11 次の計画、待ち合わせ、公園

 N――ナギサだ。


 本当にあった。

 でも。


 ここは夢の中だ。自分の思い描いたように物事が起こってもおかしくはない。


 本当に同じ夢の世界を共有しているのだと信じるのは、明日、ナギサと拓海に会ってこのことを話してからだ。


 だから落ちつけ、と思うのに、心臓がどくどくして、緊張で息を潜めたくなる。


 ちら、とレジがあるほうに目をやった。店主は文庫本に没頭している。


 まるで万引きでもしでかすような気分だ。おれは、Nの伝言の下に、同じように書き記した。


 『ここに来た、二番。たこ焼き』


 ――翌朝。


 登校すると駐輪場にナギサがいた。赤い自転車を決められたスペースに駐輪しようと、ガタガタと持ち上げたり引きずったりしている。


 おれは自分の自転車を手早く駐輪すると、ナギサの奮闘を手伝いに移動する。数台手前に寄せると、ナギサがやっと赤い自転車をねじ込むことができた。


「助かる。ここに五台は無理がある」

 唇をとがらせている。

「ナギサは駅から自転車?」


「そう。駐輪代かかるから歩いてもいいんだけど。親が歩くには遠いだろうって。寄り道せずに帰って来い、って意味もありそうだけど」


 駅から高校の駐輪場まで歩いてに十分ほどだ。田舎なので帰りに遊び歩くとしても、かろうじてゲーセンがあるスーパーがある程度で面白みもないのだが、通りに公園や自販機ぐらいはある。


「チャリがあったほうが、乗ってどこまでも行くとは思わないんだね」


 おれが指摘すると、ナギアは、「ああ、山に行くとか?」と笑う。

「川もあるけどな。それより、見たよ」


 その言葉で十分だった。ナギサがパッと表情を輝かせる。


「本当? あ、待って。その顔、からかってる?」

「まさか。笑ってた?」

 口に手をやる。

「文字、ピンクのボールペンだろ」

「そうっ」


 うわあ、とナギサは頬に手をやる。そのまま、挟み込むようにしたのでタコ口になっているが、無頓着なのか、そのまま話し出す。


「何て書いてあった?」

「『ここに来た。N。一番乗り?』だろ?」

「正解」

 わっ、飛び跳ねる。

「すごいね、どうしよう。これってどういうことなんだろう。モモ、信じる? わたしたち、同じ夢を見てるのかな」


「そんな気がしてきた。と、いうか、そう思ったほうが面白い」


 そこへ、拓海が到着する。自転車にまたがったまま、ゆるゆると蛇行しつつ近づいてくる。


「おーい、見たぞぉ。この、たこ焼き野郎。ムカついたから紙破っちまったよ」


「え、破ったのっ」ナギサが叫ぶ。

「だ、だめだった?」拓海はバランスを崩して自転車ごと転倒しかけた。

「わたし、一番乗りだったから。今日行って、本当にモモの文字があるか確認したかったのに」

「そ、そうかっ。ごめん」


 がちゃがちゃと自転車を止めてくると、拓海は改めてナギサに両手を合わせ、頭を下げる。


「すみませんでしたー! あ、でも、二人の字はちゃんとあったよ。『N』と『たこ焼き』だろ? ピンクと黒。おれは見たぜ」


 ぐっと指を上げる。


「それで」と、おれ。

「目が覚めたら破った紙をにぎってました、ってオチはなしか」


「それなぁ。でも、ざーんねん。何にもなしだわ」

 手を開いて見せる。

「でも字はあったんだ。同じ夢を見てたってことだろ?」


「おれはそう思う」

「わたしも」


 互いに視線を交わしあう。ナギサも拓海も、半信半疑ながら興奮しているのがわかる。


「ねぇ」とナギサがいう。

「夢の中で合流できないかな」


「三人で待ち合わせるってこと?」


 拓海の問いに、やってみようよ、とナギアは声を弾ませる。


 面白そうだ。


「やろう。場所は? また本屋?」


「あそこは狭いから」とナギサ。

「公園が良いと思う。駅の裏にある」

 

 公園? あったろうか。

 でも拓海はすぐに反応する。


「芝生やアスレチックがある広いやつ?」

「そうそう」

「駅の裏って、構内抜けて裏口から行くのか?」


 わからずたずねると、


「お前、あんなでかい公園がわかんねぇの」


 と拓海が驚いている。


「わからん。いつもアーケードに向かう横断歩道側しか見てないから。あの駅に入った記憶もないな。どうなってんの、駅」


「わたしも駅に入ったことないよ。でも裏には、駅前から横断歩道を渡らずに駅に沿って行けばあるから。木や広場があるのはあの公園くらいで、他は車道とビルばっかだし」


「だったら公園で決まりな」

「じゃ、そういうことで」と拓海。

「会えるかな?」ナギサは目を輝かせている。


 そして。

 今日もあの街の夢を見ている。


 驚いたことに、日が暮れ始めている時刻だ。いつも真昼間からアーケードの薄がりへと走り続ける夢が多かったから、この変化には高揚感と緊張が混ざり合ってしまう。


 走り出そうとする足をなだめて、ナギサがいったように車道を渡る横断歩道には向かわず、そのまま駅沿いに路を行くことにする。


 本当に二人と合流できるのだろうか。


 はやる気持ちと、結果を先延ばしにしたい気持ちがないまぜになって、歩調が早まったり遅くなったりしてしまう。


 ナギサと拓海も、駅の構内には入ったことがないといっていた。でも路に沿って迂回していくと線路が見えてきて、構内アナウンスも耳に届いてくる。

 

 ここからまたべつの街へ移動することは可能なのだろうか。ひとりでは躊躇するが、三人でなら試しても面白そうだ。


 駅前の開けた場所が終わり、舗装の路が細くなってくると遮断機があった。その向こうにすぐ、公園の入り口を示すポールとチェーンが下がっている。


 公園に誰か待っているかどうかまでは、ここからだと確認できない。でも待ち合わせの公園が話していたようにあるとわかると、もうひとつ、確かめたいことが出てきた。


 走ったら、そう時間をかけずに戻ってこられるだろう。


 おれはきびすを返すと、遮断機に背を向けて駅前へと戻った。そこからいつも渡るあの横断歩道へ、そしてアーケードへと向かう。

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