第6話 シアンの教育係は誰がやる?
只今、馬車に揺られながら魔族の国、ライバン国を目指して北上中。
馬車の中には、私、シモンヌ、シアン、御者席にはリベルトが座り、マークスさんと、ジェフリーは前後を守るように騎乗している。
これは、三姉弟が護衛三人を雇って親戚を訪ねるというシチュエーションのためね。
途中の冒険者ギルドで馬車を購入して、ネージュと騎士団から拝借したお馬さんたちの三頭で馬車を引いてもらっているのだ。
ジェフリーの情報によると、討伐隊の旅程は西のジャイナス国で獣族の騎士の補充をしてから、魔族のライバン国入りをするとのこと。
なんと言っても、悪鬼王討伐の場所は、瘴気の森の洞窟。ライバン国の深緑の森から入るルートが一番最短らしい。
そこで、私達は一足お先にライバン国に入国して討伐隊を待ち伏せ作戦を決行中。
馬車の振動に耐えながら隣に目を向けるとシアンが眉を下げながら口を開いた。
「あ~ん。この揺れはきついわ。あたしのか弱いおしりがなんだか、かわいそうだわ」
ううっ! 私の天使が! マークス二世と化している。
「どうしよう、シモンヌ。やっぱり、マークスさんと同室にしたのがいけなかったんじゃない?」
そう、向かいに座るシモンヌに訴えかける。
「そうですわね。でも、リベルトと同室よりも品は良いような気がしますわ」
リベルト!
これまでの間、一週間ほど、リベルトと同室にしたのだが、その時はリベルト二世に変身。
獣人のリベルトはとにかく匂いに敏感。
もの珍しいものは何でも匂いを嗅ぐのが癖なのだ。
なんと言っても、シアンは人間の世界が初めて、目につくものみんな珍しい。
ところ構わずクンクンと鼻を近づけるので引き離すのが大変だった。
そして言葉使いも『俺』が一人称になり、服も着崩して胸をはだけるしまつ。
リベルトには、教育者失格の烙印を押し、マークスさんに任せたんだけど、それがこの結果だ。
「仕方ないですわ。今日からはジェフリーと同室にいたしましょう。シアン、マークスさんの真似はおよしなさい」
「や~ん。シモンヌ姉様。あたしの話し方変かしら? マークスさんからは、すばらしいと、ほめてもらったのよん」
ほんのり赤くなった頬に手を当てて首をかしげるシアン。
これでドレスを着てたら立派な美少女だ。
ここできちんと矯正しなければ、弟が妹になってしまう。
「シアン、お尻が痛いなら体を横にして少し寝てれば? ほら、私の膝に頭を乗せて」
私の言葉に素直に横になって目を閉じるシアン。
役得だ。ふわふわのシアンの頭を撫でる。
もとはゴーレムのガンちゃんなので、睡眠は必要ないみたいだけど、これは省エネモードって感じなんだろう。
「それにしても……このように接する人間から影響を受けやすいのは、考えものですわね。どうやら、リースマン伯爵家では精神面での虐待が行われていたに違いありませんわ」
なんですと?
「せ、精神面の虐待?」
「ええ。リベルトやマークスさんにも確認しましたが、シアンの体は傷一つないと言うことですわ。ですから、暴力による虐待はされてない。きっと、誰とも接することを禁じられ、放置されていたにちがいありませんわ。いかにも、選民意識の高いお貴族様のやりそうなことですわね。人と接することがなかったので、雛鳥が親鳥を慕うように人の真似をするんですわ。」
人と接することが無かったんじゃなくて、もとは人じゃなかいからね。
今のシアンは、綺麗な水も、濁った水も、区別なく吸い込むスポンジなのだ。
ああ、なんだか、ますますリースマン伯爵様の評判が地に落ちていく。
これは、さすがにまずい。
「私、決めましたわ。アヤーネ。この旅が終わったら、シアンを正式に私の弟として引き取ります」
ぎょっ!
「な、な、な、何言ってるの? シモンヌ。そんなこと出来ないに決まってるでしょうが。それに、シアンは、私の弟なんですから」
「大丈夫よ、アヤーネ。ついでに、アヤーネも妹として引き取りますわ」
つ、ついで?
