第12話 「…これ、何。」

「…これ、何。」


 結局トモと二時間喋って、途中まで一緒に帰った。

 久しぶりに昔の話なんかもして…落ちてた気持ちが復活した…と思ったのに。


 家に帰ると。

 大部屋のテーブルの上にドーンと…



「お見合い写真。」


「……」


 誰の。って聞こうとしたけど…一枚めくったら中に写ってたのがスーツ姿の男だったのを見て…


「…麗、お見合いなんてすんの?」


 見合い写真に目を落としたままつぶやいた。

 そこにいるのは、母さんとおばあちゃまだけ。


「一昨日、急に『見合い写真もらって来て』って義母さんに。」


「昨日持って帰った写真は全部気に入らないって言ったので、こちら側が今日の追加分ですよ。」


 おばあちゃまがそう言って、僕が手にしてるのとは反対側の写真の山をポンポンと叩いた。


「……」


 麗が…お見合い。

 しかも…自分から…?


 また、ズズーンと気持ちが落ちた。

 だけど母さん達の手前…そんな顔は出来ない。


「う…麗、結婚願望なんてあるんだ?料理もそんなにしないクセに、大丈夫かな。」


 少し声がうわずった気がするけど…僕は気のないふりをして写真をテーブルに置くと、自分の部屋に向かった。


 すると…


「うわっ!!」


「…何よ。別に、そんなに驚かなくても。」


 僕の部屋に…麗がいた。


「な…何で僕の部屋にいるんだよ。」


 荷物を置きながら、椅子を引いて座る。


 麗は僕のベッドで膝を抱えて唇を尖らせると。


「…大部屋にいたら、見合い写真を見なくちゃいけないし…」


「…何だよ。自分で頼んだクセに。」


「だって…」


「……」


「……」


「…だって、何。」


 何も言わない麗を振り返って問いかけると。

 麗は唇を尖らせたまま僕を見て。


「…忘れたい人がいるのよ。」


 小さくつぶやいた。


「……」


 忘れたい人がいる…

 それはつまり…


「…失恋…でもしたの。」


「…そう…いう事かな…」


「……」


 胸が…痛くなる…かと思いきや。

 失恋か。と、少し気持ちが上がった。


 麗がフラれた。

 今の麗に恋人はいない。


「何だよ。失恋ぐらいで見合いって。」


 膝に肘をついて、前のめりになる。

 麗の唇は尖ったまま。

 この顔、可愛いんだよね。

 ずっと見てても飽きない。



「…あんたはいいわよね。彼女がいて。」


「え?」


「だって、一昨日の夜はデートで遅かったんでしょ?」


「……」


 一昨日の夜…


 僕は、塚田さんがバイトしてるレストランにご飯を食べに行った。

 大学の華道部の人達とだ。

 晩御飯要らないよ。って家に電話をしたら、出たのが義兄さんで。


「あ、義兄さん?僕。今日、晩御飯要らないって伝えてもらっていい?」


『何だ。デートか?』


「デートじゃないよ。」


『照れなくていいぞ』


「…デートだよ。」


 面倒臭いのも手伝って、つい…そう言ってしまった。



「あ…あれは、違うよ。」


「別にいいわよ…隠さなくても。」


「ちっ違うってば。華道部の人達と、展示会の打ち合わせでご飯食べに行っただけだよ。」


「ふーん…」


 麗はどうでもいいようにそっけなく返事をして、抱えてた膝を伸ばした。


「あたし達、二十歳になるんだもん…そういう相手がいたって、おかしくないよね…」


 違うんだって。


 心の中で繰り返しながら…うつむき加減の麗を見た。



「…夏に、友達の所に泊まったって…アレ、さ…」


 本当は高原さんのマンションだ…って知ってるけど。

 あえて、知らん顔して問いかける。


「彼氏のとこ…だった?」


 麗はチラッと僕の顔を見て。

 そばにあったクッションを抱きかかえると。


「彼氏じゃないよ…でも、好きな人に酷い事しちゃって…」


 うつむいて、小さな声で言った。


「…好きな人…」


 胸を刺された気がした。

 麗は…今まで誰かに好きになられる事はあっても、自分から好きになる事なんて…


「…あの後も…夜中に帰って怒られたよね。」


「……」


「あの時は?」


 僕がしつこく聞くからか、麗はクッションを僕に投げつけると。


「どうして聞くのよ。今まであたしが誓の恋愛事情聞いても答えてくれなかったクセに。」


 キッと僕を睨んだ。


「なっ…ちゃんと相談しただろ?何をプレゼントしたらいいかとかさ…」


「あれ以外は全然答えてくれなかったじゃない。」


「答えるような事がなかったからだよ。」


「どうかしら。」


「何だよ…」


「早乙女君に聞いたわよ。誓、毎日一緒にお昼食べてる子がいるって。」


「……」


「彼女なんでしょ?」


 ト…トモーーーーーー!!


