第3話 あたしの見た目について、あたし自身…

 あたしの見た目について、あたし自身…ほとんど関心を持ったことがない。


 両親から一度も『可愛い』と言われた事がないからだろうか。

 自分で自分が可愛いと思った事は一度もないし、誰かに言われたとしても『これはあたしに対する言葉じゃない』と信じて疑わなかった。


 可愛くなりたいとも、どうして自分はこんなにブスなんだとも、本当に…特に何も感じた事がない。


 …見た目なんて。

 桐生院 麗なんて、あんなに誰が見ても可愛いと言われるのに、性格はどうだ。

 男子ウケは良くても女子ウケは最悪。

 それでも、それをさほど気にしてなさそうな所はカッコいい。



 この時、あたしは気付いてなかった。

 あたしは、自分自身をよく知ってるようで、全く解っていなかった事を。


 いつだって誰かを上から見てる事にも気付いてなくて。

 何なら桐生院 麗の上を行く性格の悪さである事にも、気付いていなかった。



 そんなあたしが自分についてを知り、人生が激変してしまうかの如く落ち込んだのは…

 高等部を卒業して、大学に進むことが決まった時の事。


 寮生でいられるのは高等部まで。

 そこからあたしは古いアパートを借りて一人暮らしを始める事になった。


 両親から必要事項を記入して判子を押してもらった契約書を送ってもらい、あたしは難なく自分の住処を手に入れた。

 今までと大きく生活が変わる。

 アルバイトも増やしたい。

 そう思ったあたしは、高等部の卒業式までには面接を受け、春休み期間は水族館でアルバイトをする事になった。


 別に水族館が好きなわけじゃない。

 アパートから近かったからだ。



 その、水族館でのバイトも三週目に入ったある日。

 あたしは…ある光景を見て、目を見開いた。



 来場客の中に…桐生院 麗がいた。

 しかも、背の高い、人目を引く男と一緒に。

 しかも、二人はすごくいい雰囲気で。

 しかも、見た目は文句ない桐生院 麗とその男は、まるで映画に出て来る二人のようで。

 しかも、桐生院 麗は…


 あたしが見た事もないほど、笑顔で…今までのどの顔よりも美しかったし可愛かった。


 その輝きを見た時、あたしは手にしてたバケツを落とした事にも気付かなかった。



 …どうして?


 そりゃあ…可愛かったけど…

 可愛かったけど、それはないんじゃない?

