28 告白、デート、高校受験
彼女と彼は、夏中、ただ遊んでいたばかりではなかった。
二人とも中学三年、受験生だ。彼らは、古風なエアコンが轟音を立てている小さな図書館でよく勉強した。
彼が解けない問題は、彼女も解けず、彼女が知らない用語は、彼も知らなかった。だからか、二人は互いに幻滅することなく励ましあい、勉強に取り組んだ。
小さな図書館にはあまり人の出入りがなかった。白髪の司書さんがひとりいるだけ。
誰か来ても、本を借りたらすぐ出て行くばかりで、長机に教科書やノート、参考書を広げ、くすくす笑っては、シャーペンで相手の腕をつついているようなのは、二人だけだった。
会話は自然、受験先のことになる。そうして、二人は、自分たちが意外と近くに住んでいることを知った。離れていても数駅だった。夏が終わっても会うことは簡単だ。また志望校が同じ高校だとわかる。
「じゃあ高校は一緒だね」
素直にはしゃぐ彼女に、彼は「受かったらね」とひねくれた返事をする。
「わたしは受かると思うな、二人とも」
と彼女は、向かいに座る彼を見やるとノートに視線を戻し、「クラスも同じだといいな」とつぶやく。
それから、「お互い彼氏彼女を作って紹介しあったりしてね」と早口で追加した。
彼はちょっと押し黙り、「あっそ」と素っ気なく答えると、ノートの端に何かを書き始める。
彼女は、視線をあげたが、彼は黙々とノートに文字を連ねているばかりで目が合わない。失敗しちゃった、と彼女は落ち込む。
問題を解こうとしたが、なかなか内容が頭に入ってこない。文字が躍っているようで、気持ちが浮き沈みする。
と、彼がシャーペンのキャップ部分で腕を軽く叩いてくる。視線だけ向けると、彼は斜めに向けたノートを押し押し出してきた。
『彼氏は目の前の人じゃ無理?』
赤面する彼女。すぐ下に、何かを追記する。
『♡』
「そして二人は、めでたくカップルに――って。モモ、どうしたのっ」
ひれ伏して顔を覆うおれに、ナギサが驚きの声をあげる。
「べ、べ、べ、べつに、何でもない」
姿勢を正し、あっつ、と手であおぐと、ナギサは「そんなに恥ずかしくないでしょ」と口を尖らせる。
「初々しい告白シーンじゃないの」
「わ、わかってるよ。そんなことは」
ナギサは、モモって純情ね、と肩をすくめると、話を続けた。
二人は夏が終わった後も交際を続けた。メールでのやりとりが多かったが、月に一度、電車に乗り遠出もした。
「誰かが見てるかも」と二人は警戒して、近所では会わないようにしていたのだ。とにかく照れ屋なカップルだった。
遠出のデート、といっても、観光名所を回る初老夫婦のような日帰り旅行だったが、ちょっと手を繋いだりして、ドキドキもそれなりに楽しんでいた。
二人とも学力に見合ったレベル志望校だったので、受験シーズンになっても、ピリピリムードはなく、月一のデートは続く。
そんな中、冬休み前になると、どちらの学校でも突然の告白ラッシュが巻き起こった。
彼女は二人、彼は三人の告白を受けた。「好きな人がいるので」と、二人とも断ったのだが、その瞬間、相手の顔が浮かび、ぼふっと真っ赤なトマトになった。でも周囲には交際相手がいるとは、どちらも教えないままだった。
そしてクリスマス。
彼は彼女にヘアアクセサリーをプレゼントする。彼女は手編みのマフラーをあげようとして失敗したので、市販のニット帽を渡して被せると、その勢いのまま、ほっぺにチュウをした。
二人は完熟トマトが青く見えるほど赤面した。手袋をした手だったが、ぎゅっと強く繋いだ。こうしているのは、雪で滑って怪我しないためだよ、と言い訳しながら。
だが、実際には、雪はたいして積もってなどなかった。でもきっと豪雪景色が恋する二人には見えていたのだろう。その手はずっと繋いだままだったから。
春。二人は志望校に合格した。
同じ高校に通うのが嬉しくて、二人はテンションが上がりすぎたのだろう。抱き合ったあと、キ――。
「ストップ。もう大丈夫だわ、ナギサ」
「え、そう?」
「うん。『キ』でわかったから」
ナギサはちょっとがっかりしたようすだった。でも、彼女の口から語られる数々に、おれのほうが羞恥の限界を迎えていた。
恋愛モノがこんなにも苦手だとは。体温の上昇ぶりに、自分でも引く。
ナギサはその後も、しばらくは「彼女と彼の」の物語を楽しげに語っていたのだが、高校入学を終えたあたりから、口調が殺伐としてくる。
二人は見事、同じクラスになったのだが、六月の半ば頃、二人の関係に、ひびが入り始めたからだ。
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