第10話 バン!!
〇
バン!!
「捜索願出してよ!!」
僕が大声でそう言うと。
おばあちゃまは。
「そうですよ…貴司。麗がこんな時間まで帰らないなんて…」
僕の隣に立って、心配そうな声で言った。
僕が桜花の大学に。
麗が桜花の短大に進んで、一年目の夏。
それは…起きた。
…麗が帰って来ない。
高等部を卒業してからは、今までより少し遅くなる事はあったけど…
それでもそんな時には必ず連絡があるし、普段は何も言わなくても夕食までには必ず帰って来てた麗が。
時計の針は、もう0時を過ぎてる。
いくら夏休みだからって…
友達のいない麗が、こんな時間まで羽目を外すなんて事、あり得ない。
「そうよお父さん…もし何か事件に巻き込まれてたりしたら…」
姉さんもそう父さんに言ったけど…
「…今、千里君が探しに行ってくれてるから。」
父さんは静かな声で言った。
「…なんなんだよ!!」
どうして…
どうして!!
父さんはいつだってそうだ。
僕と麗の事なんて…
「もし事件だったら、会社の名前に傷が付くから嫌なんでしょ!!」
我慢出来なかった。
父さんは今までも、僕と麗に対して本気になってくれた事がないと思う。
特に麗に対しては…
「誓、なんて事言うの。貴司さん、あたし達も探しに行きましょ?」
母さんはそう言って僕を制して、父さんに問いかけたけど。
「…千里君に任せよう。」
父さんは、小さな声でそうとだけ言った。
「父さん…どうして…」
姉さんが僕の腕をギュッとしながら…少しだけガッカリしたような口調で言ってくれた。
父さんは姉さん贔屓だ。
姉さんが言ってくれたら、動いてくれるかも…なんて一瞬でも思ったけど。
それでも父さんは動かなかった。
…僕の中には。
真っ黒い塊が存在していて。
それは、父さんの言動一つで…いつも形や大きさを変えた。
「あ…っ、千里さん帰って来た。」
インターホンも鳴ってないのに、母さんがそう言って玄関に向かう。
姉さんもそれに続いた。
だけど僕は…父さんを見据えて言った。
「…麗と僕が、前のお母さんの子だから…可愛くないんだよね。」
今までで一番、低い声だったと思う。
それを聞いたおばあちゃまが。
「なんて事言うんですか、誓…」
僕の身体をギュッと…抱きしめた。
「…だってそうだろ…ずっと…ずっとずっと、今だってそうだよ…麗と僕には興味なんてないんだ。」
姉さんの事も、今の母さんの事も大好きだ。
だけど…
父さんが二人に注ぐ愛情を、同じように僕達にも分けてくれてたら…と思う。
…ううん。
僕はまだいい。
麗に…もっと、麗に優しくしてくれてたら…って。
「えっ…?」
「麗、千里さんにそんな事を?」
廊下から、姉さんと母さんの声が聞こえて来て。
僕と父さんとおばあちゃまがそれを待ってると。
やがて現れた三人は僕達を見渡して。
「麗から、友達の所に泊まるって聞いてたのに、俺が忘れてました。」
義兄さんが…真顔で言った。
「えっ…まあ…麗ったら…どうして千里さんにだけ…」
おばあちゃまは額に手を当てて深い溜息をついたけど。
父さんは、依然…表情を変えない。
「いや、伝え忘れてた俺が悪いです。本当、すいません。」
義兄さんは、父さんとおばあちゃまにそう言ってペコペコと頭を下げたけど。
「…友達って、誰。」
僕は低い声で問いかけた。
麗に…
麗には、友達なんかいない。
「友達は友達だろ。」
義兄さんが首を傾げて僕を見た。
それは…
『余計な事を言うな』っていう目だった。
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誓君目線で時空列が少し戻ります。
そしてこの先コロコロ目線が変わるので注意!!
