第11話 友達…

 友達…


 今の僕にとって、そう呼べる相手は。

 同じ学年の…塚田乃梨子。


 彼女の事は、桜花の高等部の頃から知ってた。

 麗と同じクラスだったからだ。



 麗は…昔から、何かと浮いた存在だった。

 双子の僕が言うのも…おかしいかもしれないけど…

 麗は、本当に美しい女の子で。


 それは、見た目だけじゃなく。

 僕からみれば、中身もとびきりだと思う。


 …こんな事、誰にも言った事はなかった。

 だって、周りからしてみれば…異常だろうし。



 僕と麗の産みの母は、とてもきれいな容姿の人だったけど…性格は最悪だった。

 何かと言うと姉さんを悪者にして、家から追い出そうとした。

 その結果、姉さんは小さな頃から寮生だったし…めったに家にも帰って来なかった。


 僕は優しい姉さんが大好きだったから…

 その、優しい姉さんと…

 本当はとても純粋なのに、純粋ゆえ…母の言いなりになるしかなかった麗を…

 僕は、哀れんだ。


 そんな幼少期のせいか、麗はあまり他人と上手く関わる事が出来なかったように思う。

 だけど、元々は言いたい事はズケズケと言ってしまう性格。

 そんな麗に、女子の友達は皆無だった。


 そんなわけで…

 忘れ物を届けに教室に行くと、麗はいつも一人ぼっち。

 まあ、そんな事を苦にするタイプじゃないけど。



 その麗の教室には、もう一人…いつも一人ぼっちで座ってる女子がいた。

 それが…塚田乃梨子だ。


 正直…明るい印象はなかった。

 それは、制服以外で身に着けてる物…

 学校指定の鞄以外では、女子はそれぞれ明るい色の巾着袋や紙袋に体操服を入れてたけど。

 塚田さんは…濃紺の、模様も何もない巾着袋。

 それを抱えるようにして、教室移動をしている姿をよく見かけては。

 麗以外にも孤独な子がいるんだ…って。

 ちょっと気にして、ちょっと…安心もしてたと思う。


 …酷いよね。



 ずっと…麗を好きで。

 だけど言えるはずもない気持ちを押し殺すように。

 高等部の二年の秋に、彼女を作った。

 別に好きだったわけじゃないけど…

 僕に面と向かって付き合って欲しいと言ってくれた、第一号だったし。

 付き合ってみなきゃ分からない。とも思ったから…


 だけど、ずっと麗を好きだった僕は…

 自然と理想が高くなっていたのだと思う。

 見た目の事じゃなくて。

 中身。


 麗は確かに性格は良くないと思われがちだけど…

 とても几帳面だし、物を大事にするし…

 こまめにハンドクリームやリップを塗る所は、女の子らしいなあ…なんて、いつも思ってたし。


 何より…僕から見たら、自分を持ってる。

 そう思えて…憧れてもいた。



 …そんなわけで。

 初めての彼女とは、三ヶ月も続かなかった。

 …だけど。

 彼女を作らなきゃいけない。

 そう思ってた僕は…

 桜花以外の女の子と知り合っては、付き合うようになった。


 思えば…その頃の僕は。

 麗の代わりを探してたのかもしれない。





「塚田さん、今日午後の講義休みだって。」


 お昼の食堂でそう言うと、目の前の塚田さんはお箸を口に入れたまま僕を見た。


「…知らなかった?僕も笹野教授の講義受けてるんだけど。」


「し…知らなかった…」


「だよね。いつも前しか見てないし。」


 クスクス笑いながら、玉子焼きを口に入れる。



 塚田さんは…楽な人だった。

 高等部の頃、いつも一人でいた事には何か理由があったのかもしれないけど。

 だけど、講義の時は隣の女子とも喋ってるし…

 こうして、一緒にお昼を食べるようになってからという物、印象も随分変わった。



 自分で言うのも何だけど…

 僕と一緒にお弁当を食べるってなると。

 だいたいの女子は、自分をよく見せようとするあまり緊張するのか…ほぼお弁当を食べない。

 そして、頑張って喋る。

 そのほとんどが、僕への質問で…

 僕は、そういうのに疲れて苦笑いしか出来なくなる。


 だけど塚田さんは、自分の事も話さないけど、僕の事も何も聞いて来ない。

 お弁当も平気で大口を開けて食べるし…

 時には、おかずのトレードもする。


 …すごく、楽だ。


 沈黙も平気だし、本当…ぐいぐい突っ込んでくる子しか知らない僕としては、本当にホッと出来る存在。



「誓。」


 午後が休講と知るや否や、塚田さんは『帰って洗濯をする』と、さっさと学校を出た。

 僕は…どうしようかな…と思ってるところに、声がかかった。


「トモ。」


 そこには、すごく久しぶりの…早乙女さおとめ宝智ともちか


「学校来てたんだ?全然見掛けななかったけど。」


「来てたよ。誓、同じ講義でも前ばっか向いてるから。」


 お昼に塚田さんに言った事を言われて、僕は首をすくめた。



 トモの家は、茶道の名家で。

 いずれ、トモは家元になって後を継ぐ。

 僕の姉さんとトモのお兄さんが同じバンドという事もあるけど…

 トモとは、それ以前から同級生としてまあまあ仲が良かったし…

 僕も麗にくっついてトモの家にお茶を習いに行っていたから、小さな頃から顔見知り。


 お互いチビなのを気にしてたけど、僕達にも遅い成長期が来て。

 高等部の時は顔を合わせれば身長の話をしてたっけ。



