20 夏の記憶、商店、出会い
――からん。
誰かが入店してきた。おれはスナック菓子の棚に伸ばしかけていた手を止め、そちらを見る。同い年くらいの女の子だ。白のノースリーブにデニムの短パン。
地元の子だろうか、駆け足で店内の奥まで移動する。どこに何があるか知り尽くしているようだ。サンダルの足音が店内に響き、棚の裏にその華奢な姿が消えていく。
夏だった。
父さんの知り合いが休暇を海外で過ごすらしく、おれたち家族は、留守を預かる代わりに自由に使っていいという約束で、夏休みをとある田舎街で過ごしていた。
この計画が立ったばかりの頃は、「田舎の、しかも他人の家に住むなんて」と、あまり乗り気ではなかった。
でも到着したのは超豪邸。夏の花が咲き乱れる白亜の洋館を目にして、すっかり気分は盛り上がり、今では金持ち息子気分を楽しんでいる。
元々田舎暮らしだから、自然は珍しくないと思っていたが、この街の自然のありようには目を見張った。
過疎化して、ただ自然が多くなっただけの場所とはちがう。避暑地として有名な場所だけあって、木々はすらりと伸び、優雅に広がる木陰は涼しく、近場にある川の透明度は抜群だ。
夜も澄み切った空には星がこれでもかと輝いている。見かける野生動物も、どこか品よく見えるから景観というのは重要だ。
でも店は徒歩で行ける距離にひとつ、小さな家族経営の商店があるだけだった。散歩がてらその店まで歩き、ジュースやアイス、スナック菓子を買って帰るのが、この休暇の日課になる。
この日もスナック菓子を一袋、炭酸飲料のペットボトルを一本手に持つと、小柄なおばあさんが店番をしているレジへと向かった。
すると、さっき店内に飛び込んできた女の子とぶつかりそうになり、のけぞって足を止める。
缶がガラガラと散らばる音。いくつもの猫缶があちこち床を転がる。
「あっ」
女の子はしゃがみこむと、「ご、ごめんなさい」と落ちた缶詰を拾いながら詫びる。コロコロと転がる缶を数個拾うと、おれは彼女に渡した。
「ありがとうございます」
ぺこぺこと頭を下げ、レジに向かっているが、両手に抱えた猫缶の量は多く、また落としそうになっている。中腰で慎重に移動していたが、案の定、猫缶がひとつ、それからおやつの鰹節のパックが落ちる。
「持とうか」
おれは落ちたものを拾うと、スナック菓子とドリンクと一緒に持つ。女の子は「すみません、ありがとうございます」と何度もいいながら、後ろをついてくる。油断するとまた缶が落下するからだが、前屈姿勢は腹でも痛い人みたいだ。
レジでは、おばあさんが笑いながらおれたちを待っていた。
「ほらほら、あとちょっと」
どっさ、と猫缶とおやつ類をカウンターに置くと、女の子は顔を赤くして「ど、どうも失礼しました」と深々と腰を折る。
「あの、そちらのお菓子も買うので」
そう、おれがまだ持っていた菓子を見る。
「え、いいよ」
「そうはいきません」
奪うようにして、菓子とドリンクをカウンターに置く彼女。チンと古風なレジの音を立て、おばあさんは、おれにウインクした。
「家まで持っておやり」
分厚い老眼鏡をずらすと、女の子を見やる。
「あんた、上の地区に遊びに来てる孫さんだろ?」
「そ、そうですけど」
彼女は赤面している。おばあさんはまたおれにウインクする。やけにウインクが上手いばあさんだ。
「まあ、手伝うよ。重そうだし」
「え」
「上の地区までって結構歩く?」
「それなりには……助かります」
この会話中、おばあさんはワイドショーでも見るような目でこっちを観察していた。だが熟練の技なのか、視線はこっちでも袋詰めの手は早い。
「ほい、三つに分けといたよ。あんたはこっちね」
渡された二袋には猫缶がぎっしりと入っていた。彼女に渡したほうに、おれの菓子類がある。策士だと思った。
「ありがとねぇ」
からんと音がなる。店を出ると、むわっとした熱気に目が痛くなる。
「あそこ。見えるかな、あの家なんだけど」
彼女は東側を指さした。木々が茂る小高い場所に、黒色の屋根瓦が陽を反射している。ざっと見積もっても、徒歩で数十分は軽くかかりそうだ。
「途中まででいいから。その、坂までお願いできれば」
「いいよ。上まで行くよ」
ずしりと重い袋を軽く上げる。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ、ジュースをありがとうございます」
視線を感じて横目で見やると、ガラス越しの店内で、おばあさんが親指をぐっと上げていた。それからパチンとウインクだ。
「早く行こう」
移動を始めると、彼女が「やっぱりもう一つ持ちます」と手を伸ばしてくる。断固とした主張って感じで。ちょっと怒っているようにも見える。
「じゃあ反対持って」
持ち手の片方を離すと、ずさっと音がして袋が傾く。彼女は飛びつくように反対側を持つ。
「あ、意外と軽い」
「二人で持てばねー」
「そ、そうですね」
隣を見やると彼女はうつむき、スタスタと歩く。なんか恥ずかしそうだ。シャイな子だな、と思ったが、ふとその理由に気づく。
単純に半分ずつ持ったら楽だろうって考えしかなかったが、こうしてると、袋を通して手をつないでいるみたいだ。
気づくとこっちも照れてくる。そいつを紛らわすように、軽く袋をぶらぶらさせながら歩を進めた。
空は青く、白い雲がもこもこと膨らんでいる。強い日差しの中、熱気を帯びる風すら、なぜか心地よかった。
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