23 桃田くんは優しくない!
公園のすみ、白のネットフェンスのそばに祠はあった。厚ぼったい葉を茂らせる幹の間に潰れるようにして存在している、小さな祠だ。
木立の中は薄暗くて、湿った臭いが鼻を刺激する。特に祠の周囲がその濃度が増していくようで不気味だ。
「どんぐりの木だね」
ナギアが木を見上げ指さす。血管のように走る枝には緑色のどんぐりの実がなっていた。地面にも去年のだろう、乾燥してツヤのないドングリがたくさん落ちている。
「ここに祠があるって、モモは知ってた?」
「知らない。どんぐり拾って遊んだ記憶はあるけど」
「そっか」
ナギサは腰を曲げ、じっと祠を観察する。
「文字らしいものは何も書いてないね。たぶんサイトにあったのはコレだと思うんだけどな」
「そのサイトには何て書いてあったんだ?」
小さい頃から遊びに来ている公園なのに、初めて見る祠。鬼影の呪いなんてものも、今まで聞いたことがなかった。
オカルトサイトにその名が載っていたナギサはいうが、近所の公園にその呪いに関わる祠があるなんて。現実が出来すぎている。
猿川の言葉が脳裏に響く。この世界も狂っている。だったら、この瞬間も何かが間違っていて、何かがおかしいはずだ。
ナギサが見つけたサイト、公園に存在する不気味な祠。二人でそいつの前にいる、この現実は何を示すのか。
「ナギサ」
彼女の肩に手をやる。鼻先がつくほど祠を観察していたナギサが顔をあげる。
「何?」
祠から離れたくて、無言で手を招いて合図した。ナギサはちょっと不満げにしたが、おれのあとをついて木立を出た。
灰色の空だが、それでも祠の近くよりは清々しく、圧迫感が減った気がした。
「どうしたの」
ナギサは、リュックの肩ベルトを強くつかんでいる。
数メートル奥の暗がりにある祠に警戒の目を向けながら、おれはたずねた。
「猿川は、ナギサにもこの現実はおかしいって話、した?」
「わたしの髪が変だって話でしょう?」
「え、と」
「本当は猿みたいだったって。だから自分のほうが猿じゃんって。でもモモも、わたしの髪が変だっていってるって。そうなの?」
ナギサはすっ、と目を細めた。
「いいんだよ、べつに。自分ではいまの髪型気に入ってるし、切って後悔してないからね。でもさ、人の髪見て、へんへん繰り返すなんて、すごく失礼だと思うよ」
「髪が変だなんて思ってないよ」
「ふーん」
機嫌を損ねたようだ。ナギサは口を突き出してにらんでくる。
「ほんと、髪型は似合うよ。変っていうのは見た目じゃなく記憶のことなんだ」
どう説明しようか。猿川はどこまで話して、ナギサはどこまで理解してるんだ。
「ナギサは猿川から呪いの話を聞いたんだろ? それでこの現実も呪いの影響でおかしいんだって。あいつ、そう話してなかった?」
「どうかな」ナギサはむっとしている。
「修二くん、説明下手なんだもん。みんなで同じ夢を見てるのは、鬼影の呪いの影響だって教えてもらっただけ。モモが夢でそう聞いたんでしょう? 知らない女の子が出てきて、『助けて』って頼んだって。わたしたち、その子を見つけてないといけないんだよね」
知らない女の子、か。
「だから、わたしダメ元で調べたら、オカルトサイトに、この公園にまつわるおまじないがあるのを見つけた。おまじないの名前が鬼影の呪いなんだよ。その子がいっていたのが、この呪いのことかどうかわからないけど。近場だったから、今日学校休みだし、来てみたんだ。それがあの祠なんだよ」
ナギサはまた木立に入ろうとするので、慌てて話しかける。
「おれんちの近所だとは知らなかった?」
ナギサはぱちくりと目を瞬く。
「知らないよ。だってどこに住んでるかなんて聞いてないし。だから、さっきはびっくりしたんだから。いきなり目の間にいるから」
