4 駐輪場、ヒロイン、違和感
通学は自転車を使っている。目指す駐輪場は学内になくて、校内まで徒歩で十分ほどかかる場所に設置してある。そこまで普段なら一時間かかるところを、この日は全力立ちこぎを駆使して三十分でたどり着く。新記録だ。
拓海はもう到着していて、サドルに反対向きでまたがり、偉そうに腕組みして仏頂面をしている。
そいつを横目に見ながら駐輪する。前カゴには、家を出るとき持って出た菓子パンがある。さっそく封を開け、ぱくつく。
「こらっ。何をもぐもぐと。それがお前の親身な態度ってわけか、バカにしてんのかっ」
「ふわってる」
「あ?」
「わかってる、で?」
食べながら耳に手をやるポーズ。
「こっちは大失恋のあとなんだぞ。もっとこうぅ、労わりの心ってもんが」
「はふきながら、はなほう」
「あぁ?」
「歩きながら話そう」
お先にどうぞ、と促したが動こうとしない拓海。かばんを肩にかけ、「ほら、行くぞ」と彼より先に駐輪場を出る。
駐輪場は学校よりも高台にある。カーブを描きながらのくだり坂になっていて、その狭い路を行くと校舎の裏に出るのだ。
いちおうアスファルトで舗装してあるものの、古くボコボコとしていて、注意して歩かないとすぐ足がつまずく。
自然、足取りが早くなるくだり坂にひとり先に下りていると、背後で拓海の「うわっ」と慌てる声がした。
「大丈夫かー」
声をかけて振り向く。と、まごつくシーンに出くわした。拓海が女子に抱きついている。事件だ。ついに拓海がやりやがった。啞然としていると、「あ、ごめん、大丈夫?」と拓海は顔を赤くして、女子から素早く離れる。
「あ、うん。大丈夫。ありがとう」
「いやいやいやいやいや」
首がもげる勢いで首肯している。女子は申し訳なさそうに肩を丸めている。女子に抱きついた、と勘違いしたが、もしかしたら、拓海は、あの子の転倒を防いだのかもしれない。
まあそうだとしても、あんなに抱きつかなくてもいいだろうに、と訝しんでいると、うつむいていた女子が顔をあげ、セミロングの髪で隠れていた顔がわかる。
あっ、と声が重なる。
「ナギサ」
「モモっ」
――ぐら、と。
視界がゆがみ、見えているものが二重になる。ねじれる。渦を巻く。
まばたきをして軽く頭を振る。拓海がいて、ナギサを凝視している。その姿はゆがんではいない。怠け気味だった休み明けに、自転車を飛ばしてきたから、ふらついたんだろう。
ナギサも頭痛がしたのか、側頭部を軽く叩いている。互いを探るような視線がかち合う。
「何、二人、知り合い?」
拓海がいう。おれとナギサを指さして、目を丸くしている。そうか。まだ拓海には、話してなかったか。
「夏祭りでナギサと会ったんだ」
「会った?」
拓海の鼻にしわがよる。
「そうだよ」とナギサ。
「お祭りで、わたし、ともだちとはぐれちゃって。それでモモと会ったんだけど、自分もひとりになったから、って。え、と」
ナギサは言いよどむと髪を手櫛で整える。
「……その髪」
「あ、気づいた?」
ナギサの表情が明るくなる。
「切ったんだ、十センチくらい」
「そっか」
納得の顔をしたが、本当は髪がずいぶん伸びたな、と思っていた。ショートのイメージが強くあったから。
「へん? 似合わないかな」
「え、いや、良いと思うけど」
見すぎたらしく、ナギサは両手で髪を隠すように抑える。拓海が「モモっ」と声を上げ、視界に割り込んだ。
「お前ってやつは。いいか。彼女を助けたのは、このわたしだ!」
どんと胸を叩く。さっき転倒しかけたときのことを指してるんだろうが、拓海の言葉に、ナギサは戸惑いを見せ、何か問いたげな視線をこっちに向けてくる。
「こいつがあのとき話した奴。ほら」拓海に話を向ける。「お前も夏祭り行っただろ」
「夏祭りね」
拓海は腕組みして鼻を鳴らす。
「ああ、覚えてますとも。お前は迷子になったあげく、ふて腐れて『もう帰る』ってメールしてきたな。おれは『まだイカ焼きを食ってねぇだろ』と返信したが、そうか、女子ときゃっきゃ、してたわけね」
「そうじゃなくて」
ナギサと声がそろう。目があい、同時に口を閉じる。その行動を見て拓海のあごがぐんと上がる。
「ははーん、デキてんのか、お前ら。そうなんだな」
「ちがうって」
またナギサと声がそろい、拓海は顔をゆがめた。
「いいんだ、二人とも。おれははっきりさせたいだけなんだ。モモ、お前は夏のあいだにおれの元から旅立っていたんだな。いいんだ、いいんだよ、何もいうな。おれはコソコソなんてしてほしくない。コソコソしていいのはゴキブリだけだと決めているんだ、そうだろ?」
「だーかーらー」おれは声を張り上げる。
「夏祭りで会って、ちょっと話しただけだって」
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