第13話 「ちー、こえ、きやい?」

「ちー、こえ、きやい?」


 サクちゃんが、僕の肩に手を掛けて、膝に片足を乗せて言って。


「こらっ、咲華。お行儀悪い事しないのっ。」


 姉さんに叱られてる。



 さっき…麗のお見合い相手が到着して。

 こんなに家族勢揃いされてたら緊張するだろうなー…なんて、同情なのか哀れみなのか分からない感情で出迎えた。


 だけど見合い相手の『剣崎けんざき寛人ひろと』さんは、涼しい顔で席について自己紹介をすると。

 割と気難しいと思われるうちの父さんと、笑顔で話し始めた。


 …それも、父さんの会社の話だ。



 僕と同じで華の家の息子。

 今は華道の傍ら、陶器職人としても活躍してる25歳。

 今まで結婚に興味がなかったものの、麗が見合い相手を探してるって聞いて…名乗り出たらしい。


 それほど、桐生院 麗っていう名前は…華道の世界には知れ渡ってたわけだ。

 …華を活けるのは下手でも。



「食べていいよ。」


 僕が小声でそう言うと、サクちゃんは僕の膝にチョコンと座って。


「ちー、しゅきよ。」


 小さな声でそう言って僕を見上げた。


 …ははっ。

 可愛いなあ。


 サクちゃんの片割れのノン君はと言うと。


「とーしゃん、きーちゃんとかちゅき、おきてない?」


 大部屋に残されてる聖と華月を気遣ってる。


「さっきミルク飲んで寝たばかりだ。まだ起きないさ。」


「きになゆよー。」


 そう言うノン君に。


「じゃ、あたしが見て来るから、ノン君はちゃんと食べてて?まだちょっとしか食べてないじゃない。」


 母さんが立ち上がった。


「ちょうどお酒も足りないみたいだしね。」


 …そう。

 今夜は珍しく…おばあちゃままでがお酒を飲んでる。

 楽しそうに。


「ろん、たべゆよ。きーちゃんとかちゅきを、よよしくね~。」


「任せて~。」


 母さんとノン君の会話を笑顔で聞きながら。

 僕は…麗を直視出来ないでいた。


 濃紺の着物。

 いつもより大人びた麗。


 だけど…こんなの麗じゃない。って思ってしまう自分もいて。

 サクちゃんが食べてる美味しい料理も、ほとんど手が付かないまま。


 麗には…ピンクが一番似合うんだ。

 本人は子供っぽくて嫌がるけど。

 誰よりもピンクが似合う。



「君は若いのに、古い映画をよく知ってるんだね。」


「祖父の趣味で、うちには小さいシアターまであるんですよ。」


「それはすごいな。」


「おかげで、気付けば友人たちからは『オタク』と言われるほどの知識を持ってました。」



 剣崎寛人さんは…見た目はちょっとチャラチャラして思えるのに。

 アメリカの有名大学を首席で卒業したとか。

 向こうに滞在してる間に、華道を広めるために大学にサークルを作ってニューヨークで展示会をしたとか。

 僕と同じ歳の頃に…そんな事を実現した人。


 …目の前にある事をこなす事しかしない僕は…足元にも及ばない…。



「ん?」


 突然、姉さんが目を丸くして顔を上げた。


「何だ?」


「誰か来たみたい…」


 耳のいい姉さんが広縁を振り返る。

 それにつられて、僕と義兄さんもそちらを見てると…

 ズカズカと普段聞き慣れない足音と共に。

 勢いよく、障子が開かれた。


 そこに立ってたのは…


「麗。」


 …麗?


 なんで…呼び捨て?