 そんな笑顔されたら…



 あたしの中に生まれた、この気持ちは何だろう。

 それに気付くのに時間がかかった。


 …嫉妬だ。


 桐生院 麗ほど可愛い子も、笑わなきゃただの可愛い人形みたいで。

 女子ウケは悪いし、彼氏だって出来てなかった。はず。


 あたしが一人でいるのより、彼女が一人でいる事の方が大事件だ。

 あたしが一人でいる事なんて、大した事じゃない。



 …あたし…もしかして…

 本当は、ずっと嫌だったのかな…

 一人でいる事、周りからどう思われてるんだろう。って。

 だから…彼女がみんなから冷たくされてるのを、心のどこかでホッとしてたり…

 上から見てしまってたり…


 あたしは、一人でいても冷たくなんてされなかった。

 だけどそれは、あたしがみんなに『害がなかった』から。

 …10年後に同窓会をしたとして、何人があたしを覚えてるだろう…



「……」


 そう思った途端、ガラスに映った自分を見て…愕然とした。


 いくら制服だからって…

 それを着てるあたしは、とてもじゃないけど女子大生になる18歳の女の子には見えないと思った。


 カサカサな唇。

 そう言えば、アパートには鏡もない。


 振り返ると、そこには眩しい笑顔の桐生院 麗。

 …あの子…あんな顔して笑えたんだ…

 あたしが最後に笑ったのは…いつだろう…



 とんだ思い違いに落ち込んだ。

 両親に望まれていなかったから。なんて、生きる事に必死になったつもりなんだろうけど…

 それが自分を諦めた理由だなんて、悔し過ぎるし…

 そんなの…認めたくない。



 だけど、あたしは自分を知らな過ぎた。

 改めて自分と向き合ってみようと決めて…自分を知ろうとすればするほど。

『塚田乃梨子』という人間が。

 …どんなに薄っぺらで…中身がないか…って事を。


 あたしって…


 こんなに空っぽだったんだ。



 * * *


「……」


 今日もあたしは、キャンパスの中庭でしゃがみ込んで。

 そこに咲いてる名もない花を眺めてた。

 いや、名前はあるのかもしれないけど、それをあたしが知るはずもない。



 塚田乃梨子。


 5月11日生まれ。


 A型。


 好きな色…


「……」


 好きな食べ物…


「……」


 好きな…


「…ああ…ダメだ…」


 そのまま花の両脇に手を置いて、ガックリとうなだれる。



 自分の好きな物が何か分からないぐらいで死なないだろうけど。

 だけど、あたしは死にそうな気持ちになってる。


 いつも偉そうに人の事を観察してたクセに。

 自分の事…何一つ分かってない。

 自分を、持ってない。



「…大丈夫?」


 その声があたしの背中にかけられたとも気付かず。

 あたしは、そのままうなだれて花を見てた。


 この花、いつから咲いてたのかな。

 毎年咲いてるのかな。

 誰かに存在や名前を知ってもらえてるのかな。

 あたしみたいに、ただそこにいた。ってだけで、覚えてもらえてないよね…きっと。



 そんな事を考えてると…


「大丈夫?塚田さん。」


 …名前を…呼ばれた。


「……」


 今…塚田さん…って言った?


 あたしはゆっくりと顔を上げて、さらにゆっくりと…後ろを振り返った。


 そこには…


「…桐生院…」


 誓。

 桐生院 麗の、双子の片割れ。


「………ぷっ…」


 え。


 なぜか突然噴き出した桐生院 誓。

 あたしが呆気に取られてると…


「あ…あっ、ごめん…いや…呼び捨てされるとは思わなかったから…つい…」


「…呼び捨て…」


 あたしは桐生院 誓の言葉を頭の中で繰り返して。

 いつあたしが『誓』って呼び捨てに……


『桐生院』……!!


「はっ…あ!!ごめん!!ごめんなさい!!違うの!!」


 勢いよく立ち上がって頭を下げると。


「いや、いいよ。ちょっとビックリしただけ。新鮮で笑えた。」


 桐生院 誓は相変わらず小さく笑いながら、肩を揺らした。

 その笑顔に、あたしは…


 チワワみたい。


 そう思った。



「具合でも悪いの?」


 首を傾げる桐生院誓。


 …うん。

 女子達が口を揃えて成長期を喜んだのが分かる気がする。

 あの、キラキラ輝く桐生院 麗の笑顔と…

 双子なのに似てないとは言っても、やっぱり似てるわ…


 この整った顔。


 あたしなんて、女子の端くれなのに唇もカッサカ…


 はっっっ…

 あたし、リップ塗ったっけ…


 咄嗟に腕で口を隠すと。


「えっ…吐きそう?」


 桐生院 誓は、誤解をした。


「んっ…んんんんんん。」


 あたしは必死で首を横に振って誤解を解こうとする。


 見ないで。

 あなた達とは人種が違うの。

 いつも桐生院麗や自分の顔を見てるあなたに、あたしの顔を真正面から見られるなんて…


 拷問でしかない…!!



「…さっきうずくまってるように見えたから、気分悪いのかなって。」


 …何だろう。

 うずくまってる人を見たら、誰にでもこんな声を掛ける善人。

 桐生院 麗はたぶんそんな事しないから、片割れは性格いいのかもしれない。


 あたしは右腕で口を隠したまま、左手で地に這う花を指差して。


「…何ていう花なのかなー…って、見てただけ…」


 小さくつぶやいた。


 嘘つき。

 目の前にいる桐生院 誓の分身でもある、桐生院 麗の笑顔を思い出して。

 自分を知ろうとしても出来ずに落ち込んでた。

 …なんて、言えるはずもない。



 あたしが、どうやってこの場から去ろう。と考え始めた瞬間。


「へえ…レシュノルティアだ。」


 桐生院 誓が、花の前にしゃがみ込んで言った。


「……え?」


「レシュノルティア。こんなとこに咲いてるなんて、強いな。」


「……」


 レ…レシュ…

 て言うか、どうしてそんな難しい花の名前…知ってるの?

 驚いて右腕が降りた。


 すると、桐生院 誓はあたしを見上げて。


「花、好きなの?」


 柔らかい笑顔で言った。


 それを見たあたしは…








 やっぱりチワワみたい。





 そう思った。

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