25 襲撃、ハグ、無理無理!

「いるいるいるいるっ」


 騒ぐナギサ。何だろう、と足許を確認しようとしたが、頭突きをくらいそうになり、ナギサはナギサで、逃げたいのにおれが邪魔で動けず、半泣きになっている。


「やーぁ、何かいる。ひやっとしたのが触ってきた。足っ、足にいるって」


「ちょ、いったん落ちつけって」


 見ようと、もう一度下を向いたが、突き飛ばそうとするナギサの動きで頬を強打した。


 痛さでリュックから手を離す。と、ナギサがひとり逃げて……行くと思ったが、くるっと向きを変えて抱きついてきた。


「!」

「モモ、見たっ」

「え」

「影!」


 ガタガタと音が聞こえた。見ると、強風のせいか、祠が震えている。風が強くて目を細める端で、黒い何かが動く。


「周りにいるっ、たくさん」


 ナギサが悲鳴交じりで訴える。胸元で小さくなっている彼女の頭を軽くなでながら、薄目で見回すと、木立の暗がりに、うごめく影の存在があった。


「鬼だ」


 幻想街にいた鬼の影とそっくりだ。ツノがある。吹きつける風と似た動きで、周囲を回るように飛び始めた。

 

 逃げよう。とにかく逃げないと。


 だが影は輪になってぐるぐると回り始めた。かごめかごめの中にいるようで、逃げ場がなくなる。


 風が竜巻のように下から突き上げた。徐々に輪が縮まり、影との距離が近くなる。ひんやりとした風と湿度、まとわりつく恐怖。


 ああ、ダメだ。あと数秒で影に飲み込まれる……。


 猿川は影に捕まると、「強制終了する」と話してはずだ。でも、ここは幻想街じゃない。偽りの世界かもしれないけど現実だ。ここで彼らに捕まったらどうなるんだ。


 まさか消滅するんだろうか。それとも消えた彼女と同じように、幻想街に閉じ込められてしまうのか?


 ぎゅっと目を閉じる。湿気を帯びる灰色の臭いのなか、すぐそばでは甘い香りがしていた。シャンプーかな。周りは冷たくて、吹き付ける風が痛かったが、腕の中にいるナギサだけは暖かかった。

 

 もしも、猿川だったら。


 この影に対しても殴る蹴るで応戦したような気がする。手袋やブーツなんて装備がなくても、ナギサに抱き着いてブルブル震えてるなんてあり得ないだろう。


 そう思ったら情けなくて自分に腹が立ってきた。猿川がいたら、なんて助けを求めている場合じゃない。いでよ猿川っ、であいつが来るんなら呼ぶけどさ。今はナギサと二人なんだ。


 この現実自体が狂っているのなら。強制終了だろうが何だろうが、どうなろうとかまうもんか。


 やってやらぁ、……と。


 祠を蹴り飛ばしてやる勢いで顔をあげ、目を見開く。そして。拍子抜けしすぎて、足から崩れそうになった。


「ナギサ」


「無理無理無理、動けないから。逃げるなら、引っ張ってって」


「いや大丈夫で」


「大丈夫じゃない。あの影、苦手。気持ち悪い。夢でも見たことがある、ひやっとするやつでしょっ、無理!」


「うん、だから」


 ――影は、いなくなっていた。


 風もやみ、薄暗かった木立に、柔らかな陽が差してさえいる。


「ナギサ、見て」

「無理」

「無理じゃないから」


 しがみつく手をつかみ、無理やり引き離すと、肩を持って、くるっと回転させる。


「な。平和な光景でしょ」


 ナギサはぎゅっと閉じていた目を片方だけ開ける。

 

「……いつの間に」

「さあ」

「明るくなってる」

「うん」


 ナギサは髪を手櫛で整える。


「モモ」

「何」

「帰ろう」

「賛成」


 そそくさと木立を抜ける。祠をもう一度見ようなんて気には、二人ともならなかった。


 ベンチがあるところまで戻ると、ナギサが携帯を確認する。猿川と拓海は、まだ反応ナシだった。

 

「どうしよっか。ここでしばらく待つ?」


 ナギサは、へたり、とベンチに座る。


「わたし、寒くなっちゃった。自販機にホットあるかな」

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