40 幻想街、本屋
その日の夜だ。
おれは猿川に電話をかけた。
猿川はすぐ出たが、外にいるのか周りの騒々しい音が聞こえてくる。
『――ナギサじゃなかった?』
「うん、ナギサには猫が憑りついてて、キビちゃんがいうには」
『キビ?』
「ナギサの飼い猫、黒猫だ。で、やっぱりあの本は、おれとナギサのことだったんだよ」
キビちゃんはずっと毛もじゃになってナギサを見守っていたのだが、『ユイちゃんの窮地にゃっ』と急遽、表に出てきたそうだ。
『ユイは犬飼の名前だろ? どうしてナギサに憑いてるんだ』
「ユイちゃんがナギサだって言い張るんだよ」
『はあ?』
猿川が混乱するのもわかる。
でも猫のおかげではっきりした。
「とにかくナギサは呪いを使ってない、本当だ、おれは猫を信じる。でもそうなると」
『誰が呪いを、ってことか?』
「ああ。もしかして」
ごく、と喉が鳴る。
「おれかな?」
静かになるので、「猿川?」と呼びかける。
『いや聞いてるけどよ。どうしてお前が呪いで犬飼を消すんだ、意味が――あ、そうか。ナギサとよりもどしたくて、邪魔だ、っつんで消したって?』
「……うん」
『別れてぇからって、呪いだぞ? おれはお前じゃねぇと思うけどな』
「でも猿川とちがって全然思い出せてないし、完全に記憶を消してたら……。ナギサが語った彼もひどい振り方してただろ? おれって、そういう身勝手な性格なのかも」
「ナギサのときは無視したのに、犬飼は呪うなんて差がありすぎだろ。だいたい何でおれまで巻き込んでんだよ」
「それは……そうだな」
『ナギサと犬のすり替わりも意味なくなるし。あいつんちが金持ちならまだしも、全然だぞ。まあ犯人捜しより犬飼だ。お前は雉のいう絵本を見つけろ。おれも幻想街で動いてみる』
「今日は夢、見るだろうか」
『そう期待するね。おれも早いとこ帰って寝るわ』
「わかった」
そして。
――夢の中にいる。
何度も繰り返し見た駅前。いつもなら誰かを探して焦燥にかられてばかりいたが、今はいつになく落ち着いている。もう誰を探していたのかわかっているからだろう。
集合するなら公園かと、駅の裏手に回る。着くと三人はすでにいて、おれを待っていた。
「今回は集合できたな」
「自分は図書館に来なかったくせに」
猿川は前回幻想街で会ったときと同じで、マントにブーツの恰好だ。ナギサは昼のまま黒のチュニックから始まる黒ずくめ、拓海は制服姿だった。
「お前も私服なのな」
拓海がいう。確かに昼と同じだ。猿川が、「お前ら、装備が全然なってねぇよな」と舌打ちする。
「影が出る区画から下りてきたんだが、また戻るつもりだ。犬飼がいるなら、鬼影が邪魔してくる場所が一番怪しい」
けど、と「なるほどっ」とやる気を見せた拓海を制するように、猿川は強調する。
「おれだけで行く。お前ら、正直足手まといだ。影に触ると目が覚める。それなら安全圏で他の手がかりがないか探した方がいいだろ」
皮手袋をはめた手を握ったり閉じたりして、ギシギシと鳴らす。
「わかったにゃっ」
ナギサが挙手して元気よくうなずく。その返事に拓海がぎょっとしている。でも何事かと向けてきた視線をかわして、おれもうなずく。
「了解」
「え、モモ? あのナギサちゃん?」
「よし、そういうことで解散っ」
そして。
「とにかく走り回って手がかりを探すにゃ」とナギサもひとり行ってしまい、公園でおれと拓海だけが残った。
「じゃあおれたちは」
「いやっ、モモ。何普通に流してんだよ。何なんだ、あのナギサちゃんはっ。にゃんにゃんにゃんにゃんカワイイけど、これも呪いのせいか、ひとりにして大丈夫なのかよ、追いかけたほうが良いって、まだ間に合う、でも足むっちゃ早いな、おれびっくり仰天の助五郎なんですけどっ」
「うん、落ちつけ拓海。いろいろ説明したほうがいいんだろうけど、あのナギサは一人で大丈夫だし、おれたちはおれたちでやることがある」
「はへ?」
「絵本だよ」
「絵本?」
「お前がいい始めたんだろ。図書館を探してみてもなかった絵本だ。もしかしたら、探すのは夢の中の本屋じゃないかな。ほら、最初に実験したときに使った、あの本屋だ」
「なーるほど」
ぽんと手を打つ拓海。
「じゃあ行くぞ」
「お、おう。でもナギサちゃんが」
「絵本を見つけるぞ」
「お、おー」
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