第6話 それから間もなく…夕食の時間となった。

 それから間もなく…夕食の時間となった。


 …けど。



「うあああああん!!きーちゃんにあげゆの~!!」


「咲華、きーちゃんはまだ食べられないんだから、そのお肉は咲華が食べて。」


「だって!!これ、おいしいもん!!おいしいの、きーちゃんとかちゅきにもあげたいよ~!!」


「咲華、その美味しいのは父さんにくれ。」


「とーしゃん、いじわゆ~!!」


 双子の一人、サクちゃんが…

 お肉を一口食べて『美味しい!!』と叫んだ後、それを桐生院君の弟の聖君と、サクちゃんの妹の華月ちゃんにあげようとしてる。


 …まあ…まだ無理だよね…そのお肉は…

 二人とも、まだ四ヶ月…



 その四ヶ月の赤ちゃんたち。

 さっきご対面した時は目を開けてたけど、この騒ぎの中…もうスヤスヤと寝てる。


「…ごめんね。賑やかで。」


 桐生院君が隣で小さく言ったけど、謝るわりに笑顔。

 まあ…確かに笑顔になっちゃうよね。

 サクちゃん、『美味しいから食べせてあげたい』って、可愛い理由で泣き叫んでるし。


 かたや、サクちゃんの片割れであるノン君は。


「みて。きえーにたべた。」


 もしかしたら苦手だったのか、小鉢に入ってた野菜をたいらげて、それをみんなに自慢そうに見せてる。


 …ああ。

 なんて言うか…


「全然苦じゃない賑やかさ。もう…なんて言うか、愛がいっぱいって感じ。」


 あたしが素直にそう言うと、桐生院君は一瞬目を丸くした後…


「…ありがと。」


 すごい…笑顔になった。


「……」


 …あれ。

 何だろ。

 今…あたし、体のどこかで音がした気がする。


 ギクッ…?


 いや…


 ビクッ…?


 ううん…


 ……ドキッ?



「……」


 得体の知れないそれに、数回瞬きをしてしまった。

 桐生院君の笑顔なんて、この一年で何度も見て来たのに。

 今のは…ちょっと今までと違って見えた。


 …うん。

 だから、ビックリしたんだね…きっと。



「ち~…とーしゃんがいじめゆよ~…」


 サクちゃんが泣き顔で桐生院君の膝に来て抱き着いた。


「あはは。サクちゃん優しいいい子だけど、聖と華月にはまだお肉は無理だから。」


 桐生院君がそう言ってサクちゃんの頭を撫でる。


「おい、誓。そこは『父さんはいじめてない』ってフォローが先だろ。」


「食いしん坊なサクちゃんに、肉をくれは意地悪じゃない?」


「…咲華、父さんの肉をやるからこっちに来い。」


「ふふっ。千里、妬かない妬かない。」


「とーしゃん、ろん、おにくたべゆよ~?」


「…ほら、華音が来たぞ?咲華、来ないと肉がなくなるぞ?」


「……」


 どれだけお肉が好きなのか。

 泣き顔のサクちゃんは、桐生院君の膝からお父さんを振り返って。


「…たべゆ…」


 すでにお父さんの膝にいるノン君の隣に、チョコンと座った。


 …あああああああああああ…!!

 何て可愛い…!!


 それに…

 このお父さん、一見冷たそうに見えるのに…!!


 …あたし、小さい頃に両親の膝に座った事なんてあるかな。


 だけど羨ましいと思う気持ちは湧かず、ただひたすら…双子ちゃんの可愛らしさに身悶えした。

 あたしがこんなに気持ちを揺り動かされるなんて。


 …双子ちゃん、すごい(笑)





「はあ…」


 アパートに帰って。

 一人、部屋の真ん中に寝転んで天井を見上げる。



 …桐生院家…すごかったなあ。

 あの門構え、あの庭、あの大屋敷、あの裏庭、あの大部屋、あの家族…


「…子供達、可愛かったあ…」


 言葉にすると、溜息も出た。

 それは今までのあたしにない溜息だった。

 それほどに、桐生院家の子供達にトリコにされたし…あの家族に感動した。



 実家の近所にも、仲良し家族はいたけれど…

 あんな風に、あたしを笑顔にさせてくれる家族はいなかった。


 …まあ、あたし自体、当時は心が荒んでたのかもしれない。


 憧れの家族像なんて持たない。

 惨めになるから。


 なんて…。



 だけど今日の桐生院家は、憧れるのもおこがましいというか…

 本当に別世界だったから。

 素直に『可愛い』『憧れる』『羨ましい』って気持ちが湧いた。


 桐生院君が優しい人なのは、すごく納得なんだけど。

 …あんな家庭で育ったのに、桐生院 麗はどうしてひねくれてたんだろう。



 食事の後、片付けを手伝おうとすると、お母さんとおばあさんに止められた。


「いいから、座ってお茶でも飲んでて?」


「そうですよ。誓と話をしていてくださいな。」


「…すみません…美味しくいただいたのに、何もお手伝いしないなんて…」


 ペコペコと頭を下げて、座ってた場所に戻りながらも…

 眠ってる赤ちゃんたちの顔をチラリ…


 ああ…可愛い…



「父さんと麗、何時頃になるのかしら。」


「貴司さんは会食で遅くなるみたいだけど。」


「麗も式場のレストランで食べて帰ると電話がありましたよ。」


「うややちゃん、えすとらんで、おいしいものたべえてらいいね~。」


「もう…咲華ったら。」


「うややちゃん、おひめしゃままで、あとなんいちねゆの?」



 …麗ちゃん、お姫様まで、あと何日寝るの?