「……」
翌日…
僕は、ビートランドの会長である高原さんのマンションの近くに行って…その様子を眺めた。
夕べ、麗が帰って来なくて。
だけど義兄さんが『麗は友達の所だ』って言い張って。
どう考えても嘘だって分かるのに、みんなは義兄さんを信用して…それぞれ部屋に戻った。
だけど僕は納得いかなくて。
少し時間を空けて…まだ大部屋にいた義兄さんに問い質した。
「…なんだ。もう寝るぞ?」
不機嫌そうな義兄さんが前髪をかきあげながら、僕を見る。
「麗…本当は、どこに?」
僕が義兄さんから視線を外さずに問いかけると。
「…ちょっと来い。」
義兄さんは、もう僕達の他は誰もいないのに。
僕の腕を引いて、大部屋を出た。
そして、広縁に行って…月明りに照らされた庭を眺めて。
「…誰にも言うなよ。おまえにだけだからな。」
声を潜めて言った。
「…うん。」
「高原さんの所だ。」
「…高原さん…て…」
あまりにも意外な名前が出て来て、僕は目を見開いた。
高原さんは…去年のクリスマスから、突然うちに来始めた人で。
義兄さんと姉さんが働いてるビートランドの会長で…父さんの友達だ…って人。
オレンジ色の髪の毛に…昔、自身もバンドのボーカリストだったって事で…
とにかく、目立つ人だ。
そんな人が、父さんと友達っていうのも信じられなかったし。
何より…
麗もそう言ってたけど…
高原さんは、姉さんの父親だ…と思う。
どうして、その人をうちに連れて来るのか…
僕には父さんの考えが理解出来ない。
母さんは高原さんと会うたびに、伏し目がちになるし…口数も減る。
だけど、父さんとおばあちゃまは…高原さんに対して、すごくフレンドリーって言うか…
…僕と麗の事より、あの人を大切に想ってるんじゃないかって気がしてしまう時がある。
「理由は俺もよく知らない。だけど、あの麗が帰りたくないって高原さんの所に行ったんだ。何も聞いてやるなよ。」
「……」
「誓。」
「…あ…う…うん…」
…ショックだった。
麗が…僕に頼らず、あの人に頼った事が。
だけど…仕方ない事だとも思った。
僕は…小さな頃から、麗が大好きだった。
本当に可愛くて…だけど不器用で。
その気持ちが…家族に対するそれとは違ってる事に気付いてからは…戸惑った。
僕は異常者かもしれない。
そのせいで、自分に自信が持てなかったし…
何より、麗への気持ちを抑える事に必死で。
高等部の時は好きでもない女の子と付き合ったりもしたし…
その子とは別れたのに、彼女がいるって嘘をついたりもした。
…そうでもしないと…
麗のそばにいるのが苦しかった。
麗の隣に…自分の双子を異性として見てる僕がいるなんて。
自分で許せない気がした。
「心配しなくても、自分で思ってるほど酷くはない。」
マンションの外に出て来た高原さんと麗。
僕は、その様子をじっと眺めた。
「…高原さん、優しさのつもりで言ってるのかもだけど、ちょっとグサグサくる…」
麗は見慣れない帽子を目深にかぶって…高原さんの隣でうつむいてる。
義兄さんには、余計な事するなよ。と言われて、それでも心配だから住所だけでも…って、マンションの場所を聞いた。
…本当は、すぐにでも迎えに行きたい気持ちだったけど。
そうしたら…
…そうしたら、僕は…
麗を連れて、もう…桐生院には戻らないかもしれない。
そう思う自分もいて…踏みとどまった。
僕を信じて話してくれた義兄さんにも…申し訳ないし。
それに…
僕みたいな男に…
麗はついて来ない。
その日の夜。
麗は大量の紙袋と共に帰って来た。
「ごめんなさい…友達と買い物してたら遅くなって…」
そんな麗に、おばあちゃまは。
「本当にもう…どれだけ心配したと思ってるんですか。」
少しきつめの口調で言った。
「まあまあ…麗も年頃なんだから、友達と羽目を外す事ぐらいあるよね。でも、連絡はちゃんとしてね。」
母さんが麗の肩に手を掛けて言うと。
「うん…本当…ごめんなさい…」
麗は、おばあちゃまと僕と母さんに、ペコリと頭を下げた。
義兄さんと父さんはまだ帰ってなくて。
姉さんはサクちゃんとノン君をお風呂に入れてる。
「何買い物したの?」
申し訳なさそうな麗に、抱き着くようにして問いかける母さん。
「さくら、ここで開かないようにしてちょうだい。もうすぐサクちゃん達がお風呂から上がってくるから。」
「あ、そっか。じゃ、麗の部屋に行こう?」
「え…?」
「いいからいいから。さ、麗。」
「うん…」
母さんが麗の手を引いて、大部屋を出て。
僕は溜息と共に座り込んだ。
「…誓。」
「…何…」
「…今日、温室の水やりをしてませんでしたよ。」
「……あー…ごめん。忘れてた。」
裏庭にある温室。
そこには…僕が育ててる花がある。
いずれ僕は、おばあちゃまの後を継ぐ。
父さんの成し得なかった事をする。
それは、僕が唯一誇れる事としてるし…少しだけ父さんを見返す気持ちで優位に立てる道具とも思っている。
…我ながら、小さい男だと思うけど。
それぐらいしか…
僕には出来ない。
「珍しいですね。あなたが花の事を忘れるなんて。」
「……」
おばあちゃまに見透かされてるようで、少しドキドキした。
だけどそれを顔には出さずに。
「新しい鉢を増やそうかって考えて、映華さんに行って長居しちゃったんだ。」
麗の姿を見た後、僕は花屋の『映華』さんに行って…本気で長居した。
何も頭に入らなかった。
見慣れない麗の姿だけが、脳裏に焼き付いてて。
店長さんが新しい花のコレクションを教えてくれても。
それは…全部僕の前を通り過ぎただけだった。
「毎日お稽古で疲れてるでしょうに。あなたも麗みたいに友達と気晴らしでもしたらどうですか?」
鍋の蓋を開けながら、おばあちゃまが言った。
「…そうだね。」
友達…
友達…か。
麗は…何があって、高原さんの所に行ったんだろう。
そればかりが、僕の気持ちを独占した。
大人になるにつれて、昔みたいにじゃれ合ったり秘密を打ち明ける事なんて…
なくなるに決まってるのに。
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