12 再び本屋へ、メッセージ、紙

 拓海はあの試し書きのペーパーを破いたといった。その紙が、まだ本屋にあったら……。


 それが何を証明するかわからない。


 わからないが、三人が同じ街が出てくる夢を個別に見ている可能性がある。


 だから、あの紙があるのか、ないのか。どうしても確認したくなった。


 アーケード下は、白熱灯が点灯していた。温もりとノスタルジーを感じさせる橙色が、商店街を夕焼けが侵食しているかに思える。


 人通りは少なく、まばらだった。通りに落ちる影が、いつもより長く伸びているように見える。


 もしかして本屋がなくなっているかも、となぜか焦りを感じたが、前回と同じように、本屋はそこに存在した。


 ただ、ガラス張りの店舗に貼ってあるポスターが、前に見たより古びている。色褪せ、四隅を留めている茶色に変色したセロハンテープが剥がれかかり、吹き抜けていった風に、笑顔のアニメキャラが、ぱたぱたと音を立てて湾曲する。


 店内は外の温かみのある灯りとは違い、青白い色に照らされていた。白い棚が発光しているように浮き立って見える。レジに誰の姿もなく、店内はひっそりとしている。


 文具コーナーまで行く足音がやけに響く。きゅっきゅと靴底がする音がして、自分がスニーカーを履いていることに気づいた。


 捨てたはずの白地に紺のラインが入っているハイカットのスニーカーだ。そいつを履いているのが、夢らしい現実との差異だと思いながら、文具売り場であの紙があるか確認する。


 試し書きのペーパーは以前と同じようにペンが立ててある棚の前に置いてある。すぐ見えるページに、何か書いてある。


 どくん、と心臓が大きく脈打った。


 かぶりつくように顔を近づける。記されている文字を指でたどる。青のボールペンだ。細い筆跡で斜めに書いてある。


『ここに来た、猿川。お前らもココにいるのか?』


 ……サルカワ、と読むのだろうか。


 「お前ら」と書いてあるってことは、向こうはこっちを知っている。この人は、おれたちが本屋で書き置きをする計画までわかっていて、こうしてメッセージを――いや。


 夢なんだから。今、おれは夢の中にいるんだ。何が起こっても、全部想像ってことで説明がつく。浅くなり始めていた呼吸を正す。


 ページをめくってみたが他に文字はない。猿川という見知らぬ名前は――暗転。


 フラッシュのような光に視界がまぶしくなる。店内に入って照明に、くらりときたらしい。夢でもめまいがするなんて、興奮しすぎているのかも。


 試し書きのペーパーは以前と同じように棚の前にあった。一番上のページに、何か書いてある。


 どくん、と心臓が大きく脈打つ。


「猿川?」


 クラスメイトだ。学年一の秀才で目立つ生徒だが、特に親しくはない彼の名前が、なぜここにあるのだろう。「お前ら」ってことは、猿川も、拓海とナギサのように、この夢を見ているのか?


 紙を破って、尻ポケットに突っ込む。とにかく、拓海たちと合流しよう。なぜ猿川の名前があるのか、そこで話し合えばいい。


 公園に行こう。ドアを上半身ごと前のめりに押して外へと飛び出した。二人は公園に到着しているだろうか。待たせていても、この紙を見せたら、きっと驚くはずだ。


 わくわくして駆け出し――。

 そこで、目が覚めた。


 真っ暗だ。手探りでベッドサイドにある携帯を探し当てると、時間を確かめる。午前二時を数分すぎたばかりだ。真夜中じゃないか。


 もう一度寝ようと寝返りを打つと、くしゃりと音がした。体の下に何かある。探ると、指先に何か当たった。紙だ。急いでスタンドライトを点ける。『ここに来た、猿川。……』。

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