第4話 「にゃっ。」
〇桐生院華音
「にゃっ。」
仰向けになったまま、目の上に腕を置いて…悶々としてると。
「飲まないのか?」
親父の声が降って来た。
「……」
腕をずらして見ると、照明との逆光だったが…親父が俺の顔を覗き込んでた。
「起きろ。飲むぞ。」
親父はクロを抱えて自分の定位置に座ると。
「高原さんに、DANGER戦力外通告されたらしいな。」
グラスを手にした。
「……」
俺はゆっくり起き上がると、両手をテーブルについて…頭を抱えた。
…こっそりギターを弾いて来て…
やっと…
やっと、初めて、自分の居場所だと言えるバンドに加入した。
一生…紅美の声を生かせるバンドにしたいと思ってた。
…だが結局…
それも全部、俺の自己満足に過ぎなかった…と。
「…そのショックは分かる。」
てっきりダメ出しをされると思ってた俺は、意外な言葉に顔を上げた。
「俺も最初のバンドの時、高原さんにずっとソロを勧められてたからな。」
「…ソロ?」
「最初組んでた『TOYS』は、俺に合ってないってな。」
「……」
それでも親父は…TOYSで居続けた。
だけどTOYSである程度上り詰めた時…親父とアズさん以外のメンバーが…解散を申し出たらしい。
ずっと、望まれていなかった自分達に付き合う事はない…と。
「俺は、何ならビートランドを辞めて…プロじゃなくなるのも『あり』だって思った。俺なりに、思い入れがあったからな。」
「……」
親父の話は、すげー…俺の中に入って来た。
俺だって…DANGERとして認めてもらえないなら、もう音楽を辞めろと言われたも同然な気がする。
「…親父はシンガーとして認められて…の、それだろ?俺は……」
「……」
「…DANGERには…要らないっつって言われたんだぜ…」
情けない気持ちと…悔しい気持ちと…
…悲しい気持ち。
いつだって…じーちゃんの決断は間違っていない。
それはビートランドの実績を見ても…一目瞭然。
だとしたら…俺はやっぱり…
「もうしばらく言うまいと思ってたが…」
ふいに、廊下から声がして。
そこを見ると…じーちゃんがいた。
親父が位置をずれると、じーちゃんはゆっくりとそこに座って。
「…ビートランドには『ギターヒーロー』と呼ばれたギタリストが…マノンしかいない。」
俺の目を見て言った。
アズさん、陸兄、早乙女さん…と、世界中に名を挙げてるギタリストはいるものの…
確かに『ギターヒーロー』と呼ばれる人は…朝霧さんだけだ。
「華音。」
「……はい。」
「俺は、おまえにギターヒーローになってもらいたい。」
「……」
言われてる事が分からなくて、じーちゃんの目をじっと見る。
「おまえのためのバンドを、考えてる。」
「…俺の…ためのバンド…?」
ずっと…紅美の声が一番きれいに聞こえるギターを弾く事を心掛けて弾いて来た。
そんな俺に…
「おまえが、世界に出て『ギターヒーロー』になるためのバンドだ。」
自分を売るための…バンド。
そんなバンド…
俺が望んでるスタイルじゃない。
スマホの電源を落としたまま、翌朝を迎えた。
紅美に悪かったと思いながら、少し早めに事務所に行って。
俺は…里中さんに会った。
「…気持ちの整理がつかないようだな。」
一階のミーティングルームで、里中さんは遠慮がちに言った。
「…昨日の今日じゃ、無理っすよ…」
「確かに。」
俺にギターヒーローになって欲しいから、DANGERを脱退しろ、と。
そしてガクも一緒って事は…
ガクは俺のためのバンドで、ベースを弾く事になるって事で…
「夕べ高原さんから連絡もらった。今日、詳しく話す前に…スタジオに入ってもらう。」
「…スタジオ?」
「ああ。ちなみに…DEEBEEの曲を演った事があるか?」
「……」
沙也伽の代わりに希世が叩きに来てくれた時…軽い気持ちでやってみた。
あの時、希世は…
「何だろ。DANGERでやったDEEBEEの方がかっけーって…軽くムカつくぜ。」
って大笑いしてた。
「…あります。」
「じゃ、15時にCスタで。」
「うち、まだ沙也伽いませんけど。」
「ああ…いい。」
「里中さん。」
「あ?」
立ちかけた里中さんを呼び止めて、俺は…
「…俺のためのバンドなんて…やる意味あるんすかね…」
恐らく、意気消沈した顔のままで言った。
紅美を歌わせられない俺のギターに…意味はあるのか?
