7 中庭、紅茶、ツナサンド

 中庭は生徒に人気のスポットだ。


 クラスがある普通棟と職員室などがある特別棟、この二棟が君臨する間に沈むように湾曲して伸びている。


 中央には季節の花が咲く花壇とコイが泳ぐ池があり、さらに中央には、空を見上げた何だかよくわからない少年の像がある。


 生徒たちの憩いの場。でも見上げれば窓がずらりと並んでいて、生徒を監視するには中庭にいてもらうと抜群の見通しの良さ……だと思うだろう。


 でも実際には、教室沿いに大小の落葉樹が木陰を作り、でこぼことした建物の窪みは良い隠れ場所になる。


 告白場所ランキング第一位、脅しポイント殿堂入り、いちゃつくカップル目撃情報多発地帯の、若干いかがわしくも秘密めいた魅力がある場所、それがこの中庭だ。


 購買がある棟に一番近い場所にあるベンチに座ると、おれと拓海はナギサが来るのを待っていた。


 昇降口にある自販機で紅茶のペットボトルを二本買っていたので、そのラベルをなんとなく読みながら――無糖だ――拓海の浮足立った恋愛計画を話半分に耳を傾ける。


「とにかくモモは、おれを褒める、オッケー?」

「はあ」

「よし、練習だ。まず『拓海の好きなところベスト10』を教えてくれ」

「あ?」

「三十秒以内だぞ。ハイ、スタート! ジャンガ、ジャンガ、ジャンガ、ジャンガ。ほらほら、時間がないよー、がんばってぇー」


「元気、明るい、あー…健康」


 全部同じ意味じゃね、と拓海が気づく前に、ナギサが渡り廊下から中庭に出てくる。


「ふんふん、そうだな。おれは元気で明るく健康だもんな。よしよし。あと七つ、あっ、おーい、ナッギサ、ちゃぁん」


 拓海は飛び上がって両手を激しく振る。大声つきの歓迎に、ナギサが踵を返して棟に戻るのではないかと思った。おれだったら素知らぬ顔して教室に戻る。


 でもナギサは小さく手を振り返しなが、小走りで駆けてくる。


「ちょ、ちょっと名前呼ばなくてもいいよ」


 顔が真っ赤だ。走ったからではないだろう。


「ごめーん。嬉しくなっちゃって」


 てへっ、と笑う拓海。ナギサは笑みを浮かべていたが、持っているサンドイッチをさわりまくっている。怒りでも抑えてんだろうか。ペットボトルの紅茶をあげようと、前屈みになって渡す。


「どうぞ」


 びっくりしているナギサ。遠慮がちに手が伸びる。


「ありがとう。紅茶、好き」

「うん、知ってる」


 立ち、ベンチの向かいにあるレンガブロックの花壇に腰掛ける。と、そこで自分がいったセリフにハッとする。


「いやうん、好きでよかった」

「あ、ありがとう。無糖だね。うん、サンドイッチにぴったり」


 ナギサはベンチに座り、サンドイッチの封を慌てたように開け始めた。


「ツナが欲しかったんだけど売り切れでさ、タマゴとハムのやつにしちゃった。早く行かないとだめだね。いっつも欲しいが買えないんだよ」


「朝コンビニで買ってくれば?」

「通学路にないんだもん。二人は電車だっけ」


「どっちもチャリ。ナギサは電車じゃなかったっけ」


「そうだよ。でもコンビニないの。途中下車したらあるんだけど、そこまではねぇ」


「へぇ」


 ボトルキャップをひねり、紅茶を飲む。誰も何もいわなくなる。拓海が静かだな、と訝しむと、こっちを半眼で見ていた。


「お前ら、やっぱデキてんだろ」

「ない」「ちがう」


 ナギサも同じく否定するが、声がそろったため、拓海の視線はますます鋭くなってしまった。


「二人はテストどうだった?」


 ナギサがいう。重苦しさを追っ払おうとしたのか、妙に明るい声だ。


「わたしは全然だめ。休みのあいだ、遊んでばっかだったから」

「おれもだめぇ。0点取る自信がある」


 拓海はナギサのすぐ隣に座り、くね、と媚びうるように体を曲げる。きっも。会話に混ざるまいと、他所を見る。だが。


「モモはテストどうだった?」

 

 ナギサが話を振ってくる。何も珍しくない樹木を見ながら、「悪くはない」と答える。


「いいなー。モモ……桃田くんは成績良いんだ」

「拓海よりは賢い」

「こら、暴言だぞっ」


 くぅらあ、と拳をあげる拓海。無視して、ナギサに視線をやる。


「モモが呼びやすいなら、そのままでいいよ。おれもナギサって呼ぶから」


「あ、うん。モモって言いやすくて。かわいいよね」

「そ、だね」


 恥ずかしくなった。紅茶を飲む。もう半分になってしまった。


「おれのことは、たっくん、て呼んでもいいよ」

「たっくん」


 半笑いで呼んでやると、拓海が鋭くにらんでくる。


「お前には許可してないぞ、モモ」

「そりゃ、悪かった」

「拓海くんって、呼ぶね?」

「えー……、うん。オッケー、ナギサちゃん」


 媚びるとはああいう姿か。拓海のだらしない表情を見るとこっちが恥ずかしくなる。


「男子とお昼食べるっていったら、みんなに冷やかされちゃった」


 ナギサがそういいながら、さりげなくベンチの端ぎりぎりに座りなおした。拓海と距離をとったのだろう。


 望み薄な対応に、悪い顔が出そうになり、紅茶を飲む。ずっと水分しか摂取してねぇ。どおりでボトルが軽い。


 拓海はナギサのその仕草に気づいたのかどうなのか、「へー」と彼女のほうに身を乗り出している。


「う、うん。桃田くんたちと食べるって話したら」

「拓海くんたちね、そうかー」


 脳内お花畑の拓海が言い直す。


「ごめん。迷惑だったよな」


 おれがいうと、ナギサは、「ううん、ちがうよ」と焦って否定する。


「迷惑ってわけじゃなくて。あぁ、わたし青春してるなー、なんて思って」


「だよねー。やっぱ高校生活は恋が重要だよね」


 拓海が変に甲高い声で同意する。


「ところでナギサちゃんは、彼氏いる?」


 ところで、って。

 挑む拓海の発言に、ナギサは笑って答える。


「彼氏なんているわけないじゃん」

「じゃあ、す、すす、好きな人は?」

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