第4話 旅のお供が増えました
王宮を出発した私達五人は、隣街まで到着していた。
朝食抜き、昼食抜きで馬を走らせ、ようやく今日初めての食事をするために宿屋に併設された食堂に足を踏み入れた。
ああ、お尻と内腿が痛い。もしかしたら、皮がむけてるかも。
まあ、騎士団からもし捜索隊が追ってきたときのために少しでも早く王都から離れる必要があったから仕方ないんだけどね。
その理由は、私達は馬泥棒として指名手配されている可能性があるからだ。
リベルトもシモンヌも、黙って騎士団所有の馬を拝借してきたのだ。
ネージュは私の馬だが、同じ日にいなくなった三人の新人騎士はグルだと思われるだろう。
行動を共にしているマークスさんも然り。
そんなこんなで飲まず食わずで馬を走らせ、ようやく休憩となった。
人間も馬も充電が必要なのだ。
「いらっしゃい! えっと、五名ね。こちらへどうぞ!」
給仕のお姉さんに案内された六人掛けのテーブルに着いたとたん、はたと考える。
あれ? シアンってごはん食べるのかな?
「あ、あの、シアン。ご飯は普通に食べられるの?」
「うーん? 食べたことがないから……」
「まあ! アヤーネ、それどういうこと? まさか、ライモン様はリースマン伯爵家で食事もさせてもらってないの?」
マークスさんのその言葉に、リベルトとシモンヌがギョッとして目を見開く。
ま、まずい。こりゃ、マークスさんには後でシアンの正体を話さなきゃ。
リースマン伯爵の評判が、ますます地に落ちてしまう。
ひとまず、この場はごまかすしかないわね。
「えっとですね、こういう外での食事が食べられるのかって質問です。何を隠そう、私も外食は初めてです。それに、ライモンじゃなくて、シアンですよ」
「そうね。貴族の子供だって周りに知られたら、誘拐されるかもしれないものね。あたしの不注意だったわ。まあ、ここいらの食堂はお上品な物はでないけど、これはこれで美味しいから安心しなさいな。嫌いなものはあるの?」
「私はないです。なんでも美味しく食べられます」
「アヤーネに聞いたんじゃないわよ。シアンに聞いたのよ。だいたい、アヤーネがなんでも食べるのはみんな知ってるわよ」
なんだか、私の扱いが雑だ。
***************
「シアン、熱いから気を付けてね。このクリームシチューはスプーンですくって食べるのよ」
「はい。アヤーネ姉様」
「あら、シアン、口にシチューがついていましてよ」
そう言ってシモンヌが隣に座っているシアンの口元をナプキンで拭う。
「ありがとうございます。シモンヌ姉様」
くーうう! シアンの可愛さにシモンヌと共に悶絶だ。
食事をしながらの話し合いの結果、表向きの私達の関係は、シモンヌ、私、シアンは姉弟で親戚の家に行く途中という設定。
マークスさんとリベルトはその道中の護衛だ。
「シアン、弟なんだから、もっと砕けた言葉遣いで良いからね」
「そうですわ、シアン。もっとシモンヌ姉様に甘えてちょうだい」
シアンを構い倒す私とシモンヌに生暖かい目を向けるマークスさんと、リベルト。
「あ、あの、すみません。食堂が混んできたので相席をお願いしてもいいですか?」
突然の給仕のお姉さんの言葉に、周囲を見渡すと確かに満席だった。
なるべく他人に接触するのは不本意なんだけど、ここはしょうがないか。
みんなで目を合わせて頷きあう。
「わかった。ここが一つ空いているからどうぞ」
リベルトが空いている隣の席を示すと、給仕のお姉さんはホッとしたように口を開いた。
「ありがとうございます。さあ、お客さん、こちらへどうぞ」
ちょうど、私の向かいの席に腰を下ろした人物を見てギョッとする。
ピンクゴールドの髪に茶色の瞳、この顔は……。
「ジェフリー?」
私の呟きにみんな一斉に相席の人物に目を向ける。
新人騎士団の中立派のジェフリーではないか。なぜここに?