「ずっとベンチにいたんだけど」
「何してたの、ひとりで?」
「べつに、座ってただけ」
ナギサは、目をさらに細くして、とげある視線を向けてくる。
「わたし、消えた彼女がかわいそうで、何かしなくちゃって行動してるんだよ。モモは何かした?」
「してるよ……夢の中で」
「夢の中で?」
尖った声。視線が痛くて肩をすくめる。
「幻想街にいるって、あの子話してたから。あそこに閉じ込められてるって。だから、次に向こうに行ったら何かしようと」
「何かって、何?」
「何かは何かだよ。探したらいいんだと思うけど。どこを探そうかはまだ考えてなくて」
言いよどむと、ナギサはため息をつく。
「モモ、しっかりしてよ。修二くんはモモが桃太郎だって。だから、リーダーでしょ。ちがうの?」
「ち、ちがうんじゃないかな」
桃田だから桃太郎役だなんて、学芸会じゃないんだから。でも消えたのが自分の彼女なら、リーダーシップをとるのは当たり前か。だけど記憶にない相手なわけで。
逡巡していると、ナギサが「あーあ」と声を伸ばした。
「わたしなんて鬼なのに、がんばってんだよ。鬼だよ、鬼。桃太郎がそれでいいの」
「鬼って。ただ苗字がそうなってるだけで」
「でも、鬼だもん」
目をすがめて頬を膨らませる。
「
「ああ。名字はね」
「わかってるよ」
ばかにしてんのか、という鋭い視線を浴びる。ナギサはじゃりっと地面を踏み鳴らした。
「ねぇ、なんでそうなの? 桃田くん、いわれたんでしょう、『助けて』って。女の子が夢の中に閉じ込められてるんだよ。かわいそうだって、どうして思わないの」
「思ってるよ。かわいそうだし、助けたいって。でも」
「でも公園で、ぼけっとしてたんでしょ。桃田くんっていつもそうだよね。夢で集合しようって約束したのに来ないし、昨日だって集まるっていうから拓海くんと教室で待ってたのに、ひとりで勝手に帰っちゃうし」
「昨日は猿川だって帰ったじゃんか」
声が大きくなってしまう。
「それに夢で集合できなかったのは、おれのせいじゃない。目が覚めたんだから仕方ないだろ」
「でも今だって邪魔した。祠調べようとしてるのに」
「それは」
「夏祭りのとき助けてくれたから、優しい人だと思ってたよ。でもぜんぜん優しくないよね。女の子が助けてっていってきても、桃田くん、何とも思わないんだから」
「思ってるっていってるだろ。おれだっていろいろ考えてるんだ」
「へぇ、人の邪魔ばっかしてるんだと思ってた」
「邪魔してないって。祠がここにあるのがどう考えも怪しいから――」
「何が怪しいの」
「おれんちの近所に突然現れたんだ。前は絶対に祠なんてなかった。ナギサが見つけたっていうオカルトサイトだって変だろ、何かあるんだって。もっと慎重になったほうがいい」
「わたしがバカだっていいたいわけ?」
「バカなんて一言もいってないだろ。偶然すぎて怪しいから注意しよう、ってそういってるだけじゃん。何怒ってんだよ」
ナギサの視線がずっと好戦的なのでこっちも熱くなってしまった。ナギサは、「怒ってんのはそっちじゃん」と低くつぶやく。
「じゃあ、どうすんの。祠あるけど無視するわけね。わたし、せっかく調べたんだけど、全部、無意味ってことか」
「調べたナギサはすごいよ。おれ、何もしてなかったし。でもあの祠には近づかないほうが良いって、そういいたくて」
「あっそう」
ナギサはそっぽを向く。
「じゃあ、モモは来なくていいよ。ひとりで調べてみるから帰ったらいいじゃん。すぐ近くなんでしょ。バイバイ」
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