37 この世界が好き、消えた記憶

 ――ナギサはこの世界が好き?


「もちろん、こんな世界はおかしいなって思う。でも」


 ナギサは顔をあげた。


「もしも呪いが解けたら、今のわたしたち、どうなるんだろうって。記憶は残るの? それとも、呪いが解けたら全部を忘れちゃうのかな。そうなったら、せっかくモモとまた仲良くなったのに残念だよ」


「また?」


「うん。修二くん以外は、同じ学校のはずだよね?」


 ――今、モモとまた仲良く、って。


「ナギサ、夏祭りで話したのが、おれたち最初だよな」


「えっ、うん、そうだよ。あの時はモモ、わたしを助けてくれたもんね。今度は犬飼さんを助けないと」


「……そうだな」

「でもどうしたらいいんだろうね」


 世界から消えるって怖いよね。

 ナギサは肩を丸め、またうつむく。


「わたしたち、犬飼さんが助けを求めてくるまで彼女がいなくなったことにも気づいてなかったんだよね。それってひどいことだよ」


「ひどいかな」

「ひどいよ」


 ナギサが驚いた眼を向けてくる。


「モモは忘れてても気にならないの?」


「だってこの呪いって、そういうものなんだろ。記憶を消して犬飼がいない世界を作ったんだ。だから、ひどいのは記憶がないおれたちじゃなく、呪いをかけたやつだよ」


「それでも忘れてしまうのはよくないよ。この人の中でわたしはもう存在しないんだ、楽しかった思い出も全部なくなったんだ、消えちゃったんだ、って。そんなのあんまりだよ」


「だから必ず助けないといけないってことだろ?」

「うん。犬飼さんを見つけたら、彼女との思い出も全部よみがえるよね?」


「ああ」

「呪いに勝たなくちゃ」

「そして世界を戻そう」


 ナギサは笑顔を見せうなずく。

 だが、おれは上手く表情が動かなかった。


 ナギサが見つけた本、『ヘブンリーブルー』。あのあと、自分で読んでみようと棚を探したが見つからなかった。


 あの物語が、誰かの記憶を記したものだとしたら。


 呪いをかけ続けるのに不都合な記憶だから、消えたんじゃないだろうか。


 つまり、あの本の二人は……。


「わたし、郷土資料のほう見てくる。鬼影の呪いや祠について、何かあるかもしれないから」


 郷土資料は一階にある。ここは二階だった。立ち去る足音に拓海が振り返る。


「んもー、どこ行った?」

「郷土資料をあたってみるって」

「絵本なのにぃ」


 むくれている。おれはスツールから腰をあげると、拓海の隣りにしゃがむ。


「じゃあまた絵本を探すか」

「モモは上の段な、おれは下を見る」

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