「あれ? アヤーネ。それにリベルトにシモンヌ、マークスさんも。なんでここに? まさか、馬泥棒って君たちのこと? 朝から騎士団は大騒ぎだよ」
げっ、やっぱり馬泥棒にされている。
「あら、失礼ね。馬はただお借りしているだけですわ。あとでちゃんとお返しします」
「そうだ。今だけ借りてるだけだ。どこかに売り払ったりするわけじゃない」
「馬だけじゃないよ。騎士団脱走は規則違反だから。処罰は、口にするのも恐ろしい目にあうんじゃないかな。でも、僕の仕事を手伝ってくれるなら、デンナー隊長に口利きしてあげるよ。これから討伐隊を追いかけるんだ。ポーションを届けるためにね。なんでも手違いで積荷のポーションの数を間違えたらしい」
「「「手伝います!」」」
むしろ、こちらには好都合です。
これで、馬泥棒と脱走の件は帳消しだ。
「そう、良かった。じゃあ、デンナー隊長に伝言鳥飛ばしておくよ。それより、その男の子誰? マークスさんの隠し子?」
「何言っているのよ! そんなわけないでしょが。この子は、可哀そうな子なのよ。そうだわ、この際、あたしが引き取るのもありだわね」
「だめです。シアンは私の弟ですから」
「独り占めはよくなくてよ、アヤーネ。私達の弟ですわ」
「ああ、もう何でもいいや。もう宿の部屋取ったの? え、まだ? じゃあ、僕がとって来るよ」
ジェフリーがとってくれた部屋は二人部屋が三部屋。
食事をしながら部屋割りの相談をする。
リベルトは、マークスさんとの同室に身の危険を感じたのか断固拒否。
結果、リベルトとシアン、マークスさんとジェフリー、私とシモンヌとなった。
シアンと離れるのは不安だが、人間の行動を学習中のシアンにとって、マークスさんと同室より、リベルトと同室の方がなにかとよろしいだろう。
リベルトには平民の暮らしを知らないシアンにいろいろと常識を教えてほしいと頼んでおいた。
そして私は、お腹が満たされ、お風呂で身ぎれいになったところで早々とベッドに入り、シモンヌのお小言を子守唄に眠りについたのだった。
***************
マークス&ジェフリーside
「で、あなたは本当は何者なの?」
ここは、マークスとジェフリーの部屋。
洗いたての長い髪の毛をタオルで拭きながらマークスはジェフリーに問いかけた。
「何者って、ひどいな、マークスさん。新人騎士の剣術講義のとき僕もいたんだけどな。僕、影薄いから仕方ないか」
「影は確かに薄いわね。でもわざとよね? それに、あなたは新人騎士なんかじゃないわね。熟練の騎士だわ。18歳というのも嘘ね。あたしの目はごまかせないわよ。何人の男の裸を観察していると思ってるのよ」
マークスのこの一言に身震いをするジェフリー。
「ま、マークスさん、言っとくけど、僕はそっち系の人間じゃないからね。あくまで、ノーマルだから。好きなのは可愛い女の子だからね」
「あら、それは残念ね。それより、あなたの体についてる剣の傷痕は十年以上前のものよね? さっきのお風呂でしっかりと見たんだから。18歳にしてはおかしいわ。それに、あたしたちが騎乗してる上空を緑色の鳥が飛んでいたのを思い出したのよ。あれは、視察鳥だわ。熟練の騎士が、視察鳥を使役して、あたしたちを追いかけてきた。あなたの正体は国王直下の第五部隊の隊員ってところかしら? そして、アヤーネの秘密も知っているわね?」
マークスのこの言葉に、ジェフリーは両手を上げてため息をついた。
「降参だ。国王命令で、アヤーネ嬢が騎士団に入団したと同時に護衛をしている。騎士団、第五部隊所属のジェフリー・ウインバリーだ。アヤーネ嬢の正体については今回の任務を請け負うときに初めて聞いた。マークスさん、俺の正体については、内密に願いたい」
「わかったわ」
「そういえば、リベルトと、シモンヌはアヤーネの正体は知っているのか?」
「知らないようね。なんにしても、秘密を知っている人数は少ない方が良いわ。くれぐれもばれない様にしてちょうだい。それで、ジェフリーは本当はいくつなの?」
「俺は、30歳だ」
「はあ?! 30歳? あたしより年上じゃない。詐欺だわ」
「仕方ないだろう。新人騎士の中に潜り込めるのが俺しかいなかったんだ。それより、あの少年は誰だ? 少年の情報なんてなかったぞ」
ジェフリーの言葉に、マークスはシアンの身の上を話して聞かせた。
そう、リースマン伯爵当主にひどい仕打ちを受け、屋敷を追い出された可哀そうな少年の話を。
こうして、アヤーネの思惑とは反対にリースマン伯爵の評判はどんどん落ちていくのだった。
「アヤーネ達に合流したら、騎士団として行動するつもりだったが、そんな事情の少年がいるのなら、君たちが考えた三姉弟と護衛のふりをした方が良いだろうな。騎士団の俺達が少年を連れていると噂になれば、逆に連れまわしたと訴えられる可能性もあるしな」
「なるほどね。自分の身を守るために罪をこちらに擦り付けるってことね。いかにも傲慢なお貴族様がやりそうなことね。じゃあ、あたしたちはアヤーネとシアンを守りながら討伐隊を追いかけるわよ」
「おう、わかった。よろしくな」
リースマン伯爵を共通の敵認定したマークスとジェフリーは、見当違いな正義感で胸を熱くするのだった。
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