24 オカルトサイト、祠の中にあった名前
ナギサは背を向けると、ずんずん木立まで戻っていく。おれは躊躇してから、「待てって」とあとを追う。ナギサはちらとも振り返らなかった。
「ナギサ」
無反応。ナギサは再びあの祠に顔を近づけると、落ちていた小枝を拾い、祠や土台の石についた苔と泥を落とし始める。
「なぁ」
「うるさい」
ぴしゃり。
「ごめん。やる気ないわけじゃないし、邪魔するつもりもなかったんだよ」
無言が続く。ナギサのしゃがんで丸くなった黒ずくめの背は冷たく、ゴリゴリと苔を落とす音だけが響く。
「あのさ、鬼影の呪いってどういう内容だったんだ?」
なるべく気さくに声をかけてみたが、ピシと小枝を折る音がした。ぶんと枝が飛んでくる。わざと狙ったのか、真後ろに飛んできて、危なく顔に当たるところだった。
とっさにかわしたが、ナギサの背は黒く丸まったままだ。当たろうが避けようが、どうでもいいといわんばかりに。
ナギサはじっと祠を見ている。冷え冷えとした空間が痛くなってきた。
彼女がつけているヘアクリックだけが、青くキラキラと輝いている。つまんで外したら怒ってこっち向くだろうか、と誘惑にかられているとナギサが口を開いた。
「携帯、持ってないの?」
「持ってるよ」
元気よく返事する。必要なんだろうか、と渡そうとポケットを探っていたら、「自分で調べたらいいじゃん。検索したら出てくるよ」と冷淡な言葉が続いた。
「あー…うん、そうする」
大人しく検索してみる。
でも、「鬼影の呪い」では何もヒットせず、「鬼呪い」や「鬼の呪い」。「呪い 鬼」「おまじない 鬼」と色々試したが、この公園や祠について書いてあるサイトは見つからなかった。
「ごめん、わかんない。検索下手なんだ、おれ」
「そう。困ったね」
抑揚のない返事だ。ただでさえ薄暗く不気味な祠を前にして緊張するというのに、ナギサまでこの態度を続けるなんて。
「なあ、ごめんって。怒ったりしないでよ。全部おれが悪かったからさ」
「怒ってないよ。うるさいなとは思ってるけど」
ナギサは、黙々とリュックから携帯を取り出すと、祠を撮影し始める。
「心霊写真でも写りそうだな。鬼の影とか」
はは、と冗談のつもりで口にしたが、うんともすんとも反応がなかった。撮影し終わると、何か検索したのか、画面をつついている。
「あれ、おかしいな」
「どうした」
ナギサは画面に目を向けたまま、「ない」といって、やっとおれのほうを見た。
「検索しても出てこない。どうしてだろう? さっきまでページ見てたのに」
「見せて」
近づき、隣から画面を見る。
「このページは存在していません、か」
なぎさは更新ボタンを押したり、サイトを閉じたり開いたりする。他のサイトに跳んだが、通信状況に問題があるわけではないようで普通につながった。
「閉鎖したのかな」
「このタイミングで?」
視線を交わす。それから、二人で祠を見る。
ナギサも警戒し始めたのか、わずかに下がる。
「でも、ページ保存してたから、そっちは残ってるよ」
ほら、とナギサは画面を見せる。黒の背景に、白い文字で長々と説明文が書いてあった。ナギサが読み上げる。
「このおまじないは――鬼影の呪いのことね――願い事を書いた札を祠に貼って、呪文をいう。すると、どんな願い事でも鬼が叶えてくれる」
「札を貼るのか」
祠には扉がついている。札を貼るとしたら、その中か。
「見てみようか」
ナギサが「へ」と間抜けな声をあげる。
「見るって札を? 罰当たらない、そんなことして」
罰も何も。もう呪われているわけだし。だからこの世界は狂ってるんだろ?
願い事=この呪いの内容なら、早く確認したくなった。誰が何のためにまじないをして、それがどんな内容なのか。
……おれの彼女を消したのは誰なのか、何が目的なのか、ってことだ。
「ナギサはちょっと向こう行ってて。やばそうだったら、猿川に連絡してもらいたいから」
「やばそうだったら、って」
くい、と裾を引いてくる。
「モモ、急にやる気になってどうしたの。無茶しちゃだめだよ」
「やる気になったんだから、邪魔しないでよ」
軽く追い払う真似をすると、ナギサは、「かっこつけちゃって」とすねた顔をする。
「良いところどりするんだ」
「ナギサ、離れて」
「はいはい、わかりましたよ」
ナギサが木立の端まで下がったのを確認してから、祠の小さな扉に手を伸ばす。手前に引くと扉はあっけなく開く。カビと墨のような臭いがする。ゆっくりと顔を近づけた。
「モモ、何かあった?」
「あった」
祠の奥の木板に、細長い半紙の札が貼ってある。赤い文字で何か書いてあった。
「『犬飼結衣を消してください』?」
と、肩に何か当たり、びっくりして払いのける。
「ご、ごめん。驚かせるつもりなくて」
ナギサだった。払いのけたのは、彼女の手だったようだ。
「いや、こっちこそごめん、痛かった?」
「大丈夫」
ナギサも札を見ようとしたので、脇に移動する。ナギサは目をすがめ、それから、「イヌカイ、ユイ、だよね?」と文字を読む。
「知ってる子?」
「ううん、そう読むのかなって思っただけ」
ナギサは、「どうしようかな」と多少迷いを見せたが、「証拠だよね。修二くんたちにも送ろう」と、札を携帯でパシャと撮影する。
扉を開けるだけでも、罰当たらない、と不安がっていたわりに、ナギサは動画まで撮り始める。
「赤い文字って不気味だね。消して、ってことは、この
「そうだと思うけど」
ナギサは満足したのか撮影を済ませると、祠に背を向け、ちょっと微笑する。
「やったね。成果あった」
「何も危険はなかったな」
ナギサは何もいわなかったが、表情は「でしょ」と得意げだ。おれのびびりすぎだと思っているのだろう。
「このあと、四人で集まる? 二人と連絡がついたらだけど」
「拓海は比較的近所だけど。猿川は来るかな」
と、突然、強い風が吹きつけた。
ぶわ、と風圧によろめく。
「うわ、何?」
ナギサが二、三歩転がるように進むので、リュックをつかんで支える。風はさらに強く吹き荒れる。どっちが支えているんだかわからないありさまで、彼女のリュックにしがみつく。
ゴゴゴ、と音がした。根こそぎなぎ倒すような風にミシミシと鳴る木々。厚ぼったい葉が散り、顔や肩を打ってきた。
始めから薄暗かった場所が、さらに陽が落ちて暗くなったようだ。風と闇のせいか、祠に引き込まれそうな感覚に、恐怖心が増していく。
「ナギサ」
「何ぃ、痛っ。石が降ってる」
「どんぐりだと」
頭に手をかざして一応ガードを試みるが、ナギサは、「痛いぃ」と耳を手で押さえ、首をすくめている。
よろめきながらでも木立から抜けようと、リュックごと後ろから腕を回して移動を試みる。ナギサが、「うわっ、何、誰っ」と悲鳴をあげた。
「おれだって」
「ちがうっ、何か足に触った!」
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