第42話 乙女の秘密のお買い物

 アヤカとして、悪鬼王討伐メンバーの一員になる道が途絶えた私は翌日から旅の準備をすべく奔走するはめになった。


 計画としては、アヤカとして討伐部隊を見送ったあとアヤーネとしてこっそりと追いかける。


 そのためにまず、野営ができるようにテントの購入と、剣の用意ね。

 自分の剣と言えば、刃のつぶしてある訓練用のしか持ってないから。

 まさか、悪鬼王討伐のために騎士団に用意された聖剣を拝借するわけにもいかないものね。

 悪鬼は浄化の力を付加した聖剣じゃないと討伐できないが、剣さえ手に入れれば自分で聖剣を作ることができる。


 そうと決まれば、城下に行ってお買い物だ。

 あ、でも私ったらお金を持ってないわ。

 どうしよう?

 とりあえず、ミリアさんにお小遣いのお願いでもしてみようかな。

 あくまでも自然に、怪しまれないようしなくちゃ。

 この計画がばれたら絶対に阻止される。

 ここでばれるわけにはいかないのだ。




「ミ、ミリアさん。お小遣いくだしゃい」


 ぐっ、かんだ。

 これじゃあ、怪しさ満点ではないか。

 夜になるのを待ってアヤカの自室に転移したとたん口に出した言葉が残念なことに……。


「まあ、アヤカ様。なにかほしい物がおありなんですか? すぐにご用意しますよ?」


「い、いえ、あの……。私、城下で自分でお買い物がしたいんです。ほ、ほら、悪鬼王討伐に行くオル様やマー君、レイ様に何か渡したいと思って。そ、それを自分で選びたいの」


 これは、嘘ではない。

 悪鬼王と対峙する三人に御守りを作る予定なのだ。

 そのための材料も購入しなくちゃね。


「なるほど。そうでしたか。では、宰相のサムネル様に外出の申請を出しますね。護衛もディランさん達専属護衛の他に数人選定していただきましょう。あとは馬車ですね。愛し子様の品位を損なわないように、ここは王華の紋章入りの馬車を手配しましょう」


 護衛に馬車?!

 な、なんでそんな大事になっちゃうの?


「い、いえ、あの……。このお出かけはこっそりと、ひっそりと、遂行することに意味があるのです。ですから、アヤーネとして外出します。そうさせてください」


「ああ、なるほど。オルゲール様達には内緒で贈り物を選びたいということですね。わかりました。では、外出の際には、騎士団の制服を着用してマークス様とご一緒してください」





 **************





「アヤーネ、ここが城下で一番腕のいい鍛冶屋よ。でもここの親父さん、気難しくて自分の気に入った人にしか物を作らないのよね。ほら、アヤカの訓練用の剣も親父さんの作品よ。」


 むむむ……。

 騎士団の休日にマークスさんと城下に買い物にきたは良いが、その言葉に扉にかけた手が止まる。


 頑固おやじを納得させるような特技は持ち合わせていないのだ。

 うーん。


「困りました。もっとお笑いのセンスを磨いておけばよかったです。マークスさんは何か一発芸的なものはあるんですか? あったら教えてください」


「は? なんでここで一発芸が必要なのよ?」


「ほら、笑いは世界共通の潤滑油っていうじゃないですか。気難しい頑固おやじってことは、きっと笑い成分が足りないんですよ」


「どうしたらそんな斜め上の発想ができるのよ。ある意味才能ね」


「あ、ここはシンプルに変顔でお笑いを取るのはどうでしょうか?」


「どうでしょうかって、その提案にあたしが賛成すると思っているわけ?」


「賛成してもらわないと困ります。だって相手は人を人と思わない頑固で偏屈なおやじなんですよ?」


「あら、なんだか、性格が悪い方にグレードアップしてるわね」




「おい! 中に入るのか入らねえのか、どっちだ?!」


 ひぇー! いきなり扉が開いた!


