第3話 その頃の王宮side
アヤカからの手紙を握りしめて頭を抱える国王を前に、悠然と微笑みを向けるのは王妃であるエレノアだ。
「ルイビス様、起こってしまったことを憂いても仕方ないですわ。それより、これからのことを相談しましょう」
「ふう……そうだな。まずは第五部隊を動かすか。ジェフリーに後を追わせるしかないな」
「ジェフリーと言うと、新人騎士に混ざってアヤカさんを護衛していた人ですわね」
「ああ、そうだ。今年で30歳になるんだが、奴の童顔が役に立ってダミアンの部隊では、18歳で通ってるぞ。」
「まあ、それはすごいですわね。そういえば、ダミアン・デンナー隊長はアヤーネさんのことを、ルイビス様の隠し子と思っているようですわよ」
「は? なんだそれは? ダミアンには『アヤーネを気にかけてやってくれ、ジェフリーを護衛につけるが、本人には気づかれたくはない。このことは他言無用で頼む』としか言ってないぞ」
「そのお言葉を深く読み取ったのでしょうね。こうなったら、デンナー隊長とジェフリーさんにはアヤーネさんの正体をお話した方がよろしいかもしれませんね」
「そうだな。私に隠し子がいるなんて思われているのは心外だ。早速、執務室にダミアンを呼び出すか」
「ええ。では、わたくしはこの王宮にアヤカさんがいないことを誰にも悟られないように画策するために、関係者へ連絡を回しますわ。まずはサムネル様ね」
「悪いな。身重の君に負担をかけて。アヤカが帰ってきたらきっちりと謝罪させよう。ああ、なんだか、出来の悪い子供を持つ親の気分だ」
「まあ、そんなことはよろしいのよ。妊娠中は何かと良くないことを考えて憂鬱になることが多いものです。こうして忙しくしているほうが精神的に良いですわ。それに、アヤカさんの手紙に『自分の使命』と書いてありましたでしょう? それこそが、勇者と共に召喚された理由なんですわ」
「だが、アヤカは攻撃魔法の適性がないんだ。大丈夫だろうか?」
「心配はないと言うと嘘になりますが、きっとこの討伐にはアヤカさんの存在が不可欠なんだと思いますわ。そのために、女神様と聖霊様が愛し子として名前をお付けになったなったのでしょう。それに、先ほどメアリー様からマークスさんが付き添っていると連絡がありましたわ。ふふふ、アヤカさんが来てから、毎日が刺激的だと思いませんこと?」
「はあ、刺激的すぎて、私は胃に穴があきそうだよ。サムネルはそのうち禿げると思うぞ。ああ、もしかしてアヤカはそれを見越して禿げ防止薬をサムネルに渡したのか。私の胃に穴が開くのが先か、サムネルの頭が禿げるのが先か……」
そうつぶやきながらルイビスは部屋を後にした。
=================
「陛下、もう一度、おっしゃってください」
ルイビスの執務室に呼び出された第三部隊長ダミアン・デンナーは、聞かされた言葉がうまく呑み込むことができないため聞き返した。
「だから、アヤーネの正体はアヤカなんだ。ダミアン、何度も言わせるな」
「隠し子だというのを、ごまかそうとしているわけではありませんよね?」
「私に隠し子などいない。だいたい、似てないだろうが」
「正義感の強いところと、無駄に行動力のあるところがそっくりです」
「それは、褒めてるのか? 貶してるのか?」
「両方です。陛下が学生のころ、どれだけ護衛の俺達が苦労したと思ってるんですか。身分を顧みず、ごろつきどもに喧嘩を売り、勝手に平民のふりして城下の食堂で働いたり、やってることまんまアヤーネと同じです」
「うっ、そ、そんなことあったか? 記憶にないな」
「まあ、いいでしょう。もともとアヤーネには何か秘密があると思ってましたから。正直、隠し子じゃなくてホッとしました。どちらにしても、アヤーネは俺の隊の可愛い新人にかわりありません」
「そうか、そう言ってもらえるとこちらも助かる」
「実はアヤーネと行動を共にしていると思われる新人騎士が二名いるんです。リベルトとシモンヌです。どちらも新人とは思えないほど、腕が立つ上に世慣れています。その二人とジェフリーが合流すれば、アヤーネ、いえ、アヤカ様の守りは万全でしょう。第三部隊の新人騎士たちには、アヤーネ達4名に討伐隊にポーションを届ける役目を担わせたと説明しましょう」
