26 部屋、魔法少女、見覚えのない本

 あいにく。


 まだ九月だからか、公園の向かいにある唯一の自販機には、ホット表示のドリンクはなかった。


 だから、まあ。

 家に来る? 

 と、誘ったわけで……。


 母さんたちはまだ戻ってなくて、家にはおれとナギサ、二人だった。とりあえずリビングで紅茶を飲みながら、連絡待ちをすることになったのだが。


 待てども二人の返事はなく、電話をかけてみたが、猿川と拓海、どちらも応答しなくて。


 二杯目の紅茶を飲み干すころには、会話もなく、それぞれ携帯をいじって時間を潰すしかなくなった。


「やっぱり、あのサイト閉鎖したみたい」


 ナギサが、かた、とローテーブルに携帯を置く。


「他に鬼影の呪いに関連したサイトがないか調べたけど、見つからないし」


 そう、ため息をつく。パズルゲームで連勝して、ひとり気分が盛り上がっていたおれは、遊んでいたなんて気づかれたくなくて、すぐにアプリを閉じた。


「そっか。ま、祠はあったし、張り付けてた札も見つけたんだから良いんじゃないか。それより、二人ともどうしたんだろうな」


 どっちとも全く連絡がつかないのは不自然な気がしてきた。もしかして何かあったんだろうか。おれたちは祠を見つけ、影の襲撃にあった。影がこっちまで侵攻してきている。


 もう一度、拓海に電話しようと思って画面を開くと、「パソコンある?」とナギサ。


「そっちのほうが二人で画面が見やすいでしょ? わたしの携帯がおかしいのかもしれないし。サイト、探してみようかなって」


「そうだな。わかった。部屋にあるから」


 階段の中ほどまで案内して、はたと気づいた。……べつに二人しておれの部屋に行かなくても。ノートパソコンなんだから、リビングに持って下りてきたらよかったんだ。


 でもすぐ後ろにナギサがいて、今さら、「やっぱり下で待ってて」と言い出すのも、変に勘ぐられそうで。


「どうしたの?」


 急に足を止めたので、ナギサが不思議がる。


「いや。ちょっと部屋散らかってたな、て」

「汚部屋なの?」

「そこまででは……」


 まあ、べつに。いっか。


「狭いけど、どうぞ」

「お邪魔しまーす」


 部屋の窓は、開きっぱなしになっていた。カーテンが風に膨らみ、はためく。


「全然、散らかってないじゃん」

「んー、そうか。なら良かった」


 ナギサはちょっと部屋を見回したあと、折りたたみの安っぽい座卓のそばに、ぺた、と座る。


 元々あまり物は飾らないし、散らかす方じゃないので突然部屋に来ても恥ずかしくはない……と思っていたが。


 自分の部屋にいるナギサを見ていると、バカみたいに緊張してくる。


「パソコン、これ。充電ないかも」


 手早く座卓にノートパソコンを置き、コンセントをつなげる。高校の入学祝いで買ってもらったものだが、普段は携帯で十分だったので、ほとんど触ったことがなかった。


「このシール」


 ナギサが、ふふっと笑う。何だ、と視線をやり、ぎくっ、とした。


 画面を囲むようにハートマークのシールが貼ってあり、キーボード部分にも、クマやネコのシールがべたべたとある。


「妹が勝手に。やめろっていったんだけど」

「モモ、妹いるんだ」

「うん、まだ八歳」

「ふーん、初めて知った」


 ナギサはシールを指で軽くこすったあと、スイッチを押す。起動するのを斜め後ろから見ていたが、嫌な予感は的中してしまった。ホーム画面に、魔法少女アニメのキャラ壁紙が、ばいーんと出現する。


「妹が好きで」

 右端にいる水色の髪のキャラを指さす。

「このキャラが好きなんだよ、確か」


「へえ。髪の短い子が好きなんだね」


「えっ。あ、そうだな。うん。妹が好きなんだ、妹が」


「妹さんがね。わかったよ」


 ひらひら手を振るナギサ。検索を始めた顔は、ちょっと笑っているように見える。


 本当にわかったんだろうか。妹は本当にいるんです、とナギサの後頭部に無言で訴える。


「だめ、出てこない」


 しばらく検索していたナギサが振り向く。


「本当にサイトがあったんだよ。嘘じゃないから」


「疑ってないよ。保存してあるページは見たんだし。猿がいう、こっちの世界もおかしい現象のひとつだと思うな」


「そうか」


 画面に顔を戻したナギサは、華奢な肩が悲しげにがっくり落ちる。


 その動きを見てると、つい触りそうになり、そっと尻で動いて距離をとった。もう画面を見る必要はないわけだから、不用意に近づくのはやめとこう。


「モモ。何か調べる?」

「えっ」

「閉じていいかなって。使う?」

「いや、どうぞ消して」


 また出てきた魔法少女の画面が暗くなると、ほっと息をつく。あとで妹には悪いが、平凡な画像に変更しておこう。動物にしとけば、そう恥ずかしくないだろう。妹も好きだろうし。犬にするか、猫にするか……、妹はたぶん犬派だろう。昨日、犬の絵を描いてたし。


 と、あわあわしていると。


「あ、この本、知ってる!」

「は、え?」


 ナギサはひざ立ちになると、つつつ、と本棚まで移動した。下から二番目の棚に手を伸ばしている。


「やっぱ、そうだ。この表紙、好きなんだよねぇ」


 ナギサはよほどテンションが上がったのか、表情がきらきらしていた。


「去年、図書館で借りたんだよ。夏休みに読んだんだ、読書感想文書こうと思って。でも好きすぎて、感想文は他のにしたんだけどね。ほら、愛が強すぎると、下手な感想なんて書きたくないでしょ。返却延長して何回も読んじゃった。買おうとしたんだけど中古でも高くって」


 手にあるのは、白色の装丁の本だ。タイトルは、『ヘブンリーブルー』。


 ――初めて見る本だ。

 なぜ、本棚にあったのか。

 記憶になく、鼓動が、どく、と跳ねる。


「どんな、話だっけ」


 慎重にたずねる。


「読んでないの?」


 輝いていた表情が、すっ、と険しくなる。


「その、覚えてなくて」


「なぁんだ。モモは愛読者じゃないのか。ま、恋愛モノだもんねえ」


 パラパラページをめくったナギサは、本棚に寄りかかる。わずかに視線をあげ、嬉しそうな表情を浮かべた。


「主人公はね、中学三年生の女の子。夏休み、祖父母の家に滞在中だったんだけど、ある日、素敵な男の子と出会って――」

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