14 襲い掛かる影、桃太郎、鬼
ナギサから連絡が来たのは、風呂から上がった直後だった。
『修二くんも同じ夢を見ていたようです。あの本屋に行って、わたしとモモのメッセージを見つけたんだって』
『修二くん、わたしたちの計画、聞いてたみたい。盗み聞きしたの、って怒っといたけど。でも次は四人で合流してみない? 今夜、いいかな』
おれは、『いいよ』と送って、画面を閉じた。
◇◇◇
――夢。走っている。
いつもの場所と違う。古いアパート並ぶ路地裏にいる。薄暗い。でも上を見ると昼間だとわかった。建物のあいだから、青い空が細長く見えている。
路地は狭かった。ゴミも散乱している。公園に行くんだと強く意識して、やっと路地裏を抜け出た。ひしめく狭い空間から一気に視界が広がる。
日差しの明るさが目にしみる。薄眼で見たのは見慣れない光景だった。高台にいる。眼下には中世を思わせる街がある。大小の石で造られた家と入り組んだ石畳の路。駅前や商店街がある現代とは時代そのものが違う。
ここからどうやって公園に向かえばいいんだ。以前拓海は、夢の話をしたとき、「丘の向こうが商店街」といっていたはずだ。でも丘なんてないけどな……。
悩んだが、薄暗い路地裏に戻るより、眼下に下りようと通路がないか探した。でも階段のようなものもなく、崖上にいる感じだ。
「いつもの夢だよな。今日だけ普通の夢を見てんじゃないよな?」
仕方なく路地裏に戻る。さっきよりさらに薄暗く感じる。しばらく直線に歩き、緩い登り坂になったところで右に曲がった。じゃりじゃりとガラスの破片を踏んで歩く。靴は革製のブーツを履いていた。気づけば服装も見慣れないものを着ている。
ひざ丈のトップスに、細身のパンツだが、どちらも黄土色で薄汚れている。生地はごわついてきて着心地は良くない。
最初からこの格好だったかな。よく思い出せなくなっている。
しばらく歩き続けたが、路地裏をぐるぐるしているだけで、駅前や商店街に出そうになく、かといって眼下にあった街に下りられそうにない。
うんざり。目が覚めたらいいのに。
体力は大丈夫だったが、気持ちがくじけてきて、歩くのをやめた。頬をつねったら目が覚めるかな、と試しかけた、その時。
頭上で窓が割れる音がした。と、破片と一緒に、布の塊が落ちてくる。
びっくりして動けずにいると、布の塊は地面で一回転して、素早く立ち上がった。茶色のマントを着た男だった。背が高い。黒いブーツで地面に散らばるガラスを蹴散らしている。
「くそっ」
唾を吐き、悪態をついている。
コイツ……。
「
服を払っていた彼が、こっちを見る。
「……お前」目を細め、「桃田か?」
「あ、ああ。そうだけど」
近づこうとすると、猿川は制止の手をあげ、建物を見上げる。
「消えたな」
何かを確認している。視線の先にあるのは割れた窓だ。位置からして、猿川はあの窓を破って落下してきたのか。
高さが三メートルはありそうだが、猿川はどこも体を痛めていないようだった。黒の皮手袋をした手で口元をぬぐうと、悔しそうに歯ぎしりして上をにらみつけている。
「あのぅ、猿川」
メガネしてないんだな、とつい間の抜けた感想が漏れそうになるが、そんな声をかけられる雰囲気じゃなかった。
普段の猿川は銀縁メガネに無表情、無口、不愛想の秀才くんなのだが、今はイラついた表情をしていて不良みたいだ。
「逃げたのか」と猿川は独り言をつぶやくと、「桃田、お前さすがだな」とあごをしゃくる。
「さすが?」
「桃太郎だからな。あいつらも苦手なんだろう」
「桃太郎?」
何言ってるんだ、と思った瞬間、両側にある建物の窓が激しい音を立てて割れた。降る破片に混ざり、黒い物体が、ドサドサ、と何体も落ちてくる。
地面の上で、その黒の物体は、一度たいらになるまで沈み込み、弾みをつけて伸びあがる。影だ。人影のようなものが、揺れながら、おれたちを取り囲む。
「前言撤回。桃太郎でもだめか」
猿川はハッと笑う。
「桃田。お前、武器あるか?」
「はい?」
「ないな、その格好じゃ。つうかよ」
猿川は苦笑する。
「桃太郎にしちゃ、地味だな。奴隷みてぇだ」
「……奴隷」
思わず自分の恰好を見下ろしたが、視界の端で影が動くので身をすくめる。と、影が吹っ飛んでいく。猿川が蹴飛ばしたのだ。
「ぼさっとすんな。逃げるぞ、桃太郎」
影が襲ってくる中、猿川は殴る蹴るで応戦した。おれは、「うわ」「おい」「ちょっと」とあたふた声を上げるだけで精一杯だった。
影は、猿川が攻撃すると雲散するように消えたが、すぐに復活して数に限りがなかった。次々と行先をふさごうと邪魔してくる。
猿川にガードされる格好で、路地裏を突っ走った。影は前後だけじゃなく上からも襲ってきたが、捕まりそうになる瞬間、猿川が飛び出て対処してくれる。
影は壁もすり抜け、地面からもわく。伸びたり縮んだりを繰り返しながら、こちらをめがけて飛んでくる。
「どうして襲ってくるんだ」
「騒ぐな、黙って守られてろ」
前方の影を蹴り上げた猿川は、振り向き、首根っこをつかんでくると壁に向けておれを放り投げた。顔から落ちそうになり、急いで体を丸めて転がる。
「危ねっ」
文句をいおうと顔を上げ、びくりとする。さっきまでいた場所に、五つの影が突進してぶつかりあっている。
影は大きな一つの塊になった。火柱のように伸びあがる。そこを猿川が蹴りで吹き飛ばす。影は石壁にぶつかると弾け散った。
「おい、すぐ立て。お前はここを抜けて、商店街まで行くんだ」
猿川が怒鳴る。もたもたしていると、腰を蹴ってきた。
「立て。影に飲み込まれると強制終了するぞ」
「強制終了?」
「目が覚めるんだ」
だったらそのほうが……と思ったのだが、「走れって」と、どやしてくるので、わけもわからず駆け出した。
影の攻撃は続いたが、猿川が指示する方向に進んでいくつか角を曲がると、長い階段が下に伸びている場所についた。
ずっと先まで落ちるように伸びている。どこまで続いているのか、先は暗く霞んでいてわからない。
「行け」
あまりの急こう配に立ち止まっていると、猿川が背中を押してくる。
「いや、ちょっと」
転げ落ちそうになり、ぐっと踏みとどまる。猿川はうざそうに顔をしかめた。
「お前、ここ初めてか?」
「こういう階段は初めて見た。ここって、あの夢と同じ世界だよな? 駅と商店街がある」
「ああ。商店街がこの先にあるんだ。だから、行けって」
それでも躊躇していると「クズが」と罵声を浴びる。
猿川はマントを脱ぎ捨てると、背後に迫ってきていた影に向かって投げる。影がシュウウと音をたて地面に溶けた。ツンと硫黄に似た臭いがして鼻と口を手で押さえる。
「なぁ、こいつら何者?」
「鬼」と猿川。
「鬼の影だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます