13 怖い夢、修二くん、連絡先

 アラームの音で目が覚めた。


 だるい。体が重く、体を起こすのも億劫だ。半分寝ぼけていてぼうっとしていたが、習慣で携帯を確認しようとベッドサイド手を伸ばして、はっとする。あった。あの紙だ。


 飛び起き、あの文字を読む。猿川。ぞくっとして、にやけてしまう。恐怖と好奇心が交互に渦巻く。


「にいに」

「うわっ、いたのかよ」


 妹がドアの隙間からこっちを見ている。とっさに紙を握りつぶして後ろに放る。


「起きた? ママ、怒ってるよ」

「もう起きるよ」


 Tシャツを脱いでいると、ぱたんと音がした。ドアを閉じて妹が下に行ったのだと思ったら、ぺちと小さい手が腹に抱きつく。


「にいに、あのねぇ。きょう、とっても、こわいゆめ、みたんだよ」

「夢?」


 ぽんと妹の頭に手をやる。


 妹はスウェットのウエストゴムをつかんできた。そのままおろしてきたら困るが、ぴよーんと伸ばしてパチンと放して遊んでいる。でも、その顔は楽しげではなく、不服そうに唇が尖っている。


「あのねぇ、ゆめに、オニがいたの」

「鬼?」


 こく、とうなずく妹。もっと話を聞いてやろうとしたのだが、母さんの声が上まで響いてきた。


勇樹ゆうきィ、まだ寝てるのー!」

「起きたーっ」

 叫び返して、妹を引き離す。

「悪い、急がねーと。夢の話はまた帰ってな。まあ、怖がらなくても大丈夫だって。ただの夢なんだから」


 笑いかけたが、妹は再び抱きつくと腕を強めただけで、にこりともしない。


 それでも、頭をなで回したり、頬を軽くつまんでからかっていると満足したのか、「はやく、かえってねー」とスキップしながら部屋を出ていく。


「怖い夢、か」


 とっさ隠した例の紙は、タオルケットの下で丸まっていた。ぐしゃぐしゃだ。あーあ、貴重な夢証拠が。丁寧に伸ばして広げたが、やっぱりぐしゃぐしゃ。でも文字は読める。


「なんでこいつの名前が」


 猿川。あいつも同じ夢を見る仲間ってことか? 今日会ったら声をかけてみるべきかな。まあ、まずは拓海とナギサに見せてからだ。


 早めに出てきたのだが、駐輪場に着くと、拓海とナギサはもう来ていた。頭をくっつけるようにして何か話し込んでいる。


 わざとギーッと自転車のブレーキ音を鳴らして到着を知らせる。


「お、来たな。夢はドタキャンしたくせに」

「ごめん。でも収穫あり」


 あの紙をポケットから出して見せる。


「新展開。まさかの人物が参戦」

「なんだよ」


 拓海が手を伸ばしたが、ひょいと上げてかわす。


「まあ待てって。それより二人は合流できたのか?」


「うん。一瞬だったけどね」


 むくれている拓海じゃなく、ナギサが答える。

「拓海くんが先に来てて。わたしが手を振ったら」

「ぱんっと場面が切りかわって、そこまで」

 と拓海が続ける。


「どういうこと?」

「それより、その紙は何だよ」


 奪おうとするので、また上にやってかわす。


「二人は会えたんだろ? 場面が切りかわるって何?」


「わたしは、駅前に戻ってたの」とナギサ。

「もう一度、公園に行こうと思ったところで、目が覚めてそのまま朝」


「おれはアーケード」

 拓海はこっちをにらみながらも答える。

「でも一瞬だけだったな。すぐに目が覚めた。もう一回寝ようとしたけど、夢も見ずに爆睡」


 互いに姿を見つけた瞬間、ちがう場所に飛ばされた、ということか。


「でも、二人は同じ街にいた、ってことだよな?」


 確認すると、二人は同時にうなずく。


「それは間違いないと思う。わたしと拓海くん、ばっちり目が合ったし。さっきも話してたんだけど、二人とも同じ場所にいたとしか思えないよねって」


「そうそう」と、拓海は意地の悪い笑みを浮かべる。

「お前は違う夢かもしれないけどな。おれとナギサちゃんは一緒」


 肩を組みそうな勢いだったが、ナギサが、すっと脇にどけたので未遂に終わる。


「三人とも同じだと思うけどね。あと、こいつも」


 紙を広げ、二人に見せる。しわくちゃの紙に怪訝な顔をしたが、文字を見て二人の表情が変わる。


「猿川? なんでこいつが」

「わ、びっくりだね」

「だろ?」


「モモ、この紙、あの本屋のか?」

「ああ。驚くだろ」


「どうしてここにあるんだ。夢のやつなのに。おれは持ってくるなんて無理だったぞ。あ、まさかお前」


 拓海は目をすがめる。


「偽装しただろ。おれとナギサちゃんの真剣な実験をおちょくろうって魂胆だな。許せねぇよ」


「まさか。起きたらあったんだ」


「おれのときはなくなってた」


「らしいな。でも嘘なんかじゃなく、本当にあの本屋から持ってきたんだよ」


「へーへー、そうですか」


「本物だっつの。公園に集合する前に、あの紙がどうなったか気になって見に行ったんだ。そうしたらこれが」


「へー、そうかー、面白いねー」


 信じていない拓海。腹立つ顔してこっちを見ている。だが、ナギサは本物だと信じてくれたらしく、


「ほんと、面白いね」と笑顔満開。

 それから、

「修二くんも同じ夢を見てたんだ!」


 え?


「修二くん?」


 拓海と同時に聞き返す。


「うん、修二くん。家が近所なんだよ。あと塾がいっしょ、コースは別だけど」


 拓海とつい顔を見合わせる。


「え、ナギサちゃん、猿川と幼なじみ?」

「まあね」

「そうなんだ。……ってことは、つながりがあるのか」


「つながり?」拓海が聞く。


「同じ夢を見ている者同士の共通点」


 おれは説明する。


「なんであの猿川が、って不思議だったけど、ナギサと仲が良いなら」


「仲が良いってほどじゃないよ」

 ナギサが被せてくる。

「最近は全然話してないし。小学生のころはよく遊んでたけどね」


「へぇ……」


 拓海と目が合う。


「でも今日、声かけてみようか? 塾の日だから一緒になるし」


 猿川とは同じクラスだ。ナギサを介さずとも、教室で話を聞けばいい。でも彼は気軽には話しかけにくいタイプだった。


 猿川は、長身で運動神経もあるので女子ウケしそうなのだが、バカとは話したくないんで、といったオーラを常に放っているせいで、残念さのほうが際立っている。


 だからナギサが、あの猿川と親しいというのは驚きだった。というか、あの猿川にナギサのような幼なじみがいるとは……。


 とにかく、ナギサがあいつに何がどうなっているのか聞いてくれるなら助かる、と全部任せることにした。


「じゃあ報告は夜になると思うんだけど、今日中に連絡したほうがいい?」


 明日でかまわないと思ったのだが、「うん、すぐ知りたい」と拓海が食いつく。


「だからさ、連絡先、交換しよう」


 拓海はいそいそと携帯を取り出す。ああ、こいつの狙いはソレか。ナギサは、「オッケー」と軽い調子だ。


「モモは?」

「ああ、うん。連絡して。IDは……」

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