3 妹、恋心、暴露

「にぃにっ」


 腹に抱きつく妹。まだ八歳でひょろひょろした体型だが、大げさによろめいてみせる。


「うわぁ、重い、負けた」


 降参ポーズのあと、軽く抱き上げ引き離す。


「はい、邪魔ぁ、離れてぇ。兄ちゃん、今日から学校だから」

「えぇ、遊んでよ。まだ夏休みだよ」

「高校は昨日で終わりなんですぅ。しかも、今日はテストもあるんですぅ」

「ないよー」

「あるよー」


 始業式のあと、休み明けテストがある。死ぬ。来週まで夏休みが続く妹は、嘘をついたと思ったのか、ぷくりと頬をふくらます。


「にいに。プール行こ、遊ぼう」

「悲しきかな、夕方までテスト三昧」

「やだー」

「おれもやだー」


 ぽかぽか叩いてくる妹をいなしていると、『うおぉいっ、もももももも』と携帯から拓海の桃連呼が聞こえてくる。


「じゃ、そういうことで」

『何がそういうことだっ。キャッキャしやがって。こっちはハートブレイク、悲しみのフレンズだぞ』


「にいに、だれぇ」

「拓海」


 手を伸ばしてくるので、携帯を妹に渡した。


「たくみくん、おげんきですかー?」


『元気じゃないよ。だからね、モモ兄ちゃんにお伝えください。いますぐ応答しなければ、貴様の妹の命はもらう。フハハハハ」


「にいに。きもいでんわ、きっていい?」

「いいよ」

『ごらぁぁぁぁーっ』


 怒声に、妹はぱっと携帯を投げる。落下前にキャッチして、で、何の話、と応答。


『だーかーらー。告白したんだ、おれは。それで、ちひろさんは』

「ちひろさん?」

『コンビニ姫の名前だよっ』


 名前は入手できてたんだな、とやっぱり引かない犯罪の臭いに慄く。妹の頭をぐりぐりなでながら部屋を出た。「きゃあ」と叫びながら階段を下りていく妹。いつもなら、「こらー、待てー」と追いかけてやるところだが、いまは拓海が騒がしい。


「で、そのちひろさんが何だって?」

『ちひろさん、彼氏いるんだってさ』

「そうか」

『そうなんだよ』


 拓海は、ハァ、と湿っぽい。


「まあこれで……」


 すっきり?

 あきらめがつく?


「……これで、もう、から揚げ買わなくてよくなったな。正直、あきてたろ?」


『あきるだって?』


 重みのある宣言に、「あ、そう」と口ごもる。


『ちひろさんが売ってくれたから揚げに、あきるだって? 貴様、そういったのか』


「いやごめん。恋する気持ち、わかんないもんで」


 恋する気持ち、というワードは拓海のブレイクハートに刺さってしまった。「そう、恋する男なんだ、おれは」と叫んでいる。


「あのさ、続きはまた学校で話そう。また朝食ってなくて」

『おれは何も食いたくない。水すらのどを通らない』

「ああ、うん。……切るぞ?」

『だめだ』

「いやあの」

『おれはもう、もうっっっ、ほんっっっ……とぉぉぉぉーーに、悲しいっ」

「そうだよな、悲しいよな」


 そのあとも、くだくだと「一生に一度の恋だった」だの「彼女のためなら死ねた」だの、口にしたいだけだろう台詞が続く。いい加減、うんざりしてきたおれは、強く言い放つ。


「あのさ、きついこというけどいい加減もう――」

 反論が聞こえたが、かまわず続ける。


「――もう忘れろって。ああ、わかってるけどっ。とにかく落ちつけって。だからっ。あーもうわかった。いつもより早く出るから、駐輪所で待っとけ、わかった?」


『飯食わずに来いよ、モモ』


 えー、食うわ。

 即、出るわけねぇわ。


『モモ、すぐ来いよ』

「ああ、うん」

『今、すぐ、家を出ろ。オーケー?』

「出る出る」

「絶対だかんな。向こうで十分以上待ったら、お前の恥ずかしい秘密を暴露してやる」

「暴露されるようなことは……」

「妹と話すとき。桃田勇樹ゆうきは赤ちゃん言葉になる」

「いますぐ出ます」

「よろしいっ」

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