9 商店街、逃げる、ホウキ

「二人とも、わたしの話に合わせてないよね?」


 ナギサは、半信半疑といった感じでぎこちなく笑っている。


 おれと拓海が同じ夢でも見ているかに話して、自分をからかっていると思ったようだ。


「まさかぁ。この話、初めてしたよ」


 拓海はそう断言する。おれも同じく、そうだとうなずく。どんな夢なのか、互いに情報を出し合った。


「わたしは逃げてる夢かな。誰かに捕まりそうで。びくびくしながら逃げてる」


「おれは誰かを探してる」


「探すって誰を?」と拓海。


 肩をすくめてみせる。


「さあ。誰か、なんだよな。とにかく走ってるんだ、ずっと」


「おれはね」


 拓海はちょっともったいぶって間をおく。

 でもたいした情報じゃなかった。


「おれも逃げてる感じかなぁ。黒いヤツらがいるんだよ。そいつが追いかけて来るから、逃げてんだ。でも、誰かを探してるってのもわかるな。ホウキに乗って」


「ホウキ?」

 つい、話に割って入る。

「ホウキってなんだよ」


「ホウキはホウキだっつぅの」

 拓海は真顔だ。

「魔女みたいに、こう、びょーんっ、て飛ぶんだよ」


「え、と。商店街が出てくる夢の話だよね?」


 ナギサが確認する。同意見。


「ただの夢の話じゃなくて」


 そうおれが咎めると、拓海は「わーかってるって」と両手を突き出した。


「アーケードだろ? わかってるよ。その話だって。あのアーケードの下、商店街の狭い路地をずうっと行くと、怪しげな街に出るんだ。知らない? アーケード奥の、その向こう側。なんっつうか」


 拓海は顔をしかめ、


「スラム街みたいな場所」


 と、ひとりうなずく。


「あの区画に出て、コンクリート製のビルにある外階段を上がっていくと、サビついたドアがあるんだ。で、そこを開けると景色が変わる」


「スラム街はわかるかも」


 とナギサ。拓海のしかめっ面が、パッと笑顔になる。


「だよね。おれ、あそこからスタートが多いんだ。スラム街からアーケード、で、そこから横断歩道で駅前に到着ってルート。だいたいあそこまで到達したら目が覚める」


「ちょっと待て」

 おれは声をあげる。

「本当に同じ夢か? お前の話を聞いてると、いろいろとごちゃまぜっていうか」


「夢ってそういうもんだろ」

「そうだけど」


 話しているのは、もっとべつの種類の夢だと思うのに、拓海はべらべらと続ける。


「ホウキに乗って逃げようとしてるんだよね。こう」


 拓海は立つと、ホウキをまたぐような仕草をする。


「ぐいっと上に向けると飛べるはずなんだけどね、上手くいかなくてさ。飛ぶっていうより、飛距離が伸びる感じ? イメージはバッタ」


「バッタぁ?」


「なんだよ、モモっ。バッタはすっごい跳ぶんだぞ。自分の体の、何倍もびよーんっ、て。あんなイメージでおれも飛ぶんだよ。ホウキにまたがり、塔の上から商店街がある丘めがけて、『いざ、ゆかーん』って、ぶわっと宙に飛び立って」


「ああ、わかった。その話はもういい」

「モモ。こっからが、面白いところで」


「また別のときにな。つまり、お前だけはちがう夢を――」


「ちがいませぇんぅ。商店街だろ、すぐ赤に変わる信号、街の駅前、逃げてる、追われてる、影が出てきて、うわああって」


 拓海は、足をオーバーにバタバタさせた。


「あのさ」


 おれは拓海を無視して、ナギサに話しかける。


「拓海の夢はさておき、似た夢を見てるって面白いよな。何かの影響を受けてんのかな。特にハマってる漫画やゲームはないんだけど」


「わたしもそれは考えた。あ、でも拓海くんの話も少しはわかるよ。現代的な街並みと、古いっていうか、少し中世風の世界のときがあるから。逃げているうちに、ころころ景色が変化して。モモはそうならない?」


 どうだろうか。 夢なんだから、景色が無秩序に変化するのは当たり前だ。


 でも自分の場合、景色の変化が起こっているイメージはない。ホウキやバッタなんて論外だ。もっと現実味のある世界で、ひどく恐怖心をあおる。


 そこはいつも同じ街で、駅から横断歩道、アーケードを目指し、薄暗い商店街を走り抜けながら、必死に誰かを探しているんだ。


 考えていると、ナギサの明るい声でいう。


「ねぇ。わたしたちが見てる夢が、本当に同じ夢か、気になるなら試してみない?」


「試す?」

「なになに、何をやるわけ?」


 訝るおれと食いつきの良い拓海に、ナギサは、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「あのね、商店街に本屋さんがあるの、わかる? そこでね……」

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