「毎日一緒にお昼してるの、彼女?」


 並んで歩きながら、トモが言った。


「え?あ、いや、違う。」


「違うんだ?毎日一緒だから、てっきり彼女かと。」


「あー…そっか。だよね。ほんと、毎日だもんな。」


「大学から一緒の子?」


「高等部から桜花に入ったんだって。」


「へえ、じゃあ頭いいんだ。」


「みたいだよ。」


「で、今彼女いんの?」


「え?」


「高等部にお弟子さんがいてさ。誓のファンなんだって。」


「へー…」


 そう言われても…正直興味はなかった。

 今、僕が心奪われて仕方ないのは…

 何だか…一気に大人びてきた麗の事だ。


 広縁で庭を眺めながら、小さく溜息をついたり…

 ノン君とサクちゃんをあやしながら…急に泣きそうな顔をしたり。


 …何かあったんだと思う。

 だけど…それを聞く勇気もない。


 聞いたとしても…僕には何もできない。

 それが、恋の話だったりすると…

 …嫉妬で狂いそうになるからだ。



* * *



「誓。」


「……」


 呼ばれて顔を上げると…そこには四、五ヶ月ぶりぐらいのトモがいた。


 季節は冬。

 午後からの講義に出るのが面倒で、僕は塚田さんとお昼を食べた後…

 一人で食堂のテーブルに突っ伏していた。



「何。暗い顔して。」


 トモは僕の前に腰を下ろすと。


「何かあった?」


 同じようにテーブルに突っ伏して…顔を僕に向けて言った。



「あれから、どうしてた?」


 突っ伏したままでそう言うと。


「あれから?ああ…夏からか。車の免許取った。」


 トモも突っ伏したままで答えた。


「え?ほんと?僕も。」


「マジで?どこの自動車学校?」


「白井自動車学校。」


「俺もそこだけど。」


「あはは。見事に会わなかったなあ。」


「ほんと。」


 しょっちゅう会う間柄じゃないのに…

 不思議とトモとは昔からの親友みたいに、ポツポツと悩み事を打ち明け合えたりする。


 僕と違って、トモには友達はたくさんいるように思う。

 …僕に話しかけて来る時は、たまたま一人だけど。



「12月に弟と姪っ子が産まれた。」


「あ、そう言えば兄貴が言ってた。」


「先月は…僕の不甲斐ない性格のせいで、義兄さんに引っ叩かれた…」


「マジで?誓の義兄さんが怒ったって聞いただけで、俺腰抜けるわ。」


「でも…義兄さんの言う事に間違いはなかったし…本当に僕が不甲斐なかったからさ…」


「……」


「…情けないよ…」



 …僕は…

 麗が死んだ母さんにトリカブトを飲ませてると知って…夾竹桃にすり替えた。

 正直、この年になるまでずっと…母さんを殺したのは僕だと思ってた。


 だけど、それをすり替えられたのを知らなかった麗にとっては…ずっと自分が殺人犯だったし。

 麗が温室からトリカブトを持ち出してるのを見たおばあちゃまも…

 麗が母さんを殺したと思ってた。



 …麗を守りたかったのに。

 結局僕は、苦しめてただけだった…



 だけど、母さんは麗のせいでも、僕のせいでもなく。

 病気で死んだ。と、父さんが言った。

 ちゃんと花の成分を調べて、僕達に罪はなかった…って。



 それでも…義兄さんに頬を叩かれた時。

 初めて…気付いた。

 僕の中では、麗が殺したんじゃない。僕が殺した。と思って救った気持ちでいたけど…


 本当に独りよがりだったって。



「…トモって、許嫁とかいる?」


「兄貴が断って、そういうのはなしになった。」


「そっか…」


「誓にはいんの?」


「いないよ。でも…いてくれた方が楽だったかな…って思ったりもする。」


「あー…それは思わなくもない。ただ、美人がいいなー。」


「…あはは…」



 事情は話せないけど…

 それでもトモは黙って話を聞いて、ただ、そこにいてくれた。

 そして、こんなつまんない会話に付き合ってくれる。



「赤ん坊が二人いると賑やかだろ。」


「それがおとなしくて。むしろ、上の双子までおとなしくなって静かだよ。」


「あ~、兄貴が天使だっつってた双子?」


「そうかも。ほんと…姉さんの子供達は天使だよ。」


 …弟の聖と同じ12月24日に産まれた姪っ子の華月。

 生まれた時は仮死状態で、命も危なかったけど…

 昨日、元気に退院した。



「……」


「…何。」


 突然、トモが顔を上げて僕を見てる事に気付いた。


「いや、姉さんの子供達は。って言うからさ。」


「それが?」


「誓の弟は天使じゃないのかなーって思ったんだよ。」


「……」


 僕はトモの目をじっと見つめて。


「天使に決まってんじゃん。だけどこんなに歳が離れてると、弟って言うより甥っ子みたいな気になるんだよ。」


 少しだけ鼻で笑いながら言った。


「それもそうか。」


「そうそう。」


 …内心…ヒヤヒヤした。



 聖が産まれてからずっと…父さんが早く帰って来る。

 そして…


『おまえは完璧な子供だ』って…言い続けてる。


 それを聞くたびに。

 僕は…


 自分が必要ない存在に思えて仕方ない。

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