 この人…姉さんのバンドのギターの人…だよね。

 どうして…麗の事、呼び捨てになんて…


 みんなが驚いた顔をしたまま、その…『二階堂 陸』さんを見上げてると。


「り…」


 麗が、立ち上がった。


「…陸ちゃん…?」


 姉さんが、目を丸くする。


「あ…君は…」


 父さんが、剣崎さんを一度見て…二階堂さんをもう一度見上げた。

 僕達が唖然とする中、二階堂さんは父さんの前に正座して。


「二階堂 陸です。」


 まるで、父さんに詰め寄るように…真剣な顔。


「あ…ああ、知花がいつも、お世話に…」


 その迫力に押されたのか…父さんはいつになく…の、慌てっぷり。

 これは…って予感はしてるのに。

 そんな父さんを見て、少し笑いが出そうになった。


 二階堂さんは視線を父さんから剣崎さんに向けると。


「麗は、すごくワガママで勝手で扱いにくい性格だ。絶対、あんたの手には負えない。あきらめてくれ。」


 低い声で、言い切った。


「なっ何よ!!何で陸さんがそんなこと…!!」


 麗はムキになってそう言ったけど。

 二階堂さんは父さんとおばあちゃまに向き直って。


「麗さんを、僕にください。」


 キッパリと…そう言った。


「!!」


 その言葉に、一番驚いたのは麗だった。


「な…何…何言ってんのよ!!あたしは、陸さんとなんて結婚しないわよ!!」


「おまえ、俺を好きなクセに、何見合いなんてしてんだ。」


「だっ誰があなたのことなんて!!」


「待てよ。」


 唇を噛みしめて、部屋を出て行ってしまった麗を追う二階堂さん。


 中の間には静寂が訪れて。

 それまで僕の膝でおとなしく料理を食べてたサクちゃんが。


「いくちゃんとうややちゃん、とーしゃんとかーしゃんみたい。」


 僕を見上げて言った。


「…そうだね。お似合いだね。」


「ちーも、しょーおもう?」


「うん。」


 笑顔のサクちゃんと僕をよそに。

 父さんとおばあちゃまは青くなって剣崎さんに頭を下げて。

 目の前で麗を奪われる形になった剣崎さんは…


「…大丈夫です…傷は浅いですから…お構いなく…」


 少しふらつく足取りで…帰って行った。



 あの人…

 二階堂 陸さん…

 見た目で言うと、剣崎さんよりずっとカッコいいけど、チャラチャラして見える感じもずっと上だ。


 ハッキリ言って…見た目だけだと、信用出来ない。


 でも、姉さんのバンドメンバーは…本当にみんなすごくいい人達で。

 ノン君とサクちゃんがアメリカで生まれた時も、みんな率先して子守りをしてくれてた。


 …知ってるよ。

 嫌な所、探そうとしたって…見つからない事ぐらい。

 僕の大好きな姉さんの、大事なバンドメンバーだもん。


 だけど…



 みんなが大部屋に向かって。

 僕は…行かなきゃとは思いながらも、足が動かなくて。

 片付けるって名目で、ここに居座ろうかな…なんて思いながら、グラスや御猪口をお盆に乗せた。


 …麗とあの人…結婚…するかな…

 …するよね。


 あの麗が、あんなに感情的になって…

『誰があなたの事なんて』か。


 …ふふっ。

 麗…嘘が下手だなあ。



「誓、どうしたの?」


 僕がお盆を置いたままボンヤリしてると、母さんがやって来た。


 どうしたの?って…


「…え?何が…」


「……」


 母さんは無言で僕の隣に膝立ちして。


「…ビックリしたね。」


 僕の肩を抱き寄せた。


「え…?何これ…母さん…」


「気付いてないの?誓…泣いてるよ?」


「……」


「麗は、誓の分身だもんね。」


「……」


「よしよし。」


「…ふ…っ…」


 母さんに…肩をギュッとされて。

 頭を撫でられて。

 一気に…気が緩んだ。


 …僕の分身が。

 恋を実らせたんだ。

 嬉しいに決まってる。

 嬉しいに…決まってるよ…。



「…ごめん…母さん…」


「ううん。」


「…ありがと…」


「…うん…もう平気?」


「うん…」


「じゃ…大部屋行く?」


「…うん…」


 僕が涙を拭いて立ち上がった所に、姉さんもやって来て。


「ちゃちゃっと片付けちゃおっか。」


「そうね。」


 三人で…お膳を片付けた。


 お見合いの席が、とんだ席になったけど。

 麗には…幸せが待ってるんだ。



 大部屋に入ると、そこは…何だかピリピリしたムードで。

 それはまあ…仕方ないのかな。なんて思いながら。

 僕は、義兄さんの隣に腰を下ろした。


 そこから、二階堂さんちがヤクザだ。って告白があって。

 だけど姉さんがそれを否定して。

 二階堂さんは…麗も知らなかった家業についてを告白した。


 特別高等警察の秘密機関。


 それを聞いても、父さんはいい顔をしなかった。

 それを見て…父さんも少しは麗の事を娘として大事に想ってくれてるのかな…なんて思った。

 いつだって僕は、父さんの僕と麗に対する言動に敏感だ。

 それはきっと…麗以上に。



「あの…」


 今夜はひとまず帰ってもらう事になって。

 玄関まで麗が見送る事になったけど。

 僕は麗より先に二階堂さんの後について行って、声をかけた。


「?」


「すみませんが、明日の夕方お時間いただけませんか。」


「……」


「麗には内緒で。」


「…分かった。」


「ありがとうございます。じゃあ…4時に公園で。」


 そこに、気まずそうな顔の麗が来て。


「…気を付けて帰って。」


 唇を尖らせて言った。


 帰って欲しくなさそうな顔だなー…って。


 また涙が出そうになったけど。

 姉さんと義兄さんも来てる事に気付いて、僕は顔を上げる。


「野暮な事はやめようよ。」


 そう言いながら、姉さんと義兄さんの背中を押して大部屋に戻ると。

 渋い顔をした父さんが腕組みをしたままで座ってて。

 おばあちゃまは深い溜息をついて。

 母さんは…少しボンヤリと考え事をしてるみたいだった。

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