俺が俺のためにギターを弾いていく事に…何の意味が…
里中さんはもう一度座り直して、テーブルに肘をつくと。
「ある。」
キッパリと…言った。
「……」
あまりにもキッパリ過ぎて、唖然としてしまった。
「おまえのためのバンドだけど、おまえは自分のために弾くわけじゃない。」
「…じゃあ…何のために…」
俺の問いかけに、里中さんは鼻で笑って。
「動揺して頭が回らないらしいな。」
小さくつぶやいた。
「おまえを見てギターを始める奴、感化されて夢中になる奴、ギターは弾けなくてもバンドに夢を持つ奴…」
「……」
「とにかく、もっと音楽人を増やすために弾くんだよ。」
「音楽人…」
「すごいシンガーを両親に持つおまえにだって、ギターを弾きたくなるキッカケはあったろ?」
そう言われて、俺の頭の中には…『If it's love』を歌いながらギターを弾いてた、あの日のばーちゃんの姿が浮かんだ。
…そうだよ…
あの時のばーちゃんは…
俺にとっては、親父よりも母さんよりも…すげーシンガーに思えたし。
ずっと身近で見てたギターヒーローと言われてる人達よりも、カッコいい存在に思えた。
音楽に興味がなかったわけじゃない。
元々あったであろう才能を『当たり前』って言われるのも癪だったし、人より目立つのも好きじゃなかった。
それゆえに、進んで音楽に夢中になる事はしなかった。
だが…あの時のばーちゃんに、やられた。
開口一番『ギター教えて』…だもんな。
「おまえに、今思い浮かべてる人物がいるとして…」
「……」
「今度は、おまえが誰かのそれになるんだ。」
そう言った里中さんの目は…心なしかキラキラしてるように思えた。
「…俺が…?」
今まで…紅美と演る事にこだわって来た俺に…
少し、変化が生まれた瞬間だった。
〇二階堂紅美
昨日…LINEは既読になったのに返信がなくて。
電話したら、電源を切ってたノン君。
何だか…すっごく気になった。
ミッキーの事で何かあった?
それとも…高原さんに呼び出された事?
だけど、明日も会うんだし。と思うと…がっついて問い詰めるのも…だし。
本当はめちゃくちゃ気になってたけど、頑張って気にしない事にして…寝た。
で。
今日は少し早めに事務所に来たら…ノン君は、もう来てた。
車もあったし…ルームにはギターもあった。
なのに。
姿が見えない。
何だかそわそわしながら待つ事40分。
ようやく…ノン君がルームに戻って来た。
「もー。心配したじゃんか。」
立ち上がってそう言うと…
「…ああ…悪い…」
「……」
あれ?
いつもみたいに…腰を抱き寄せて、チュッてしないの?
首を傾げて、パチパチと瞬きしながらノン君を見つめる。
ノン君はと言うとー…
なんて言うか…
…そわそわしてる感じ。
あたしの事、チラッと見た後…座ってギターを手にしたんだけど…スタンドに立てかけて。
で、指を組んで唇を尖らせて…かと思えば食いしばって…
…何か楽しい事でもあったの?
ちょっと…目がキラキラしてる気がする…よ?
「…何かいい事でもあったの?」
「えっ?」
「……」
何。
その反応。
必要以上に、背筋伸ばすとか…怪し過ぎるんだけど。
そこでようやく…ちゃんと、あたしと目を合わせたノン君は。
だんだんと…後悔の滲むような顔になって。
「…紅美…」
立ち上がって、あたしを抱きしめた。
「…何…?何があったの?」
「……」
「話して。」
「……」
それから…ノン君はしばらく無言だったけど。
あたしも無言で待ち続けてると…
「…15時にCスタに入れってさ…」
小さくそう言った。
「…あたし達、今日16時からFスタだよね…?」
「さっき…里中さんに言われた。」
「……」
もやもやする。
これって、ミッキー関係ないよね。
DANGERの事だよね。
あたし…
「…紅美?」
気付いたら、ノン君にギュッと抱き着いてた。
だって…急に不安になった。
あたし、ノン君と結婚する…織姉に父さんを説得してもらって、結婚する…って、浮かれてたのに…
「…悪い…俺も…どう説明していいか…」
あたしを抱きしめて、耳元でそう言ったノン君。
あたしの腰を抱き寄せてキスする事も忘れるほど…
何考えてたの…?