「うむ。そうしてくれ。それと、マークスもアヤカと行動をともにしているようだ」
「ほう、それはより安心ですね。そういえば、陛下、マシュー団長にはアヤーネのことは?」
「マシューには言っていない。あいつは嘘がつけないからな。さて、アヤカがこの王宮にいるように取り繕うための準備をするか。なんとしてもオリゲール達に知られてはならんからな」
=================
「皆さんそろいましたね? ではこれより、作戦会議を行います」
この会議室に集められた面々を見ながら、そう声を上げたのは宰相であるサムネルだ。
アヤカとアヤーネが同一人物だと知る者たちが集められたのだ。
アヤカの起こした事業で活躍しているアシストレンジャーの5名、アヤカ専属護衛の4名、辺境伯夫人のメアリー、王妃のエレノア、そして国王のルイビスだ。
「まず、アヤカ様の身代わりを立てるのがもっとも手っ取り早いと思うのですが、その場合このメンバーの中から選ぶのが秘密保持上、的確かと思われます」
サムネルのその言葉に、アシストレンジャーのミリアが手を上げた。
「はい。サムネル様。それに関しては私達アシストレンジャーの中で持ち回りで担当いたします。髪の色と瞳の色を一時的に変える薬を開発します。後は、お化粧の力でごまかせると思います。遠目に見る分には支障ないでしょう」
「それは、助かりますね。では、その薬ができるまでの偽装工作ですが……」
「はい! それは我々専属護衛チームがしっかりとやり遂げる所存です。アヤカ様の部屋の前に我々がいることで偽装できると思われます」
護衛チームの年長者、ナリスの言葉にサムネルは頷いた。
「うむ。案外そのような単純なことでうまくいくかもしれませんね。では、それでいきましょう。あとは、貴族からのアヤカ様への面会申請の処理ですね」
「それなら、わたくしとメアリー様がさばきますわ。そうですわね、まずは、伏線でご子息をお持ちのご婦人方とお茶会を催しましょう。そこで、アヤカさんに会えるのはわたくし達のお眼鏡にかなった方だけという印象を植え付けますわ」
「それはやりがいがありますわ。エレノア様。マナーの達人と言われた私の審美眼を存分に使わせていただきますわ」
「では、この件は王妃様とメアリー様にお任せいたします。最後の問題ですが、陛下、なぜかアヤーネさんへの面会申請が陛下あてに来ております」
「ん? アヤカの方じゃなく、アヤーネの方か? なぜだ?」
「これは……私の推測ですが入団テストや誘拐事件で活躍したことでアヤーネさんのことを調べる者が増えたのが発端ですね。騎士団へ問い合わせてもアヤーネさんの情報は秘匿されてますから、そのことでいろいろな憶測が飛び交っているようです。一番多いのが、陛下の隠し子説ですね」
「はあ? ダミアンだけじゃないのか。だいたい私はそんな不誠実な男ではない。心外だな」
「ええっとですね、それと付随して、一部の貴族から後宮復活の要望も出ております」
「なに?! なぜ今頃? まさか、隠し子説のせいか?」
「まあ、それはおもしろいことになっておりますのね。サムネル様、その一部の貴族とやらの家名を教えて下さる? ぜひ、お話を聞いてみたいわ」
そう言ってにっこりと微笑むエレノアに、なぜかルイビスの背筋が伸びる。
「エレノア様、微力ながら私もお手伝いいたしますわ。しつけのなっていない犬の対応は得意ですのよ」
メアリーのこの言葉に、サムネルの肩がびくりと震える。
「王妃様、私達、アシストレンジャーではご要望通りの新薬を開発いたします。ねえ、皆さん?」
「「「何なりとお申し付けください!」」」
護衛達は自分の妻たちの言葉に戦慄する。
「メアリー様もアシストレンジャーの皆様も頼もしい限りですわ。では、ここからは、わたくしのお部屋で相談いたしましょう。殿方には少々刺激が強すぎますものね」
「「「承知いたしました」」」
後に残された男性陣は、彼女たちを敵に回してはいけないと、心に刻むのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます