22 公園、祠、面影

 午後になると、おれは近所の公園に行き、ベンチに腰掛けていた。数年前まで毎日のように遊びに来ていた公園だが、来るのは久しぶりだ。


 おれの他に誰もいなくて、田んぼを挟んで向こう側にある車道にたまに通りかかる自動車の走行音だけがする。あとは鳥も鳴かず静かだ。


 以前は、思いっきり飛び上がって届かなかった鉄棒が低く感じ、夢中で漕いでいたブランコは古ぼけてペンキが剥げかかっている。


 なんだか急に老けちまった気分になり、ぼけぇ、と空を見上げてしまう。


 朝はよかった。妹とテレビゲームして、手加減しつつ、いい勝負に持ち込み、きゃあきゃあと騒ぐ。それが午後になると、妹は母さんたちと買い物に出てしまい、急にこの現実がひどく虚しく思えてきた。


 昨夜はあの夢を見なかった。他のみんなもそうだったんだろうか。


 拓海に聞いてみようかと考えた。でも昨日は四人集まって教室で話し合うつもりが、自分だけ――猿川もだけど――先に帰ってしまったから、ちょっと連絡しにくかった。


 もしも、夢で重要な展開があったなら、誰かが何かいってくるだろう、そう思っても、モヤモヤして、ため息が出る。


 猿川が明かした彼女の存在。助けを求めてきた、おれの彼女。


 あの子のために、何かしないとは思うけど。どうやって助け出したらいいんだ。


 猿川は幻想街にいる彼女を見つけたら、今ある現実も戻るといった。つまり、呪いが解けたら、あの子とおれが付き合っている世界が戻ってくる、ってわけだ。


 ……それって。

 最低だな、とは思うけど、脳裏に浮かぶ彼女の印象は、血を噴き出す拓海だ。


 自分が付き合っていた相手だと信じて、あの光景を思い返しても、窓際まで迫ってきた行動とキスには悪寒がする。


 向こうはこのチャンスを逃すまいと、必死に助けを求めてきたんだろうけど。頭ではわかっても、気味悪いと思ってしまう。


「記憶が戻れば感動の再会になるのかな」


 わざと声に出して空に投げてみる。天気はくもり、灰色の空。もやもやが募る。


 付き合ってた、ってことはあの子が好きだったんだ。じゃないと自分の性格からして、付き合うとか、そんなのないだろうし。


 好きな気持ちが全くわいてこないけど、それは呪いで記憶がないから。

 

 としても。彼女を助け出したいって気持ちが、もっと芽生えないものだろうか。解決する気満々の猿川に比べたら、どう考えても負けてしまう。


「このままでも、って思うからな」


 正した現実が嫌だと感じるなんて。どこまで性格がねじれているんだ。


 沈んでいく気持ちを上げたくて、思いっきりブランコを漕いでみるか、とベンチから腰を上げる。と砂を踏む音がして振り向く。


 すぐ近くまで見知った相手が近づいてきていた。ただ向こうは手元の携帯に集中していて、おれに気づいていないようだ。


「ナギサ」

「あ、え、うわっ」


 驚きすぎて携帯を落としそうになっている。


「う、うわー、びっくりした。歩きながら見てちゃだめだね」


「何を熱心に見てたんだ?」


 私服のナギサは全身黒ずくめだった。五分袖のワンピースに黒のレギンス、ローカットのスニーカーも黒。


 背負っているリュックまで真っ黒で、ぶらさげているキーホルダーだって黒い毛もじゃ。携帯だけピンクなのが妙に浮いている。


「モモって、この辺に住んでるんだっけ?」


 ナギサは周囲を見回す。


「うん。この近く、十分もないくらい。ナギサはなんで公園に?」


 おれに会いに来たんじゃ、なんて夢想がよぎったが、すぐに打ち消す。脳内お花畑は拓海ひとりで十分だ。


 それに、彼女いるって聞いたし、おれ。自分に念押しする。彼女いる彼女いる彼女いる……覚えてないけど。


 ナギサは携帯をリュックにしまうと、「呪いについて調べてて」とまた辺りに視線を投げた。


「修二くんから聞いたよ。あの夢、呪いが関係してるんだって。誰かが幻想街に閉じ込められてて、助けてあげなくちゃいけないんだよね」


「ああ。そう、だけど」


 猿川はその誰かが、桃田の――おれの彼女だって話はしたのかな。


 無性に気になったが、ナギサはそのことには触れず、リュックを背負うと軽くゆすり、まっすぐな目で見てくるだけだった。


「呪いの名前は、鬼影の呪いっていうんでしょ。ネットで調べてみたんだよ、何かわかるかもって。それで」


 軽く背伸びすると首を伸ばした。


「この公園にある祠が、鬼影の呪いに関係してるみたいなの。モモ、知ってる?」


「祠?」


 そんなものあったかな。遊具が数基あって、砂場とベンチ、あとは周囲をフェンスと植木で囲ってあるだけ。昔から知っている、ごく普通の公園だ。いきなり、呪いと関係ある祠があるといわれても、訝しんでしまう。


「ネットで調べたって、『鬼影の呪い』で検索したのか?」


「そうだよ。一件だけヒットした。オカルトサイトのページだけど」


「オカルトね」

 怪しいなぁ。

「で、祠がどうこの呪いと関係が」


 と、ナギサが「あっ」と声をあげる。


「あの木立、気になる。何かありそう。行ってみよう」


 ナギサはリュックを跳ねさせながら、ぱたぱたと駆けていく。


 遠ざかると、なおさら黒ずくめが際立つが、髪をハープアップにしていて、青の花型をしたヘアクリップで留めているのがわかる。


 ずいぶん髪が伸びたな、と思い、すぐに、いや切ったんだっけ、と目を閉じて否定する。


 猿川も、伸びた説を支持してたけど、本人が「切った」と主張しているんだ。


 ナギサのほうの記憶が、すり替わっていると猿川は思っているようだけど、なぜ短くてはいけないのか。事実が改変する理由が思いつかない。


 だからナギサのずっと髪は長くて、ショートのイメージは間違っている、そう納得したほうが良いと思う。じゃないと髪型が気になってそのことばかり考えてしまうから。


 目を閉じたまま感情を否定しようと頑張っていると、ぱりん、とガラスを突破するように、ある考えが浮かんで腑に落ちた。


 ショートカットの女子は、ナギサじゃなく、消えた彼女だったんだ。


 気づくとそんな気がしてならなくなる。彼女とナギサの記憶が混雑している、きっとそうだ。猿川も同じように勘違いしてるんだ。


 猿川にこのことを話してみよう。そうすれば、記憶にない彼女がどんな子だったのか、自分でも思い出せる気がする。


「モモ」


 ナギサが大声で呼んでいる。大きく手を振っていた。


「こっち、あった。きっと、この祠だよ」

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