複雑な心境……。
「ドーファン家の名前を出せば、たとえ伯爵家だとしても負けませんことよ。シアンの虐待の証拠をつかんで貴族院へ訴えてやりますわ」
「訴える?!」
ひぇ~!
話が、もう私では収拾がつかないことになってるよ。
ああ、もう、シアンがもとはゴーレムのガンちゃんだって言いたい。
でもそうすると、女神様と聖霊様のことを説明しなきゃだし、その話をするには私が愛し子のアヤカだと白状することになる。
せっかくできた友達に嘘をついていたんだもの。
確実に嫌われるちゃうよね。
シモンヌ達の友情を手放したくない……。
どうしよう。
「善は急げですわね。ドーファン家宛に手紙を出さなくては。次の街に商業ギルドか冒険者ギルドがあったら配達依頼を出しますわ」
「! 待って! シモンヌ。ここは、冷静に! 一気に妹と弟が増えたら食費が大変なんだから」
「そうね。じゃあ、アヤーネは一食ご飯を抜きましょう」
「えー! そんな~ご飯抜きなんて無理!」
私の嘆き声でシアンが飛び起きた。
「アヤーネ姉様。大丈夫、あたしのご飯をあげるから。あたしは、ご飯を食べなくても平気なのよ」
「えっ、シアンのご飯をくれるの? 持つべきものは優しい弟ね」
「「「アヤーネ!!! 弟のご飯を取るなんて!!!」」」
な、なに?!
いつの間にか、馬車が止まっていて、開け放された扉の先に、マークスさん、ジェフリー、リベルトの三人が鬼の形相で私を睨んでいた。
ひえ~!
こ、これは、弟のご飯を取り上げる意地悪な姉という図式なのか?
誤解だ!
***************
「マークスさん、ご相談が……」
自分の手に負えない事態に、私は早速、宿泊しているマークスさんの部屋を訪ねた。
今は夜中の十二時を回ったところ。
本日の部屋割りはシアンとジェフリーが同室、リベルトとマークスさんはそれぞれ一人部屋、そして、私とシモンヌが同室だ。
シモンヌが寝入ったのを確認後に、そっと部屋を抜け出したのだ。
「で、話って何かしら?」
「あの、シアンのことなんですが……」
マークスさんの部屋の椅子に腰かけながら、シアンのことを説明した。
元はゴーレムのガンちゃんで、女神様と聖霊様が少年の姿に変えたこと。
たまたま、私の記憶にあるのが、ライモン少年だったため、シアンの容姿はそれが反映したこと。
「えええ! それじゃあ、シアンはリースマン伯爵家のご子息じゃないの? なんでそれを早く言わないのよ」
「だから、最初から私はシアンはライじゃなくて私の弟だって言ったじゃないですか。それを、マークスさんが、勘違いをするから」
「ななな! あたし? あたしのせいなの? どうするのよ? シモンヌはシアンを引き取る気満々よ。ついでにアヤーネもって言ってたわよ」
「ついで……」
「ちょっと、気にするとこはそこじゃないわよ。あのね、今やドーファン家の力は下手な貴族よりも強いのよ。シモンヌが手紙を出す前に何とかしないと。罪のないリースマン伯爵が断罪されちゃうわ! こうなったら、旅の仲間には本当のことを言いましょう」
「本当のこと……で、でも……私が愛し子のアヤカだってばれたら……今まで騙してたことで、シモンヌとリベルトから嫌われちゃう……ううう、、そんなの、そんなの、耐えられないよ。ううう、うっぐ、ぐすん」
「ああ、もう、泣かないの。あたしが思うに、シモンヌとリベルトはそんなことでアヤーネを嫌いになんかならないわよ。それは、シャーリーとカミラも一緒よ。まあ、ここはアヤーネの気持ちを優先するわ。それまで、シモンヌが手紙を出すのは何としても阻止するわ。だから、アヤーネが本当のことを言う決心が付いたら教えて頂戴」
本当のことを言う決心……。
私は、マークスさんの言葉を心に刻みながらとぼとぼと、シモンヌが眠る部屋へと帰るのであった。
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