「俺の店の前で堂々と悪口言うなんて、たいした度胸だな。お嬢ちゃんよ」


 詰んだ……。




 鍛冶屋の親父さんはドワーフのエトムント・クーニックさん。

 がっしりとした筋肉マッチョの体躯に、髪の色と同じ茶色いもっさりしたお髭、意外にも可愛い真ん丸の緑の瞳。


 今、私とマークスさんはクーニック工房で商談中なのだ。

 なんと、エトムントさんは騎士団の入団テストの会場で私とリベルトの対戦を観戦していたらしい。


「こんな細っこい嬢ちゃんがあのトライアルクラッシャーと対等に戦うなんざ、想像もできかったぞい。まあ、良い戦いを見せてもらったってことでさっきの無礼は許してやるわい」


 そう言ってガハハハッと笑うエトムントさん。

 どうやら、偏屈おやじというのはマークスさんのガセネタのようね。


「で、今日は何の注文をしに来たんだ?」


「あ、私の剣を作って欲しいんです」


「ほう、嬢ちゃんが使う剣か。分かった」


「本当ですか?! ありがとうございます。では、来週の光の日までにお願いします」


「はあ?! バカも休み休み言えよ。わしが納得いく剣を作るには一か月はかかるぞい」


「一か月?! それじゃあ、遅すぎます。何としても来週までにはほしいんですけど」


「ちょっと、お待ちなさいよ。アヤーネ、なんでそんなに剣が必要なのよ。なんか、変なこと考えてるわけじゃないわよね?」


 うっ、なかなか鋭いマークスさん。

 しかし、困った。一か月後なんて……。

 討伐隊の後を追いかけるのにそんなに日数を置くわけにはいかないもの。


「へ、変なことなんか考えていませんよ。ただ、あの誘拐事件の時に刃をつぶした訓練用の剣で応戦したらチンピラどもに物凄く馬鹿にされたんです。だから、ちゃんとした剣が急務で必要なんです」


「誘拐事件っていうと、まさか、愛し子様の事件か? 愛し子様を助けた女騎士って嬢ちゃんのことか! わかった、今作成中の剣を嬢ちゃん用に作り変えてやらあ。長さと重さを少し手直しすればよかろう。それでまた愛し子様を守ってやんな」


「わあ! 助かります。ありがとうございます。エトムントさん!」




 さて、剣の発注も無事終了。

 あとは、ギルドに冒険者登録して野営などに必要なものをそろえなきゃ。

 ギルドの場所は抜かりなくリベルトから情報収集済み。

 旅の必需品はギルドで購入すると冒険者割引があるのでお得らしい。

 それにギルドのタグは身分証の役目もあるので国をまたぐ移動にも活躍するという。


 問題は、マークスさんをどうまくかだ。


「えっと、マークスさん。何か見たいものがあったら行ってきてください」


「ん? あたしは別に買い物はないわよ。今日はアヤーネの付き添いなんだから。くれぐれもアヤーネから離れないようにミリアさんから言われているし」


 うーむ。

 なかなか、手強い。


「じゃ、じゃあ、私のお買い物に協力をお願いします。終わったら、あのカフェに集合しましょう!」


「はあ? ちょ、ちょっと、アヤーネはどこに行くのよ! こら! お待ちなさい!」


「マークスさん、その紙に書いてある布と糸と紐を買ってきてください。私は乙女の秘密の買い物に行ってます! じゃあ!」


「な! 乙女の秘密の買い物ってなんなの? あたしも乙女よ!」


「お髭の生えた乙女は認めません!」


「キャー! 今の一言で私の乙女心が血を吹いたわ!」


 マークスさんの叫び声を背中に受けながら走り出す。

 適当な路地に入るなり、騎士団の制服から普通の剣士服に変身。

 さすがに王城騎士団の制服姿でギルトに登録はまずかろう。





 **************




 騎士団の寮の部屋で、今日マークスさんが購入してくれた布で御守りを作成中。


 ギルドの販売部に売っていた魔石に浄化と守護の魔力を込め、それを作った小袋に入れる。

 袋の表には『守』という漢字を刺繍し、裏側にはそれぞれのイニシャルを刺繍。


 オル様は、ディープグリーン、マー君は濃紺、レイ様はミントグリーンのお守りだ。

 中身が魔石なのでコロンと丸みを帯びた形状になったがしかたない。


 そして、乙女心を深く傷つけてしまったマークスさんには、浄化と守護に加えて恋愛成就のお守りを作成。

 表の刺繍の字は『乙女』だ。

 今度会ったらプレゼントしよう。


 こうして私の悪鬼王討伐準備は着々と進むのであった。


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