35 着信、声、イリュージョン
おれは携帯を取り出した。
「猿川、そろそろ公園に着いたかな。連絡してみようか」
と画面を見たタイミングで着信が鳴る。
「あ、猿川だ」
祠に何かあったのかな。それともまた影が? 少し緊張して出たのだが、猿川の声に焦りはないようだった。
『祠さあ、あるんだけど』
こっちを見ているナギサと拓海に、「祠、見つけたって」と伝え、「で?」と問い返す。
『札が貼ってあったんだよな。犬を消せってやつ』
「ああ、扉を開けた奥だ。赤い字で――」
『ねぇんだわ』
「ない?」
『それっぽい札はあるんだが、字が消されててよ。黒く塗りつぶしてある。お前が見たときはちがったんだよな?』
がさがさと音がしている。
まさか、あいつ札を剝がしたのか?
『陽で透かしても、文字は読めねえよ』
「お前、大胆だな」
『何?』
「いや。おれとナギサが見たときは、間違いなく犬飼の名前が書いてあったんだ。そうだ、ナギサが画像を送らなかったか? 動画も撮って」
――と、そのとき。
ぷつん、と通話が切れる。
「猿川?」
「どうしたの」
ナギサと目が合う。
「切れた」
と着信。まともに表示を確認せず、耳に当てた。
「猿川?」
ジー……、と濁った機械音がしている。
困惑が顔に出ていたのだろう、どうした、と拓海が堅い声。
「音がしてる」
「音?」
猿川、と呼びかける。返事はなく、奇妙な機械音が続く。
「ちょい貸して」
拓海が奪うように携帯をつかむ。
「もしもーし」
大声を出して呼びかける。それから耳をすませているのか眉根がよる。
「……何かいってる」
「猿川か?」
「わからん。早口で小声。なんだろ、女の声かな」
「聞かせろ」
耳に当てる。本当だ、何かいっている。ずっと遠くのほうから、だんだん近づいてきている。吐息交じりの、だが甲高い声。
……て、……すて、……けて、……て、……けて、けて、けて、けて、けて。
『助けて』
ぼわっと携帯が火を噴いた。
びっくりして取り落とす。べちゃ、と泥が落ちるような音。携帯が落ちたはずの位置に、赤黒い水たまりができていた。
見ている間に赤黒い水たまりは、泡立っていく。ぶくぶくと跳ね、硫黄のようなむせ返る臭いを放ちながら蒸発した。
「うわあ」
拓海が水たまりがあった場所を恐る恐る足でつつく。
「うわあ、なくなった。なにだよぅ」
ピピピピピピピピピピピ。
突然のアラーム音。ひえっ、と跳びあがる拓海。ナギサが、「あ、わたしのかも」と肩にかけていたトートバッグを確認する。
「あれ?」
取り出したのは、ナギサのピンク色の携帯ではなかった。
「おれのだ」
「イリュージョン」
拓海がつぶやく。ナギサから受け取ると、鳴り響いていたアラーム音が止まった。
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