38 すり替わり、謝罪、話そう
結局。再び拓海と棚をくまなく探したが、祠や鬼影が出てくるような絵本は見つからなかった。
拓海はまた端から見ていくといったが、おれは児童書のほうを探すと伝えて、その場から離れた。
とはいえ児童書のコーナーを見たところで拓海のいう絵本があるとは思えず、おざなりに確認すると、おれは黙って一階に下りることにした。
階段の横にすぐカウンターがあり、一番奥の壁際が郷土資料がある棚だった。見やると黒ずくめのナギサがいる。熱心に資料を見ているらしく、何冊もテーブルに置いてページをめくっていた。
おれはそちらにも向かわず、図書館の外に出ると、猿川に電話をかけた。相手はすぐに出た。
『見つけたのか、本』
「まだ探してる。それよりお前、まだ来ないのか? どこにいるんだ」
『迷った』
一瞬、鵜呑みにしかけたが、
「嘘だろ。集合する気ないんだな。祠の画像を見たくないのかよ」
猿川は、あー、と苦笑している。
『もういいわ。桃田が犬飼の名前を見たってんなら、本当なんだろう。それより、雉とお前でちがう声を聞いたのは本当なのか』
「声がちがうのかどうかは。ただ聞いた言葉がね。拓海は絵本を探すんだって張り切ってるけど」
『あいつ、嘘ついたんじゃねぇの』
「どうして拓海が嘘をつくんだよ」
『自分も何か活躍したくて。だってその本を探して何がわかるんだよ。呪いをかけたやつの名前か?』
「ナギサも似たようなこといってたけど。でも本人は一生懸命なんだ、嘘だなんていうなよ。手がかりになると信じてるんだ」
猿川は、ああそう、と猿川はどうでもよさそうな返事をする。
『まあ探せばいいんじゃねぇの。あったらあったで役に立ちそうだし。おれはそっちに行かねぇけど』
「猿川、あのさ」
『あ?』
ためらったが、切り出してみる。
「犬飼さん、ナギサと拓海のあいだじゃ、お前の彼女って話になってるぞ」
『はあ? おれじゃなくてお前だろ』
「でも猿川のほうがいろいろ思い出してるから、そうじゃないかって」
と向こうの反論が来る前に早口で続ける。
「それにおれに彼女がいたなんて言い出したのはお前だけだろ。おれ、今でも犬飼さんがどういう人だったのか思い出せないんだ。本当に付き合ってたのかな。お前、自分と勘違いしてるんじゃないか?」
『勘違いなわけねぇだろ』
えらく低い声だ。電話で良かった。対面だったら胸ぐらをつかまれてそうだ。
「で、でもさ、呪いの影響で記憶が変わってるってことも」
『じゃあ犬はなんでお前にキスしてんだ、痴女か。彼氏だからだろ。おれの記憶でもそうなってんだ、今さら気乗りしないからって否定するな、クズ野郎』
「そ、そうだな。悪かったよ」
そんなに怒ることないだろ。
『お前、犬を見捨てる気じゃねぇだろうな。そんなことしたら許さねぇぞ』
「もちろん助け出すよ」
『当たり前だ。じゃねぇと、おれの視力が元に戻らねぇだろっ。犬が出てこなくても世界は元に戻すんだ、これ決定だからな!』
「うん、戻そう。あの、で、思ったんだけど」
『あぁっ』
「呪いをかけた本人も、記憶をなくしてるってことあるかな」
猿川に昨日あったことを説明した。
部屋に『ヘブンリーブルー』のタイトルがついた本があったこと、ナギサがその本に詳しかったこと、そして夜には本がなくなっていたこと。
『――で。お前はその本の内容が、お前とナギサの記憶だと思うわけだな』
「そう。だから」
また仲良く、とか。
この世界が気に入っている、とか。
どうしても疑いが……。
『ってことは、お前とナギサは中学で付き合ってたが高校で自然消滅。お前は犬と付き合い始めたが、ナギサが納得せず、呪いをかけ、犬を消した、と』
黙っていると、『おい』と大きな声。
「うん、聞いてる。でもナギサも犬飼さんを助け出そうとしてるだろ? おれに、やる気ないよね、って責めてくるくらいだし」
『罪悪感から都合よく記憶を消してる場合もあるんじゃねぇか?』
そうなんだろうか。人間を一人、世界から消してしまうなんて。そんな恐ろしいことを、あのナギサがやったなんて。
でもこの呪いをかけたやつがいて、その動機が思いつく人物はナギサひとりだ。しばらく猿川も無言だったが。
『おれもナギサを疑ってる』
と、同意する。
『あいつ、なんか不自然っつぅか、昔から知ってる相手にしちゃ、話してても違和感あってよ。でもお前の話を聞いてはっきりした』
あいつ、犬飼とすり替わってんだよ、そういった。
「すり替わる?」
『ナギサは去年の夏、バアさん家に行ってすごしてたんだろ、従兄弟も集まって。けどよ、あの家はそういう付き合いねぇはずだ。一緒に住んでるババアはいるけど、陰気なくそババアだぞ。孫が懐くようなんじゃねぇよ』
「えーと、じゃあ猿川の本当の幼なじみはナギサじゃなくて犬飼?」
『じゃねぇかな』と猿川。
『だからお前に彼女がいたっておれが知ってたんだ。犬飼がお前を連れてるのを見たんだろう』
そうか。
ナギサと犬飼が友人じゃなくても、ナギサが犬飼の立場にすり替わっていたら、猿川とのつながりがわかる。
『おれが呪いに巻き込まれたのは、犬にすり替わる必要があったからか、……っても、なんですり替わるんだ? 犬を消すだけでいいような気もするが』
確かにそうだ。おれの中から犬飼の記憶がなくなり、存在も世界からいなくなれば、すり替わる必要なんてないように思う。
「じゃあ本人に確かめてみよう」
『確かめる? おい、ナギサに直接聞くつもりかよ。お前が呪いかけただろって、そんなん素直に答えるわけねぇ』
「でもナギサが呪いをかけた原因って、おれにあるんだよな。覚えてないけど本ではそうなってた。ナギサを傷つけた、態度がひどかった。だから謝るよ。それから犬飼を呪いから解放するよう頼む」
お前アホだな、と猿川の声がしたが通話を切る。ナギサと話そう。じゃないと何も解決できないから。
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