2 牛、告白、から揚げ
モォモォォーと、牛が鳴いている。
電話の向こうは牧場か。
『モォモォォー』
「あぁ、ハイハイ」
『ももっ、もも、ももももも』
牛の次は、桃かよ。
「あのさ、うるせぇから切るぞ」
本当に切ろうとしたのだが、『待って待って』の焦り声に耳を戻す。
『モモ、桃田くん、おーい、もももも』
「聞いてるって」
『あ、そっか。で、あんなっ』
「おー」
『おれ、失恋したぁぁ、撃沈したぁぁ』
一瞬、ぽかんとしたが思い出した。拓海は、学校近くにあるコンビニでバイトしている大学生にのぼせている。コンビニ姫とか呼んで。
「あー、ご愁傷様」
『おれさ、この夏、すっげー、から揚げ食べたじゃん』
恨みがましい声に、「へー」と軽く流そうとすると、『食ったじゃんっ』と声を張ってくる。
時刻を確認すると、そろそろ下に行かないと、母さんの怒声が届きそうだった。
「ああ、レジで会話したいからだろ?」
応えながら、手早く下も着替えていく。
『そう、会話したくて。この純情わかる?』
「わかるわかる」
『この夏で、一生分のから揚げを食った』
「太ったか?」
『今は失恋の話してんだろっ』
拓海のから揚げ消費数が水増し気味だとしても、あのコンビニに通い詰めていた回数は異常だった。夏休みなのにわざわざ学校付近にある例のコンビニまで出向き、「から揚げ、ください」を連呼していたのだ。その姿は令和のから揚げ妖怪だ。
『レジで見つめあっているうちに、ハートが燃え上がってさ。から揚げ、ください、のあと、好きですって、いっちゃったんだ』
「から揚げが?」
『コンビニ姫が好きだって、付き合ってください、って!』
「その流れで告白したのか」
レジで見つめあうって、向こうからすると、ただ接客をこなしてただけだ。こいつの思考回路には犯罪の臭いがする。
『おれは夏の太陽よりも激しく燃えあがる愛を打ち明けたんだ』
拓海が熱く語りだす。
『告白の瞬間、おれの背では愛の炎が真っ赤に燃え上がっていたことだろう。ゴオオオオオと音がしていた』
カチカチ山かよ。火傷しろ、あほ。
部屋を出ようとしたら、ドアが開く。起こしにきた母さんかと思ったら違った。そいつは腹にタックルをかましてくると、そのまま抱きついてくる。
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