第2話 「乃梨子ちゃん、これ、今日色違いで買っちゃったの。どう?」
「乃梨子ちゃん、これ、今日色違いで買っちゃったの。どう?」
結婚して二年。
義母さんは、結婚当初から変わらず…あたしに友達みたいに接して下さる。
「わあ…可愛いエプロン。」
「どれがいい?」
「あー…そうですね…」
目の前に並べられたエプロンは四枚。
…て事は…
義母さんと、義姉さんと…麗ちゃんと…
「…おばあさまのは…?」
小声で問いかけると。
「割烹着が一番似合ってるからいいの。」
義母さんは、笑顔。
ああ…確かに…納得。
「乃梨子ちゃん、何色が好き?」
「えーと…」
並んだエプロンは、ピンク、オレンジ、空色、緑。
どれも柔らかいトーンで…
どれを見ても、義姉さんに似合いそう。と思ってしまった。
義姉さんは本当…柔らかい雰囲気の人で、同性のあたしから見ても癒されるタイプ。
「…麗ちゃんはピンクですよね…」
マジマジとエプロンを眺めながら言うと。
「麗の事はいいから、乃梨子ちゃんが好きなのを選んで?」
義母さん…あたしにピタリとくっついて言ってくれた。
「……」
そう言われると嬉しくて…
「…じゃあ…」
ピンク…と思ったけど…
「空色をいただいて、いいですか?」
あたしは、空色のエプロンを手にして言った。
「うん。いいよ。でも…」
「?」
「誰かに気を使って選ばないでね。乃梨子ちゃんが本当に好きな色にして?」
「……」
時々…
義母さんって、あたしの心が読めるのかな…って思っちゃう事がある。
確かに今、あたし…
麗ちゃんは、ここに住んでるわけじゃないんだから、別にあたしがピンクを選んでもいいんだけど…ピンクを身に着けてるあたしを、見られるのが嫌だな。って思った。
思い過ごしかもしれないけど…
双子だからなのかな…誓君と麗ちゃんは、誰よりも絆が強い気がする。
だから、麗ちゃんに似合う物は、身につけたくない。
比べられるみたいで…
「この空色、気持ちいい色だなって思って…」
義母さんに笑顔でそう言うと。
「うん。どれもいい色でしょ?他にも色々あったんだけど、厳選してこの四色にしたの。」
あたしに負けない…笑顔。
義母さんは、誓君と麗ちゃんの本当のお母さんじゃないけど…
誓君も麗ちゃんも、すごく『お母さんお母さん』って…結構なお母さん子だなって思う。
でも…解る。
あたしだって…時々思うもん。
この人が、あたしのお母さんなら良かったのにな…って。
…今は、そうだけど。
生まれた時から、この人に育てられてたら…って。
「じゃ、あたしピンクにしよっと。」
義母さんがそう言ってピンクのエプロンを手にしたのを見て。
あたしは、小さく『えっ』て言ってしまった。
てっきり…それは麗ちゃんに残しておくかな…って…
「『さくら』はやっぱりピンク色よね~。」
そう言って、エプロンを胸にあててる義母さんを見て…気持ちが和んだ。
もしかしたら…義母さん…
あたしが落ち込んでるの…気付いてるのかな…
一昨日…小々森商店さんの先代さんが、おばあさまを訪ねて来られて。
「誓坊は、まだ子供が出来ないんですかい?」
お茶を飲みながら…そう言われた。
中の間での会話なのに、大部屋にいたあたしにもそれは聞こえて。
もう…何度も周りから言われ続けてる言葉だけに…
『またか』とも思ったし、『なんであたしは…』とも思ったし…
『どうして放っておいてくれないの』…とも思った。
結婚した途端、子供子供…
あたしは働きたかった。
専業主婦になんて、なりたくなかった。
しかも、この家には出来る女性が三人もいて、あたしの出る幕はない。
時々やって来る麗ちゃんの子供達の面倒を見たり、学校から帰って来るここの子供達の宿題を見たり。
手入れの行き届いた立派で広すぎる庭を、無駄に掃除したり。
…何か見付けてやってないと、自分が暇なだけのダメ人間に思えてしまう。
…誓君は優しい。
優しいけど、鈍感だ。
あたしが『大丈夫』と言えば、大丈夫だと思い込む。
…そう言ってしまうあたしもいけないんだけど…