15時にCスタに行くと。
「え?沙也伽?」
一週間後に復帰予定だった沙也伽が、スタジオにいた。
沙也伽はあたしの隣に来ると。
「急に呼び出されたんだけど…何だろ。気持ち悪い。」
小声で言った。
…確かに。
だって…そこには、あたしとノン君と沙也伽以外に…
「揃ったか?」
そこへ入って来たのは、高原さんと里中さん。
あたし達は、顔を見合わせた。
そして、少し遅れて…
高原さんと里中さんを見て、眉をひそめた。
「…じゃあ、DEEBEE、やってくれ。」
里中さんがそう言って、詩生ちゃんと彰が顔を見合わせて…
「…ベースは?」
彰が、低い声で言った。
そう言えば、映ちゃんの後にDEEBEEのベーシストになった、ハリーがいない。
高原さんと里中さん以外の面々が、動揺を隠しきれない様子で顔を見合わせてると…
「ガク、おまえが弾け。」
高原さんが…椅子に座って足を組んで言った。
「え…っ…?」
「弾けるだろ?」
「…は…はい…」
言われたガクがベースを持って…アンプのスイッチを入れる。
「華音。おまえも用意しろ。」
「えっ?」
みんなが…声を上げた。
ただ…ノン君だけは。
もう、分かってたのか…無言で、高原さんを見つめてた。
みんながそれぞれセッティングをして。
余った状態になってる沙也伽とあたしは…居心地悪そうに、スタジオの片隅に立ちすくむしかなかった。
やがてセッティングが終わって。
それを見た里中さんが。
「じゃあ…『Blue Lie』をやってくれ。」
DEEBEEの中でも、かなりハードな曲のタイトルを言った。
…これって…
年末に、希世が沙也伽の代わりに練習に来てくれた時、遊びでやった曲だ。
DEEBEEがシングルで出す曲は、キャッチーなサビのものが多いんだけど…この曲はDANGER寄りなんじゃない?って、笑いながら…やった曲。
「ああ…華音。」
資料を見てた高原さんが。
「おまえがリードでソロを取ってくれ。」
真顔でそう言って…DEEBEEのギタリストである彰は…
「…俺は用無しっすか?」
ムッとして食いついたんだけど…
「自分のパートを他の奴が弾いたら、何も出来ないのか?」
高原さんは間髪入れずそう答えた。
…試されてる。
DEEBEEは…試されてるんだ。
あたしと沙也伽は、息をするのも辛い空間で。
その様子を…見守るしかなかった。
「っ……」
『Blue Lie』が始まって。
最初の音で…あたしと沙也伽は肩を揺らせた。
そして…マイクを手にした詩生ちゃんは。
目を見開いて…後ろを振り返った。
…希世が。
いつもと違う。
その違和感は、彰も感じてたみたいで。
すごく…弾きにくそうにしてるんだけど…
ノン君とガクは…いたって普通で。
それが余計に…
詩生ちゃんと彰を…浮かせた。
…DEEBEEで聴くより…ずっと音にインパクトがあって…お腹に響く感じ…。
それが、ガクと希世…そしてノン君が『合ってる』からだ…って、すぐ気付いた。
彰はおとなしくバッキングに徹して。
詩生ちゃんは、相当歌いにくいのか…サビ前で歌うのをやめてしまった。
それを見た高原さんが…
ノン君を指差して、『歌え』って…
「……」
あたしは…複雑な顔をしてたと思う。
一瞬にして…あの時を思い出したからだ。
渡米してすぐのスタジオ。
グレイスに…『カノンが歌って』って言われて…
あたしは、ボーカルのポジションを奪われた。
でも、それは…あたしの力不足。
…詩生ちゃん、腐らないで。
心の中でそう願ってると、ノン君が歌いにくそうに…だけどコーラスマイクの前に立って…歌い始めた。
それはー…衝撃だった。
今まで聴いて来たDEEBEEの曲は…何だったの?って言うぐらい。
あたし達のスタジオで遊びでやった時は、あたしが歌ったけど…
ノン君が歌うと…詩生ちゃんが歌ったのとも、あたしが歌ったのとも…
比べ物にならないぐらい…
…カッコいい。
「……」
結局…最後まで、詩生ちゃんはマイクを持って立ったままだった。
曲が終わっても、誰も一言も発さないでいると…
「華音とガクと希世は、新しいバンドで夏のフェスに出ろ。」
高原さんが…立ち上がって、そう言った。
…ノン君とガクと…希世?
「…DANGER…は?」
あたしの隣で、沙也伽が力なく言葉を出した。
それを聞いた高原さんは…
「華音とガクには、DANGERを抜けてもらう。」
あたしと沙也伽を見て、言った。
…ノン君と…ガクが…
DANGERを脱退…?
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