 お姫様…?



 赤ちゃんたちの顔を覗き込みながら、みんなの会話を耳にして首を傾げて。

 座ってお兄さんと話してる桐生院君を振り返る。

 そこにはノン君も参加してて…

 男達の会話に入って言いものか…と少し悩んだけど。


「…麗…ちゃん、お姫様って?」


 あんなに可愛い桐生院 麗がお姫様って、いったい何事だろう。

 ミスコンテストにでも?なんて思ったあたしは、興味津々で桐生院君に問いかけてみた。


 すると…


「ああ…来月結婚するんだ。」


 桐生院君は、中腰になってるあたしを見上げて、そう言った。


「……結婚。」


「うん。」


 …結婚!?


 あたしは目を見開いて動揺したまま、ゆっくりと桐生院君の隣に腰を下ろした。


 き…桐生院 麗って…

 あたしと同じ歳…

 あたしは来月二十歳になるけど…桐生院君、先月誕生日だったから…まだ19…


 19で結婚…!?



 はっ…

 こんな大金持ちだし…もしかして…


「いっ…許嫁がいるとか…政略結婚とか…うん…考えられる…」


「塚田さん、思ってる事が口から出てるよ(笑)」


「ぷっ…面白いな。おまえの彼女。」


「彼女じゃないよ。」


「なかなかお似合いだぜ?」


「…塚田さん、許嫁でも政略結婚でもないから。」


「えっ、何であたしの心が読めたの?」


「口に出して言ってたってば(笑)」


「…なかなか面白いな。おまえの彼女。」


「かっ彼女じゃないです。」


「…ふっ…」



 それから…桐生院君は、いいからって断るあたしをアパートの近くまで送ってくれた。

 その時、麗ちゃん(流れでこう呼ぶことになった)が、お姉さんの友達と結婚する事になったと聞いた。


 そして…


「うちの姉、16歳で結婚したしね。だから、麗が結婚するのも全然みんな驚かない。」


「じゅ…16…」


 あのふわっとしたお姉さん…

 16で結婚…!?


 いや、確かにそうよね。

 子供が三人もいるように見えないし…

 いや、そう思うと…

 桐生院君のお母さんだって、いったい何歳で結婚されたんだろう。

 きっと16ぐらいだよね。

 今年二十歳の双子がいるんだもん。

 それに、あの若さ…



「…ちなみになんだけど…」


「ん?」


 あたしは、この際だから…桐生院君に聞いてみる事にした。


「お姉さんの赤毛…」


「うん。」


「お姉さんって、不良なの?」


「……」


 いい所のお嬢様なのに、不良になって若くして結婚…

 そんな図が、あたしの中に出来てしまった。

 だって、旦那さんも不良っぽい人だったし。



「ぷっ…」


「え。」


 あたしの真顔の問いかけに、桐生院君は少しの沈黙の後に噴き出した。


「姉さんの赤毛は地毛だよ。」


「え…」


「姉さんと僕達、親が違うから。」


「…そうなんだ……ごめん、立ち入った事聞いて。」


「ううん。塚田さんにならいいよ。僕もそう思って、家に来てもらったし。」


「?」


「窮屈だった?」


「うっううん。全然。ほんと…楽しかった。」


「…良かった。」


 桐生院君といると、時間があっという間。

 本当なら電車に乗るはずが、歩いてうちの近くまで。


「帰りは電車使ってね。」


「あはは。そうするよ。」


「今日は本当にありがと。」


「こちらこそ。また明日ね。」


 桐生院君の背中を見送りながら。

 頭の片隅に残ってた『ハツコイソウ』を思い浮かべて…くすぐったい気持ちになった。




「結婚…かあ…」


 天井を見つめたまま、小さく独り言。


 恋人はおろか、好きな人さえ出来た事がない。

 そんなあたしには、夢どころか…幻な話に思える。

 だけど、それを麗ちゃんは…来月には叶えてしまうんだ。


 …何だか…


 教室でポツンと座ってた彼女を思い出して。

 勝手に同士だとか、上から見てしまってた事を後悔する。


 あたしはあの頃、明日の生き方を考える毎日だったけど…

 彼女には夢があったのかもしれない。

 だから一人でいてもキラキラしてたのかもしれない。



 バイト先には歳の近い男性もいたのに、あたしはその人に笑顔の一つも見せなかったし、オシャレをしてたわけでもないから…

 バイトの休みに遊園地でも行かない?って誘われてる他のバイトの子みたいに、優しく声を掛けられることもなかった。


 …本当は…

 誰かに優しくされたかったんじゃないの?


 自分に問いかける。


 だけど、両親に認められたくて頑張った後に、いつも酷い仕打ちを受けてきたあたしは…誰かに何かを期待するというのは、とっくに諦めた事。


 今日、桐生院家で溢れんばかりの愛を目の当たりにして…思った。

 あの小さな手。

 まだ、守ってもらわないといけない小さな手。


 あたし…



 守るものが欲しい。

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