41 ユイとナギサ、冬のバス停

「あそこか」


 アーケード下にある本屋だ。今回は薄暗くもなく、店内は普段街で見かけるものと代わり映えしない。


 文具コーナーの反対側が、絵本の置いてあるスペースだった。そこへ向かうと、拓海がすぐに一冊の絵本に目をとめ、「あった」と立ち止まる。


「絶対これだ。感じるからわかる」


 その絵本は人気シリーズに混ざり目立つ場所に平置きしてあった。白い表紙で二人の女の子の絵がある。


 ほんわかしたタッチに仲良し二人組のほのぼのとした物語かと騙されそうになるが、タイトルは『鬼影のおまじない』だ。


 拓海がページをめくった。制服を着た女の子が手を繋いでいる。片方はおさげ髪、もう片方はショートカットだ。


 


 ナギサちゃん には

 なかよしの おともだち がいました

 なまえは ユイちゃん

 ふたりは しんゆう です



「モモ、このナギサって」

「いいから最後まで読もう」


 次のページでは、おさげの女の子がハートを持ち、周りにも小さなハートマークが飛んでいる。ショートのほうは顔半分が笑顔なのに反対側は影が差し目つきが悪い。


 拓海はショートの子を指さした。


「こっちがユイちゃん?」

「どうだろう。主人公がナギサみたいだけど」


 数ページめくると、だいたい話の内容が理解できた。ショートのほうがナギサ、おさげがユイだ。


 高校生のナギサは、ある日素敵な男の子と出会う。ナギサは彼のことが好きになった。

 

 彼のことをばかり見て、いつも彼のことを考えているうちに、ナギサはあることに気づく。彼には好きな女の子がいた。名前はユイ。


 ナギサはユイと友達になろうとする。いつもそばにいて親しく話しかける。二人は親友になった。すると気づく。ユイも彼のことが好きだった。困ったナギサは鬼影の祠に行き願いごとをする。


 ――どうか、彼の恋人になれますように。


 翌日ナギサに彼氏ができた。相手はあの素敵な男の子だ。


 ユイは悲しんでいたが、ナギサは気にしなかった。願いごとが叶ったからだ。


 大好きな彼との幸せな日々。でも楽しいはずの毎日でも彼に笑顔はなく、いつも頭を抱えてばかりいる。


 優しかったはずの彼は、どんどん暗い性格になり不機嫌になった。絵が上手だと褒めても全く喜ばなくなる。


 そうした日々が続いたある日、恐れていた事態が起こる。ナギサが祠に願いごとをしていたことが、彼にバレてしまったのだ。

 

『どうしてこんなことを。好きな子がいたのに!』


 ――ごめんなさい、ごめんなさい。


 ナギサは必死にあやまった。でも彼は許さなかった。だからナギサはもう一度祠に願いごとをした。


 ――犬飼結衣いぬかいゆいを消してください。


 そしてユイちゃんが世界から消えた。

 男の子の記憶からも消えた。


「――そして、男の子とナギサちゃんは、また元通りの仲良しに戻りました。おしまい、か」


 読みあげた拓海は、慎重な視線を向けてくる。


「あのぅ、この男の子っておま――」

「ちがう」

「ちがう?」


 でもよぅ、と聞く拓海から絵本を奪い、否定する。


「『ヘブンリーブルー』と展開がちがう」

「へぶんりぶるって何だ?」

「朝顔の品種だよ」

「朝顔?」

「どうなってんだ、何を示そうとしてるんだ?」


『ヘブンリーブルー』では、最初に付き合ってたのがナギサで、そのあとが犬飼だ。それなのに絵本では初めから犬飼――ユイと両想いの筋書きになっている。


「でもユイもナギサだったら……。ナギサが犬飼?」

「おい、モモ。わかるように説明しろ」

「ナギサに、いや、キビちゃんに見せよう」

「キビチャン?」


 拓海にかまわず、絵本を手に出口に向かう。「レ、レジは」と拓海が慌てた声をあげるが、ここは幻想街――夢の中だ。そのままドアへ向かう。


 と、外に出た瞬間。

 がく、と足が地面を見失う。


 真っ暗だ。落下し続けている。遠く上の方から、拓海が「モモ」と叫んでいる。でも何も見えない。ただ落下してゆく風圧だけを感じている。


 また教室に出るのだろうか。あの時、おれは一度犬飼に会っている……。


 そして。


 おれはバスを降りた。


 季節は冬。灰色の雲が空を覆い隠し、ちりのような雪が降っている。


 クリスマスにユイからもらったニット帽に触りかぶりなおすと、道路の向こう側に目をやる。


 あっちの停留所は、こちら側とは異なり屋根とベンチがある。ひとつだが自販機も設置してあった。


 ここに来るのは三度目だったが、前は二度ともユイが先に到着していて、あのベンチに座って待っていた。


 今日はまだ彼女の姿はない。左右を確認して道路を渡る。白いワゴンが一台だけ通り、あとはまた静かになる。


 次のバスが来るまで三十分は待つ。自販機でホットミルクティーを買うと、カイロがわりに手の中で転がしながら待った。

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