1幕

1 繰り返す夢、街、二学期

 また、この街にいる。

 繰り返し見ている夢に出てくる街だ。


 おれは賑わう駅前から、四車線を渡る横断歩道に向かって走っている。赤信号が青に変わる。気だるげに歩を進める集団に追いついても速度は緩めない。彼らをすり抜け渡りきると、進路を左に向ける。


 走り続けている身体はとても軽かった。飛ぶように走るとは、こういう感覚なんだろう。息は一つも苦しくなく、走れば走るほど速度はあがっていく。 


 目的地はわかっている。アーケードの商店街だ。


 そこへ向かっている気分は、けっして明るいものじゃない。恐怖と焦りから逃げるように、おれは走り続けている。


 アーケードに入ると影が差し、夜の気配が忍び寄ってくる。焦りが加速する。おれは誰かを探している。


 でも探しているその誰かが、一体誰のことなのか、自分ではもうわからなくなっている。会いたい、見つけたい、その感情だけが残っている。それがおれを走らせる。


 いつしか。


 走っている理由まで記憶から消えてしまいそうで。


 記憶が脳に貯めた糸なら、糸先を握っている存在がいることに、おれは気づいている。走るたび、記憶の糸が抜かれていくのだと、そう感じている。


 だけど走らずにはいられない。立ち止まっていても、どうせ記憶は消えてしまうから。


 誰かを――そう、君を見つけたかった。


 安堵したくて走っている。この街のどこかに、君がいると知っている。


 輪郭だけが残る君の面影を失う前に、アーケードを走っていたおれは君の名前を呼んだ、その瞬間だ。


 ぷつんと映像が途切れたように、何も見えなくなる。黒の世界が広がる。もう一度、あの名前を呼ぼうとした。空気を吸い込み、君を……。


 そこで、目が覚めた。


 はためくカーテンから、嘘みたいに青い空が見える。高校最初の夏休みが終わった。刺すような日差しに目を細めながら、しばらく天井を見る。自分の中から焦りと恐怖が抜けていくのを待った。ゆっくり息を吐きだす。夢だ。ただの夢。何度も見ている夢だ。


 あの街の夢をいつから見始めたのだろう。最近はずっと見ている気がする。走り、探して、怖くなって……目が覚める。


 無理やり夢分析するなら、夏休みが終わる現実から逃げるように走っていた、なんて結果が思いつく。学校に行くのは億劫だ。今日から始まると思うと、目覚めたばかりなのにすでに体がだるい。


 それでもTシャツを脱ぎ捨て、制服に着替えていると、携帯に着信があった。表示は「たくみ」。クラスメイトの雉島拓海きじしまたくみだ。カッターシャツのボタンを半分留め残したまま出る。


「あー、何」


 と、向こうの大きな声に、耳を離した。

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