「…違うよ。彼女じゃないよ。」


「だって、毎日でしょ?」


「楽なんだよ。」


「どうして。」


「何も喋らなくても、お互い耐えられるって言うか…」


「…は?」


「気を使わなくていい友達って感じの子。」


「……」


「高等部の時、麗と同じクラスだった子。」


「誰?」


「塚田乃梨子さん。」


 僕の言葉に、麗は少し首を傾げて。


「ごめん。覚えてない。」


 真顔でキッパリ言った。


 …麗は麗だな。



「…見合い相手、本当にあの中から決めるの。」


 指を組んで問いかける。


 ううん。やっぱりまだ結婚しない。

 そう言って欲しい…と願いながら。


 だけど麗は。


「…決めるわよ。いい男とさっさと結婚する。」


 冷たい口調でそう言って、僕の気持ちを奈落の底に突き落とした。



 いい男とさっさと結婚する。

 麗がそう言って、僕の気持ちを奈落の底に突き落として数日の間に…

 僕は、麗が泣いてる姿を二度見た。


 一度は…公園のブランコで。

 何かを思い出したのか…空を見てた麗が、急にうつむいて泣き始めたんだ。


 そして、もう一度は…

 姉さんの歌を聴いてる時だった。


 新しいCDをもらって、いつものように二人で聴いてると…


「……あー…やだ、泣ける。姉さん、バラード上手くなったわね…」


 英語の歌詞で、たぶん麗は何の事か分かってなかったと思うけど…

 時々聞こえて来る『Broken Heart』ってフレーズで失恋の歌なのは察したのかもしれない。

 それに、内容は分からなくても…すごく心に響く曲だったし。



 麗が失恋した。

 そして、その恋を麗は今も引きずってる。

 それで自棄になって…見合い結婚する。なんて言い始めた。


 …バカだな。

 そんなに好きなら…諦めなきゃいいのに。


 最初は麗の失恋を喜んだり、失恋のせいで見合いをするって聞いて落ち込んだりしたけど…

 麗の涙を見て、それがどれだけ本気だったかを知って。

 僕の気持ちも変わった。


 …麗は…本気で心から好きだと思える人に出会ったんだ。

 僕の分身は…

 未だに麗以外に好きな人が出来ない僕よりも、ずっと先を歩いてる。

 …僕も、変わらなきゃ。


 そんな決意をしても、麗に励ましの言葉の一つもかけられずに毎日が過ぎていく。

 その間に、麗は見合い写真の中から見た目も家柄もいい男を一人選んだ。


 本当に、それでいいの…?

 そう聞きたい反面…

 そんなの、麗が一番自分に問いかけてるんじゃないかと思うと、僕は黙って見まもるしかなかった。


 どんな決断をしたって…

 僕は麗を応援するだけだ。

 それが間違いだった。って気付いたとしても、その時は笑って違う道を後押しすればいい。



 そうして、ついに迎えた…麗のお見合いの日。

 てっきり、どこかのホテルでの事かと思ってたのに。



「…すごい御馳走だね。」


 僕は、中の間にズラリと並んだ料理を見て苦笑いした。


 堅苦しい事は無しで。って事での食事会らしいけど。

 十分堅苦しくないかな。

 堅苦しいの無しなら、いつもの母さんの創作料理で十分だと思うんだけど。

 この懐石料理って…小々森商店で一番高い仕出しだよね。



「誓と麗はお茶ですから、こちらにお盆を置いておいてちょうだい。それと、お相手の方はタクシーで来られるから、何を飲まれてもいいようにこちらに並べて。」


 おばあちゃまが母さんにてきぱきと指示を出しながら、自分も忙しく中の間と大部屋を行き来してる。


「誓。」


「……」


 すでに上座に座ってる父さんに呼ばれた僕は、返事をせずに顔だけをそちらに向けた。


「学校はどうだ?」


 いつぶりだろう…そんな事聞かれるの。


「…楽しいよ。」


 静かに答える。


「今度誓も彼女を連れて来るといい。」


 あー…

 そうか。

 義兄さんのせいで、僕には彼女がいる事になってるんだった。

 でもそれをいちいち弁解するのも…だしなあ。


「…そうだね。なんか…姉さんが義兄さんを連れて来た日の事思い出すなあ…」


 ほんと。

 あれは…衝撃だった。



 この家に生まれて、あまり楽しい事はなかったけど…

 姉さんが桜花に行くために帰って来てくれて、一緒に買い物に出かけたりする楽しみが出来た。


 姉さんとの他愛のない会話。

 麗を好きで、麗と一緒にいたいと思う反面。

 自分が異常者だと思い込んでた僕には…それが、とてつもなく幸せな時間に思えた。


 のんびり屋さんで、いつも優しい姉さん。

 姉さんといると、自分も優しいいい子になれてる気がして。

 本当に…姉さんは僕にとって、薬みたいな人だ。



「姉さんの彼氏が来る。って聞いた時は、まさかそれが…神千里だなんて、思いもよらなかったよ。」


 口に出して小さく笑うと。


「誓、その話、今度ゆっくり聞かせて。」


 いつの間にか隣にいた母さんが、僕の耳元で言った。

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