第5話 討伐隊side
聖女サーヤ視点
獣族の国、ジャイナス国の辺境の森で私は、夜空に浮かんでいる月を見上げた。
戦闘騎士補充のため立ち寄ったジャイナス国。
そこで、獣鬼の被害がひどい村の情報が入り、討伐と瘴気浄化を行った。
先ほど対峙した獣鬼の姿が目に焼き付いて離れない。
あまりの怖さに震えることしかできず、浄化の力をうまく発動することが出来なかった。
もたもたしているうちに、獣鬼が瘴気を取り込みさらに狂暴化、新たな獣鬼まで引き寄せることになってしまった。
結局、私の補助役にとつけられた三人の巫女とともに浄化をなんとかやり遂げた形となったのだ。
私の名前はサーヤ・バルレア。18歳。
ここではない世界から聖女としてこの世界に召喚された。
いきなり違う世界に召喚されて戸惑ったのは、ほんの一瞬だった。
だって、私はあの環境から逃げ出したかったから。
私の母は世間では愛人と呼ばれる立場だった。
裕福ではなかったが、優しい母との暮らしはとても幸せだった。
その幸せが一転したのは、二年前に母が亡くなってから。
亡くなる間際の母の言葉は『世話をしてくれる皆さんの言うことを聞きなさいね。何があっても我慢をしなさい。そうすれば優しくしてくれるはずよ』だった。
その言葉通り、引き取られた父親と継母のいる家で私は自分の感情を押し殺し、いつも周りの顔色を窺って生活をしていた。
でも、どんなに言うことを聞いても、どんなに我慢をしてもあの家で受け入れられることはなかった。
私という存在は、歓迎されない邪魔者だった。
そしてある日、腹違いの二つ上の兄が憂さ晴らしのために放った大型犬に足を咬まれたとき、私は今まで押し殺していた感情が爆発した。
『もう、我慢なんてしない! 誰の言うことも聞かない! 私は感情のままに生きる!』
そう、心の中で誓った瞬間、眩い光に包まれた。
目を開いたときにはこの世界に召喚されていた。
不思議なことに、大型犬に咬まれた足首には痛みも何の痕もなく、私の記憶には、あの時の恐怖心と動物に対する苦手意識だけが残った。
そんな私がよりによって、獣族の国に召喚されるなんてね。
でも、もう我慢なんてしない。
だから、猫のケモ耳の侍女が私の世話係りとして来たときは思いっきり拒否をした。
だけど、聖女として同行することになったこの悪鬼王討伐は……。
正直、怖い。
だから、最初は行きたくないと訴えた。
だって、こんな危険なことに参加したいなんて言う人はいないでしょ?
結果的には周りの説得に折れた形での同行となった。
その中でも、ターマス国の魔導師団長、オリゲール様の言葉が私の心を動かした。
『私達は、聖女様を守るために全力を尽くします。私達のために力を貸してください』
吸い込まれそうな澄んだ青い瞳に、艶やかな金色の長髪。
まるで美の神に愛されたような男性が、私のことを守ると言ってくれたのだ。
誰もが、『聖女』としての役目を説く中で、その言葉は胸に温かくしみ込んだ。
だから、頑張ろうと思ったのに……。
この
情けない。
野営のために張られたテントの中で巫女たちが私のことを噂していた。
『期待外れの聖女様』と。
私は、ここでも歓迎されない邪魔者なの?
そんなことを考えながらぼんやりと月を見上げている私の耳に、近付いてくる足音が届いた。
「あれ? サーヤ様? どうしたの、眠れないの?」
マサキ様だ。
私とは、また違う世界から召喚された勇者だ。
「マサキ様……。みんなが私のことを噂しているんです。期待外れの聖女って。どうせ、マサキ様もそう思っているんでしょ?」
「俺のことは、マサキで良いよ。同い年だし、敬語もなしで。それに俺達チームだろ。期待外れなんて思ってないよ。正直言って、俺も初めて見る獣鬼にゾッとしたし」
チーム……。
私を仲間だと言ってくれるの?