察して欲しい。
あたしが…
あたしが、どんなに孤独で…
どんなに苦しんでるかを。
* * *
あたしが生まれ育った家は…桐生院から、車だと軽く一時間以上はかかる田舎で。
あたしは、仕事人間で子供を望んでいない両親の間に生まれた。
幼少期はひたすら怒鳴られてた思い出しかない。
あたしは自然と両親の顔色を見て、いい子でいようと無駄な努力をする子供になった。
そして、色々心の中で考え事をするせいで…無口にもなった。
もちろん、兄弟はいない。
あたしは『失敗して出来た子』らしいから。
妊娠に気付いたのが遅すぎて、もう処置出来なかったから産んだ。と聞かされた時は…
しばらく、処置という言葉を聞くと吐き気を覚えた。
それでも、そんなあたしをよく捨てずに育ててくれたとは思う。
…ううん…
育ててはくれていないとしても…
あたしが生きていくために必要だった、最小限のお金と知恵は捻出してくれた。
それだけで十分だ。と、あたしは早くからそう思える子供になった。
誰にも期待なんてしない。
早く大人になって、一人で生きていくんだ。
そう決心してからのあたしは、子供ながらに出来る仕事を見付けてはお金を貯めた。
幸い、一人の時間が多かったあたしは。
幸い、両親に興味を持たれていなかったあたしは。
幸い、家で存在感さえ消していれば疎ましがられる事もなかったあたしは。
息を潜めて、生きて来た。
仕事人間で見栄っ張りな両親は、高校受験の時に桜花を勧めてきた。
金は出してやるから、寮に入れ。とも。
桜花の高校入試はかなり厳しいと聞いた。
実際、担任に相談した時も呆れた顔をされた。
だけど、その顔で決心がついたとも言える。
あたしは捻くれた性格だった。
いつでも誰かを見返すためだけに頑張っていた気がする。
それだけの事がないと、頑張れなかったのかもしれない。
とりあえず、コッソリ続けていたアルバイトを辞めて、勉強する時間を増やした。
あたしを産んだ事を後悔しかしてなかった両親に、いい娘をもった。と一度でも思わせてやりたかったのかもしれない。
あの町から桜花に受かった者はいない。
それならあたしが第一号になって、『うちの娘は桜花に高等部入試で入った』と自慢させてやる。
必死で勉強した。
その甲斐あって、あたしは桜花に合格する事が出来た。
あたしが思った以上に両親は喜んだように思えた。
諦めてたけど、少しは親孝行になったのだろうか…と、くすぐったい気持ちにもなった。
だけど…
あたしが寮生になって、最初の帰省日。
実家に、あたしの部屋はなくなっていた。
起業するために自宅を改築したかった両親は、本気であたしが邪魔だったらしい。
桜花の寮生。
両親にとったら、文句なしだ。
有名高校の生徒で、家に居ない。
…両親の思い通りになった。
それなら…と。
あたしも、決めた。
もう、何があっても実家には戻らない…と。
* * *
桜花は…退屈な学校だった。
数年前まで敷地内は同じでもクラスは男女で分かれていたらしいが、あたしのクラスには普通に男子もいる。
だけど、みんな中等部からのエスカレーター。
グループだって、出来上がってる。
あたしは今までも単独行動が多かったせいで、余計どのグループにも入れる気がしなかった。
まあ…入る気もないけど。
毎日、お昼休みは一人。
普通なら寂しさを感じるのかもしれないけど…それほどに、あたしは慣れ過ぎていた。
一人でいる事に。
そんな、一人でいるあたしが浮きまくっててもおかしくない中。
あたしより、浮いてる子がいた。
それは…同じクラスの、桐生院
名簿を見た時、『桐生院 麗って…』って、ちょっと首を傾げた。
だいたい、こういうのは名前負けって言うか。
男子から名前だけで探されて、顔を見てガッカリされるタイプよね。
男子だけじゃない。
あたしだって気になる。
こんな、女優みたいな名前。
どんな顔して桐生院 麗なのか、見てみたいじゃない。
だけど、あたしの予想とは裏腹に。
桐生院 麗は驚くほど可愛い子だった。
