51 始まる崩壊、勇者の剣
「ああ、くそっ」
猿川が崩れた塀の破片を蹴飛ばす。
「また逃げやがった。あいつだってもうわかってるはずだ、見ろよ」
屋根の一部が崩れ落ち、激しい音と土をまき上げた。あちこちで崩壊が始まっている。土煙が立ち、視界も悪くなる。
「幻想街が消えかかってんだ。おれたち、このままだとこっちの世界に閉じ込められるか、消えちまうかするんじゃねえのか」
「いやにゃんそんにゃの」
キビちゃんが地団太を踏む。
「もうツナサンド食べられなくていいにゃ。猫に戻ってユイちゃんに抱っこしてもらいたいにゃんぅ。にゃ、にゃ、にゃあああああん」
「泣くなよ猫。もう一度結衣を探そう。おい、桃田。嘘でもいいから結衣を好きなふりしてくれよ。あいつを騙して解放してもらう。結衣、出て来い。桃田がお前と付き合うってさ、結婚するってよ」
「や、やややだよ。生贄にするつもりか」
焦ると猿川は「だから嘘でいいってんだろ」とぴしゃり。
「元に戻ったら結衣がバカしねぇようおれが監視するから。だから、ここはぐっとこらえてだなぁ。だいたい結衣の話だと、お前も良い顔するから悪いんだぞ。あいつ嫌われもんだから親切に慣れてねぇんだよ。自業自得だ、お前」
「なんだよっ、猿川だって昔から犬飼が要注意人物だってわかってたなら、はじめから監視して呪いをかけないようにしろよ。おれは被害者だ」
「んなこと、マジで効果あると思わねぇじゃんかよ。前は『呪いの藁人形セット』や『これであなたも偉大な魔女』ってのを嬉しそうに取り寄せてただけなんだから」
「でも」
「あーもう、口論しててもしかたねぇ。おい、結衣、出て来いよ。帰ろう、わかった、負けは認めるから、全員で帰るぞ、なあ、おいっ。感謝してるから、出て来いって、結衣!」
猿川はわめき散らしたが騒音も大きくなり、声をかき消していく。
「ここじゃ瓦礫に埋まりそうだ。上に行くぞ」
猿川はそういうと近くの窓に足をかけ、そのまま屋根まで跳びあがった。キビちゃんも「わかったにゃん」とあとを追う。
「ちょっ、え、待って。無理、おれは無理だから。おい、待てって」
両手を出して跳ねていると、ぐいと腕を引きあげられて窓枠にあごを強打する。
「いったぁ」
「どんくさ」
猿川が吐き捨てる。
「足手まといな桃太郎だよ、お前は」
屋根まで上げてもらうと無造作に転がされる。
「モモ、かっこわるっ」
ナギサの姿で毒を吐くキビちゃん。
「普通は屋根まであがるなんて無理だって」
よろめきながら立ち上がると、キビちゃんは、「見とくにゃん」と一瞬ためを作り、ジャンプする。隣の屋根に着地すると振り返った。
「こうやるにゃん」
「さすが猫」
猿川が拍手している。
「猿よ、キビちゃんはニオイをたどって犬を探してみる。お前は剣があった場所までモモを連れていけ。たぶんあの剣で退治できるはずにゃん」
「そうか、あの剣か」
あごに手を添えてうなずく。
「剣?」
服の汚れを払いながら問う。こっちを見た猿川の目は妬ましそうに細くなった。
「猫と見つけたんだ。壁に刺さった剣」
「そうだにゃん」
向こうからキビちゃんも叫ぶ。
「きっと勇者の剣だにゃんっ。壁にぶっ刺さっててキビちゃんも猿も抜こうとしたけど、びくともしなくて。でも、この世界の桃太郎はモモだから、お前が挑戦してみろにゃ。鬼退治するには、あの剣で犬をバッサリいくしか方法はないと思うにゃ」
「ばっさり?」
戸惑うと猿川が「元は鬼を斬らせるつもりだったのかもな」とつぶやく。
「結衣の計画、鬼ノ城を打ち取って世界を救う、って筋書きで、あの剣が用意してあったのかもなって、そう思ってよ」
「でも今も通用するにゃん、だってあいつは雉に化けて逃げたにゃん」
「そうか。
「そうだにゃん。伝説では皇子は一本の弓で二本の矢を放ち、温羅の左目を打ち抜く。血を流した温羅は雉に化けて逃げた。皇子は鷹に変身してあとを追いかける。そのあとも温羅は鯉に化けるけど、最後は首をはねられて犬が食べる、だから、雉に化けた犬飼を、モモ、お前が退治すれば、この呪いは解けるんじゃにゃいのか?」
「やってみる価値ありだな。こうなったら結衣の良心に賭けよう。少しでもおれたちを解放する気があるなら、首はねりゃあ、負けを認めるだろう」
二人は大きくうなずくと、「桃田、行くぞ」と猿川は腕をつかんでくる。
「え、どこへ」
「だから剣を抜きにいくんだって。あっちだ。おい猫。結衣を見つけたら、叫ぶか吠えるかしてくれ」
「任せとけにゃ」
シュタッとキビちゃんはいったん地面に下りたが、再び抜群の跳躍力で反対側の屋根に跳びあがる。そして屋根づたいに跳び、ぐんぐん遠ざかっていった。
「あのジャンプ力、感動するね」
んじゃ、おれたちは、と猿川が襟首をつかんでくる。
「行くぞ、剣はこっちだ」
途中から怖くて目を閉じた。猿川は上へ下へと回転するように動く。建物が崩壊する音い猿川の悪態が続く。
「到着」
と地面に落とされる。船酔いした気分がする。
「ここか?」
その建物は崩壊寸前だった。屋根はなく、壁もトラックでも突っ込んできたかのように大きな穴が開いている。
「こっちだ、地下にある」
猿川は地面にあった木板をどかした。煉瓦で真四角に囲われた入り口が現れ、空間をのぞくと、うす暗い中に石階段が伸びていた。
「一人通るのがやっとだからな。桃田、お前だけ行ってこい。おれはここで生き埋めにならないよう見張っててやるから。部屋は一つだし、剣は見りゃすぐわかる」
と、返事をする間もなく階段に蹴り飛ばされた。
「じゃ、がんばって」
地下は狭かった。コンクリートのような灰色の壁。その奥の一面に突起がある。暗くてよくわからなかったが、たぶんこれが剣だろう。
振動が続いている。冗談じゃなく生き埋めになりそうだ。急ぎ柄のような部分をつかみ、思いっきり引き抜く。と、何の抵抗もなく抜けた。
「猿川、これであってるか?」
陽の下で確かめると、剣は金色の柄で唐草の彫りものがあり、赤い宝石が一つはまっていた。刃は鏡のように反射している。
「さすが桃太郎。あとは鬼退治だ」
「でもめちゃくちゃ軽いぞ。使い物になるのかな。っていうか本当に首をはねるのか?」
「ああ。なあ、ちょっと貸せ」
険を渡すと、猿川は数度軽く投げる。
「軽いな、紙粘土かよ。まあ本当に殺戮するわけじゃなく、影と同じように剣を当てたら消滅するとか、そんなイメージだろ。結衣のゲームに付き合うと思って世界を救ってくれよ、ほらっ」
「おっつ」
剣をキャッチすると、
「にゃおおおおおおおおおおん」
「猫が見つけた! 桃田、あっちだ」
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