「私のこともサーヤと。私はあまりの怖さに、体が動かなかったの。瘴気の吹き溜まりの浄化に手間取って、状況を悪化させたし……」
「あのさ、俺達って、獣鬼や悪鬼みたいな化け物がいない世界から来ただろ。だから、それは仕方ないと思うよ。スポーツだって初めて挑戦するものは、うまくいかないだろ? 徐々に慣れていくよ」
「そうかな?」
「そうだよ。俺さ、この世界に来れて良かったって思ってるんだ。元の世界じゃ俺の存在意義がなかったから。だから、この世界が俺のことを必要としてくれているのが素直に嬉しいんだ」
「必要としてくれている……。私のことも?」
「だから、召喚されたんじゃないかな。サーヤは元の世界に戻りたい?」
「絶対に嫌!」
「はは、即答だね。召喚されるのは、元の世界に未練のない人らしいよ。だから、この世界に来た人は帰りたいと思わないみたいなんだ。まあ、アヤカみたいに俺の巻き添えで来ちゃった人は当てはまらないけどさ。だから、アヤカにも元の世界に戻りたいなんて思わないように幸せにしたい。あ、なんか、話がそれちゃったね。要するに、この世界で自分の居場所を作ろうってこと」
自分の居場所か……。
「あ、ねえ、マサキって、もしかしてアヤカ様のことが好きなの?」
「な、なに言ってんの? 今はそんな話じゃないだろう」
「頑張って! 私、マサキのこと応援する! そして、この世界で自分の居場所を作るね」
「お、おう! それじゃ、お互いに頑張ろうな」
ちょっと、照れながら、その場を立ち去るマサキの後ろ姿を見送る。
「サーヤ様、暖かい紅茶を持って来ました。どうぞ」
マサキの言っていたことを思い返していたところに声をかけられた。
振り向くと、オリゲール様が湯気が立ち上るカップをこちらに差し出してくれていた。
月明かりの下で見るオリゲール様は神々しさが十倍増しだわ。
「ふう、美味しい。ありがとうございます。あ、あの、サーヤでいいです。それに、私に敬語など使わないでください。私の方が年下ですから。今日は、そ、その、自分の力を発揮できずにすみませんでした」
「いや、良いんだよ。気にしないでくれ。実は、先ほどのマサキとの会話を聞いてしまったんだ。自分の力がうまく使えない辛さは、僕にもわかるし」
「え? オリゲール様が? なんでも完璧にできそうなのに?」
「僕は幼少のころ、いつも体調不良で臥せっていてね。王族として失格の烙印を押されていたんだ。魔力量が誰よりも多いことで周りに期待されていた分、つらかったな。王宮に出入りしている官僚や女官の心無い噂話に傷ついたりもした。でも、体調不良の原因がわかってからは日々修業に励んだよ。サーヤも実力が出せない原因がわかっているから、あとはそれを克服するだけだ」
原因は怖さ。経験がそれを克服してくれるはず。
「はい。経験値を上げて自分の力を使いこなせるようにします」
そう言った私に、そっと微笑むオリゲール様。
瞬間、心臓がドキリと音を立てた。
「サーヤは、それが素なのかい?」
「え?」
「とても、素直で優しい笑顔だ。わがままな困ったお嬢さんと、今の君と、どちらが本当の君なのかな?」
わ、わがままな困ったお嬢さんって……。
まあ、言いたいことを言ってヘンドリック王子達を振り回していたことは事実よね。
だってもう私は我慢しない、誰の言うことも聞かないって決めたんだもの。
「さっき、マサキに言ってただろ。元の世界には戻りたくないって。きっと君にとって優しくない世界だったんだろうな。だから、この世界で君の心が休まる居場所を作ってくれ」
……そうか、この世界は元の世界とは全く違うんだ。
だから、私を取り巻く環境も違う。
私が決心したことは、こちらの世界ではわがままな困ったお嬢さんのやる事だった?
だとしたら……何やってんだろう、私。
ここには意地悪な継母も、私に無関心な父親も、癇癪持ちの兄もいないのに。
「私……なんだか、間違えちゃったみたいです……」
そんな私の言葉に、オリゲール様は少し首をかしげながら口を開いた。
「いいんじゃないかな。人は間違える生き物だし。むしろ間違えたことに気づけたことで、この先の未来が良い方に向かって行くはずだ。さあ、もう遅いから寝た方が良い。テントまで送ろう」
月明りの中、隣を歩くオリゲール様の横顔をそっと見上げながら私はドキドキする胸を押さえた。
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