6 耳鳴り、苛立ち、キノジョウ?
「だから、十分? 話した程度だって」
「へぇ、モモは祭りでナンパしたってわけね」
説明するも、拓海の反応はこうだ。煩わしくなり返事もしたくなくなる。するとナギサがいう。
「わたし、
戸惑うナギサに、拓海がしゃきっと姿勢を正す。
「あ、お、ぼ、ぼくは
がっついている。だがこっちも気になって声に出していた。
「キノジョウ?」
ナギサは、「うん、一年だよ」と拓海に応えると、「
てっきりナギサが苗字だと思い込んでいた。馴染みのなさに、「キノジョウ?」と繰り返してしまう。
「うん、わかった。ナギサちゃん」
拓海が手を握る勢いでナギサに近づく。ナギサはやや引きつった表情であとずさりしている。おれは拓海の肩をぐいと引く。
「お前、コンビニ姫はどうしたよ」
「コンビニ姫?」ナギサがいう。
「こいつ告白して」
説明しようとすると、拓海が足を蹴飛ばしてくる。
「おい、モモっ!」
「いってぇな。なんだよ、朝っぱら電話してきて失恋し」
「シャラァップ! うるさいぞ、モモ。黙るんだ」
「うるさいのはお前だろ」
「二人は仲良いね」
くすっと笑うナギサ。おれは苦笑いだが、拓海は「うへへ、うへへ」と照れて身をよじっている。
「ナギサちゃんはクラス何組?」
「一組。二人は?」
「どっちも三組。あのさっ、昼、一緒に食べようよ。いっつも中庭で食べてんだよ。あ、ナギサちゃんは学食かな」
ナギサは引きつった笑みを浮かべているのだが、拓海はかまわず誘いをかける。
ナギサは急いで思考をめぐらせているのだろう。目が上向き、口が半開きになる。感情が顔に出るタイプらしい。見ていて面白い。
「ううん。購買で買う予定。いいよ。三人で食べよう」
「二人でもいいよ」
「三人で。モモとわたしと
「拓海って呼んで」
「わかった。拓海くん」
どんどん進む会話中、ナギサはちらちらと視線を送ってくる。助けを求めているようでもあるのだが、おれの機嫌をうかがっているふうでもあり、ちょっと不快になる。
夏祭りで会ったときも感じたが、やけに卑屈な態度をまとっていてイラつく。初対面なのに、向こうはこっちを以前から知っているかのように振る舞うから……いや、この苛立ちは彼女のせいばかりではなく、自分の中にも巣くっている。
髪型やキノジョウが苗字だという彼女に納得できない何かがあって、胸の中でうずまき、イライラするのだ。何かが異なっている。何かが苛立ちを募らせる。
「モモは拓海くんとずっと仲がいいの?」
「え?」
ふいに声をかけられて、まごつく。
「ずっと前からともだちなのかな、って。すごく仲良しみたいだから」
「ああ」
と、拓海が「そうさ」と肩を抱いてくる。
「保育園からの仲よ。な、モモ」
「保育園?」
おれは保育園じゃなく幼稚園に通って……、つん、とした痛みに耳を叩く。
「なんだ、どうした?」
「耳鳴りがして」
奥でくぐもった音がしたのだ。
「なんか耳痛い。ごめん、先行くわ」
吐きそうだ。早く休みたい。ナギサの手を引こうと近づく。ナギサも手を伸ばしてきたので、指先がかすめ、……はっ、と我に返る。
あのさー、と拓海。
「お前らやっぱり」
背を向け、走った。くだり坂を転がるように行く。頭痛がする。風邪かな。テストがあるのに。ああもういますぐ早退したくなる。
走りながら、夢の続きにいるような感覚になっていると、耳元で、「なあ」と声がして跳び上がる。
拓海がいた。
「モモ。お前、ナギサちゃんのことどう思う?」
「は?」
「興味ないなら、おれを応援してくれ」
「なんだよ。コンビニ姫はどうしたんだよ」
こいつは何を言い出すんだ。無性に腹が立つ。拓海は屈託なく笑っている。
「お前ね。失恋の傷をいやすには、新しい恋をする、は定石だろうよ」
「はあ、そうかよ」
応援してくれよな、と拓海。具体的に応援ってどうするのか知らないが、「ああ、わかったよ」とうなずく。
「なあ」
校門をくぐったところで、苛立ちも収まった。と、疑問が浮かぶ。
「どうして、ナギサはモモって呼んでくるんだろうな」
「はい?」
きょとんとする拓海。おれは続ける。
「馴れ馴れしくないか」
「お前だってナギサちゃん、呼び捨てにしてるだろ」
……ほんとだ。
あれ?
「ナギサ、って、苗字だよな?」
「は? 名前だって。何言ってんの」
「キノジョウって、知らねぇんだけど」
「モモ?」
「ナギサだろ、ユ*の苗字はナギ」
ぴー、と音がした。世界が一瞬だけ暗転する。が、再び明るくなる。
「モモ?」
「ああ、うん」
何だっけ。
いま、何か思い出しかけて……。
誰かそばにいたような気がする。同じ年頃の女子だ。夏……いや、冬かな……。もう思い出せない。
「おーい、モモ、桃田くーん」
拓海が顔の前で手をひらひら振る。おれは安心させようと無理やり笑顔を作った。
「ごめん。寝ぼけてたわ。それより今日のテストだけどさぁ……」
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