長い髪の毛は艶々で、大きな目に長いまつ毛。
色白な肌に、形のいい唇。
あたしは、彼女を初めて見た時『嘘でしょ…』と心の中で呟いてしまった。
名前通り…ううん、名前以上に…可愛い子…
反則だ。とも思ったし、ずるい。とも思った。
神様。
なぜ名前以上に可愛い子を存在させるの。
だけど、桐生院 麗は…
「付き合って下さい!!」
そう言いよって来る男子に。
「無理。」
無表情で即答して。
その断りっぷりに。
「…何あれ。ちょっと可愛いからって、いい気になり過ぎよね…」
女子からは、すこぶる評判が悪かった。
何なら少し冷たい扱いをされてた。
当然みたいに、友達はいない様子だった。
少しお近付きになりたいと思うあたしもいたけど…
彼女の隣にいる自分が想像出来なかった。
何度頭の中で描いてみようとしても、自分がかすんで仕方なかった。
そんな、誰から見ても美人だし、人気投票はいつもダントツ一位だし、桜花のハンサム達を次々に振っていくのに、女子からはとてつもなく嫌われてる桐生院 麗には…
男の双子がいた。
それを知ったのは、彼女の忘れ物を、その片割れが教室に持って来た時だ。
「麗。」
教室の後ろのドアで、その名前が呼ばれた時。
彼女の名前を呼び捨てる男がいるのか。と、あたしは好奇心で目をそちらに向けた。
あたしの好奇心とは違う視線も、多くそこに向けられていた。
「誓君よっ…」
「何でこの二人なのかなあ…」
そんなざわめきに、あたしは…
この男は、桐生院 麗の彼氏なのか?と思った。
あまり身長は高くなくて、顔もまだまだ童顔って言うか…中等部の生徒が紛れ込んでるみたい。
まあ…可愛いタイプの…
…ん?
「…あの人、桐生院さんの彼氏?」
初めてあたしに話しかけられた隣の人は、当然だけど目を丸くしてあたしを見て。
「ううん…双子。」
それでも小声で教えてくれた。
…双子!!
そりゃあ可愛いはずだわ!!
でも、あまり似てない…気がする。
「…人気者なの?」
ついでのように隣の人に問いかけると。
「だって…可愛いじゃない?」
椅子を寄せてまで、さらに小声で言った。
「…まあ、そうだけど…」
可愛さで言うと、桐生院 麗の方がダントツでしょ。
それでも彼女は女子から厳しい扱いをされてる。
でも、双子にはウェルカムな視線…
「それに、今から成長期が来るとなると、身長もぐーんと伸びてカッコ良くなっちゃいそうじゃない?」
「……」
「みんな楽しみなわけよ。」
「…なるほど。」
今まで、誰かに恋心を抱いた事もない。
好きなアイドルは?と聞かれても、テレビを見ないから分からない。
中学生の頃だって、同級生や先輩にも興味すら湧いた事がない。
なぜなら、あたしの関心事はいつも…
明日のバイトを効率良く済ませるには。
寮の食事が休みの日の食費を200円に抑えるには。
そんな事だったからだ。
だから…
「あ~…なんで誓君が桐生院の双子なのよ~。」
「早く成長期が来ないかな。」
みんなが興味津々な、桐生院 麗の片割れにも。
まっっっっっっ…たく興味が湧かなかった。
その時、あたしに湧いたのは。
初めて見た双子が、そこまでソックリじゃない事へのガッカリ感だけだった。
そして、共に友達が出来ないまま、あたし達は高等部二年になっても同じクラスで。
だけど選択科目が一気に増えたせいか、同じ授業になる事は少なかった。
が。
その、選択科目で…桐生院 誓と一緒になる事が増えた。
とは言っても、相変わらず明日の生活の事で頭がいっぱいだったあたしは。
彼に、みんなが待ち望んでた成長期が来た事すら気付かなかったし。
二学期になってすぐ彼女が出来たらしいという噂で持ち切りになった事を、クリスマス前に知った。
とにかく、興味がなかった。
男にも、恋にも、自分にも。
そんなあたしが。
桐生院 誓と…結婚するなんて。
この時には、予感すらなかった。
当然か。
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