を去ろうとした。
だけど僕は塚田さんの腕を掴んで…胸の中に戻した。
「っ…」
「つけ込んだ…って…」
「うっ…そっそれは何かそれ…あの…そう…言葉のあや!!」
「…ごめん…謝ってばかりで…信用できないかもだけど…」
「そっそそそれは、あたしが謝る事だから!!」
「…嬉しかった。」
「…い…いぇ?」
「…嬉しかった。」
「……」
塚田さんがおとなしくなった。
僕は抱きしめる腕に気持ちを込めた。
正直…今まで付き合った女の子には、早く経験してしまおうって…そんな気持ちしかなくて。
抱きしめた後に残るのは、いつも罪悪感だった。
塚田さんは…僕の事を見てくれてた。
友達として。だとしても。
僕は…塚田さんを大事にしなきゃいけない。
初めて…僕が胸の内を吐き出せた人だから…。
「…外に出ようか。」
背中に手を回したままそう言うと。
「…え?」
塚田さんは…少し残念そうな声を出した。
ような気がした。
だけど…
「今日…夜まで誰も帰らないんだ。」
「…そう…」
「このままここにいたら、理性が…」
「理性?」
そう。
理性が保てる気がしない。
だって…さっき塚田さんは自ら僕にキスしてくれた。
だったら…好意がないわけじゃない。
って…ほら…
僕はまたこうやって、塚田さんの優しさを自分で勝手に解釈して次に進もうとしてしまう。
…ダメだよ。
こんなにいい人。
大事にしなきゃ。
「…とにかく…今日は…嬉しかった。ありがとう。」
名残惜しかったけど…塚田さんの頭をポンポンとして離れる。
そうしなきゃ…僕だって健康男子だ。
何をしてしまうか分からない。
「映画、観に行かない?」
門を出て問いかけると、塚田さんは少し意外そうな顔をした。
ほんと、自分勝手で悪いけど…今日はお人好しな塚田さんに甘える事にした。
「いい?」
返事をしない塚田さんの顔を覗き込む。
「…いいよ?」
「ありがと。」
車の免許、持ってるのに…表通りまで歩いた。
…手を繋いで。
何も聞かずに自然とそうしたんだけど…塚田さんも何も言わなかったし、嫌そうでもなかった(と思う)から、まあ…いいかなって。
父さんは映像を扱う会社の社長だけど、家では映画を観ない。
ただ、名作はズラリと納戸に並んでる。
僕はその中から何本かを麗と観たり、濃厚なラブシーンがあるって聞いた物は一人でコッソリ観たり…
たぶん、同年代の中では…名作に詳しいかもしれない。
「これでもいい?」
映画館の前で、ポスターを指差してそう言うと。
「何でもいいよ。あたし…全然映画分かんないから。」
塚田さんはポスターを見上げたままそう言った。
「面白くなかったらごめんね?」
「あ、そういう意味じゃなくて…桐生院君は映画詳しそうだから、どれでもいいよって意味。」
「…たぶん、泣くやつ。」
「…泣きたい時もあるよね。きっと。」
「……」
「入ろっか。」
後ろの方に座った。
たぶん僕は泣く。
分かってて…この映画を選んだ。
この映画は…主人公が大失恋するんだ。
「……」
案の定…僕は号泣した。
隣に塚田さんがいても平気だった。
『行先のない僕の気持ちは、どこへ向かえばいいんだ?』
って主人公の気持ちが…痛いほど分かって。
左手で涙を拭ってると…
「……」
右手を…塚田さんに握られた。
少し驚いたけど、顔を見る事はしなかった。
勇気をもってしてくれた事だと思うし…
それからも僕は、泣きながら映画を見た。
そして…繋がれてる塚田さんの手を握り返して…
途中からは、指を組んだ。
「ごちそうさま。何だか…今日、かえって悪かったみたい。」
映画の後、二人で洋食屋でカレーを食べた。
付き合ってくれたお礼。って奢ると、塚田さんは申し訳なさそうに何度もペコペコと頭を下げた。
「なんで?」
「だって…全部払わせちゃったし。」
「そんなの…割り勘になんてしたら僕の気が済まないよ。」
「でも…」
「嬉しかったんだ。」
「……」
「ほんと…今日はありがとう。」
「それは…あたしも…ありがとう。」
「え?」
「あの…色々奢ってもらって。」
家まで送りたかったけど、塚田さんに激しく拒否された。
それは本当に悪いから!!って言われて…駅で手を振って別れた。
…本当に家まで送りたかったのになあ…
『泣きたい時もあるよね。きっと。』
塚田さんに手を振りながら。
塚田さんは…泣きたい時があるのかな。って、少し思った。
僕の事を気にして来てくれた塚田さん。
いつか…塚田さんの泣きたい時に、寄り添えたらいいな…。
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