48 修ちゃんと結衣
犬飼結衣の趣味嗜好は、とにかく異様だった。
幼い頃から虫を捕まえては、残酷な飼い方をする。友達を連れて来たかと思えば、池に突き落とし溺れる姿を笑いながら見ている。
夜中に外出する、火遊びをする、血を見ると喜び残忍さにはしゃぐ。
両親も始めのうちは叱り、目を光らせ、度がすぎたときは医者に診せもした。
それでも改善せず、年々胸が悪くなるような行動ばかり繰り返す。いつしか両親は風変わりな娘に見切りをつけた。
その反動か恩恵か。夫婦仲は良く二人はよく外出し、結衣はその裏で思う存分趣味を謳歌する。
犬飼家の斜め向かいに住んでいる猿川修二は、その集落で唯一の結衣と同い年の少年だった。
彼は末っ子で、兄たちが強権を振るうので、好きに遊べないこともあり、ゲームしたさに結衣の家に通うばかりしていた。
結衣の部屋には両親が与えた玩具がたくさんあった。人形やぬいぐるみは結衣がずたずたに切り裂くので、頑丈なロボットやミニカーが多く、最新のゲーム機もあった。
修二にとっては天国だ。おやつも遊びに行くたびたっぷりもらえたので、彼は結衣そっちのけで満喫していた。
それでも修二だって気を回して、結衣を遊びに誘うことがある。
ただしお互い全く気が合わない。修二が無理やり外に引っ張り出し冒険ごっこをしようとしても、結衣は泣くか叩くかして逃げ帰ってしまう。
結衣は庭にいびつな模様を描いては「魔法陣よ」といって何か召喚しようとすると、修二は魔法陣を蹴散らして、落とし穴を作りたがった。
結衣は修二に対してもわがままを通そうとした。
だが修二は修二で相当マイペースだったため、彼女の影響はほとんど受けなかった。周りが結衣を気味悪がっても、「あいつはエイリアンだからな」と修二は笑って気にしなかった。
ただ中学になる頃から、結衣がネットで怪しげな連中と通じていることを知ると、少しだけ警戒した。
でも奇妙なオカルトグッズを入手するたび、「見て見て」と自慢してくる程度だったので、さらに「やべー奴」になったと思う程度だったが。
そうして二人は高校生になってすぐのことだ。
結衣が「彼氏が出来た」と自慢してきた。修二は、「もしかして藁人形の彼氏だろうか」と面白がった。が、実際見せてきた相手がいたって普通の男子で、修二は正直戸惑ってしまった。
「桃田勇樹くんよ」
腕に手を絡め、無邪気に笑う結衣。見た目は、どこにでもいる女子高生だった。
修二は桃田を一目見て、結衣が好きそうなタイプだと思った。どことなく育ちが良さそうで、整った顔立ちに控えめな態度。
ただ猿川からすると小奇麗だが意志薄弱と見えた。だが、そういうところもわがままな結衣には合うのだろうと納得する。
「彼、絵が上手なの」
結衣がそう自慢げに見せてきた絵を見、修二は、「あほか」と思わず頭を叩いたことがある。
プリント裏に、へのへのもへ字だ。すっかりのぼせあがってると、うんざりしたが、結衣がまともに誰かと付き合っているようで、「人間成長するもんだ」と感心した。
しかし次第に、結衣の浮かれようとは裏腹に、桃田の陰鬱さが目につくようになった。
会うたび顔色が悪くなり、話しかけても上の空、真夏でも寒そうに震えている。
そんな桃田の隣で、心配するでもなくご機嫌な結衣を見て、さすがの修二も奇妙に思い始めた。
何かあるんじゃないか。もしかしたら、結衣が桃田を脅して無理やり彼氏にしたのではないか。
疑いが深まり始めた頃、深夜に出かける結衣を見つけた修二は、彼女を呼び止めた。
夏休みも終盤、八月の下旬だった。
「おい、どこ行くんだよ。キャンプか」
「ちがうよ」
修二は遅くまで遊んだ帰りだったのだが、結衣はリュックを背負い、懐中電灯の灯りを頼りにどこかへ向かっている。
「なぁ、結衣」
結衣は一瞬立ち止まったが、すぐに無視して歩き始める。その態度に修二もさっさと立ち去ってもよかったのだが。ふと気づき、結衣に近づき腕をつかんだ。
「顔、どうした。まさかあの坊ちゃん彼氏にやられたんじゃねーよな?」
結衣の顔には引っかき傷があるだけでなく、全体が腫れている。結衣は鋭い視線を向けてくると、腕を振りほどいた。
「修ちゃんには関係ない」
「え、マジか? あーらら、喧嘩したのか」
茶化すように笑ったが、暗がりでもわかる結衣の憎々しげな表情に、修二もぴたりと口を閉じる。結衣は何もいわず黙々と歩いていく。
その背を見送っていたが、すぐに闇に紛れて見えなくなった。あいつ、丑の刻参りにでも行ったんだな。修二は桃田を思って手を合わせた。
その翌日、昼頃だった。
修二は昨夜のことが気なり、結衣を訪ねた。が、帰宅していない。そして二日、三日、と経っても結衣は戻らなかった。
もしかしたら桃田と出かけたのだろうか。でも深夜に? 確かめようにも桃田の連絡先は知らず、結衣の携帯は自宅に置きっぱなしだった。
結衣の両親は仲良く旅行に出かけまだ帰らない。在宅している祖母は、体調を崩したのか寝込んでいる。
どうしたものか、と考えていると、一週間後、結衣がひょっこり帰ってきた。
夕方だった。結衣は夜中に会った時と同じ服装でひどく汚れていた。髪にも枝葉がつき、頬の引っかき傷も増えている。
だが結衣自身のテンションは高かった。修二に気づくと飛び跳ねるように駆けてきて満面の笑みを浮かべる。
「
彼女はきゃっきゃと笑いながら話すものだから要領を得ない。
ただ「呪い」「祠」「おまじない」「鬼影」といった言葉があり、結衣が何かを成功させたのだとわかった。
「二度目だから、もっと複雑で強力なものにしたの。それでね、修ちゃんも参加してもらうからね。だって修ちゃん、結衣に彼氏ができたこと喜んでたでしょう?」
喜ぶとはちがうと思ったが。何が何だかわからぬまま、「まあな」と修二は答える。すると結衣は飛び跳ね、「だよねだよね」とはしゃぐ。
「だからね、みんなで鬼退治してもらうんだよ。モモが桃太郎、修ちゃんは猿ね。修ちゃん、桃太郎のサポートしてよね」
「学芸会でもすんのかよ」
「ちがうって。世界を救うんだよ。修ちゃん、まだバトルゲーム好き?」
「まあ」
「だったら楽しいと思うよ。あと修ちゃん、頭良くしてあげるね、高校もみんなと一緒だよ」
怪訝な顔をしていたのだろう。それまで楽しそうだった結衣の表情がくもる。
「……ああ、その顔、信じてないんだね。また結衣のオカルト好きがはじまった、そう思ってるんだ。でもいいよ、信じてくれなくても。修ちゃんも、すぐにわかるんだから」
不機嫌な顔をしてそっぽを向くと、結衣は足早に立ち去ろうとする。
「お前、変なことにおれを巻き込むんじゃねーぞ」
修二はそう釘を刺したのだが。結局、彼も呪いを受け、記憶をなくしてしまった。
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