第41話 言いたいけど言えない
ドンドンドン!!!
はいはい。もう乱暴だな。
しかもこんな夜にうるさくしたら寮母のヒルダさんに怒られちゃう。
私は程よくしわの着いた騎士団の制服姿のままドアを開けた。
「「「アヤーネ!!!!」」」
うわっ!
ドアを開けたとたん、シモンヌ、シャーリー、カミラに抱きつかれ、リベルトに頭をこれでもかとぐりぐりと撫でられた。
その様子を苦笑しながら見守っているデンナー隊長と目が合った。
「アヤーネ、皆お前のことを心配してたんだぞ。いつ戻って来てたんだ? 無事に帰ってきたならすぐに報告にこないとダメじゃないか」
「あ、あの、すみませんでした。皆さんがアヤカ様の無事の帰還で大騒ぎしている横をこっそりと抜けて寮にたどり着いたんですけど、着替えてご報告に上がる前にちょっとだけ休憩するすもりが、爆睡してしまいました」
そう言う私にデンナー隊長は苦笑しながら言った。
「しょうがないな。まあ、アヤーネも疲れているだろうからもうこのまま休め。明日は朝からマシュー団長に報告に行くぞ。それから、ヘンドリック殿下もお前のことを心配しておられたぞ。明日、元気な顔を見せてやるといい」
「はい、わかりました」
私のその一言にデンナー隊長とリベルト達は安心したように帰って行った。
***************
翌日、ヘンドリック王子から突撃訪問を受け、ひとしきり無事帰還を喜ばれた。
ただの乗馬の生徒だった私に、ここまで気遣いをしてくれるなんて優しい王子様だ。
ちょっとほっこりとした気持ちでデンナー隊長に連れられてマシュー団長の執務室へと足を運ぶと、そこで言い渡されたのは一週間の謹慎処分だった。
警護対象をみすみす誘拐されたことと、報告が事後となったことへの罰ということだ。
謹慎中は訓練参加は禁止。
先輩騎士たちの訓練が終わるころに行って剣を磨くという雑用以外は部屋から出てはいけないとのこと。
こうなったら、その合間にアヤカとアヤーネを使い分けながら悪鬼王討伐の準備を進めましょう。
その手始めとして、王宮中が寝静まった深夜に、神殿へ。
もちろん、女神様たちに会うのが目的です。
アヤカに変身して岩ちゃんと一緒に神殿に転移。
祝福の儀以来の来訪だったため、女神様たちのテンションはとっても高め。
「しーしー。お静かに。マリア様、エバ様、ご無沙汰しております」
「もう! 本当に、ご無沙汰よ! 私とエバがどれだけレミリンが来てくれるを待ってたと思っているのよ。ああ、でもレミリンの誘拐事件は私達の落ち度ね。もっと早い時点で月読みの聖者へ神託を授ければ良かったわ」
「いえ、お二人のせいではありません。私も気が緩んでたので。それに王宮の中に手引きをした者がいたようですし、こればっかりは仕方なかったってことです」
「まあ、レミリンは優しいのね。悪しき者たちは、悪鬼王の花嫁としてレミリンを誘拐したみたいだけど、これってどう思う、マリア?」
「そうね……悪鬼王はまだ小さな魂だけの存在よね。もしかして、器が見つかったのかしら?」
器?
マリア様とエバ様の話によると、器というのは悪鬼王の魂を宿すことのできる肉体のことらしい。
「悪鬼王の膨大な魔力を体内に入れても耐えうるような器はそうそうないと思うけど……。でも花嫁を準備するってことはあり得るってことね」
「あ、あの、その花嫁なんですけど、私のことを花嫁候補って言ってたんです。候補ってことは決定ではなく、選んでいる最中ってことですよね? 逆に、私は一度狙われて、誘拐に失敗しているので他に目が行くんじゃないかと」
「なるほど……候補ね。レミリンの推測は当たってるかもしれないわね。こうなったら、悪しき者たちの目が他に向いていることを願ってレミリンは討伐の準備をしてちょうだい。エバ、私達は各国の神殿のアプローチラインの確認をしておきましょう」
女神様達とお会いした翌日から私は一週間の謹慎期間を有効に使うべく忙しく動き回った。
まずは、各種ポーションを作成してインベントリのブレスレットへ収納。
そして図書室でこの大陸の地図を脳ミソに焼き付け万能タブレットにダウンロード。
下準備としてはこんなものかな。
あとはアヤカとして悪鬼討伐隊の一員として参加するから、その間のアヤーネの存在をどうすかだな。
たぶん新人騎士団員は討伐メンバーから外れ、この王宮の警備に当てられるはず。
王妃様に相談して、王妃様かメアリー様の個人護衛という名目で隠してもらうのが妥当かな。
あ、その前にオル様に私も討伐隊のメンバーであることを伝えなきゃ。
ふふふ、オル様、どんな顔するかな。
このビックニュースを一番にオル様に伝えたいから、私の侍女さんチームにもまだ秘密。
そうと決まれば、オル様に会える日まで一週間の謹慎でなまった体を鍛えましょう。
あれよあれよという間に一か月が過ぎ、オル様に会えないまま王宮中が討伐準備で物々しい雰囲気となった。
エルフ族のルイレーン国からは聖矢が、ドワーフ族のドリスタン国からは聖剣が運び込まれた。
エルフ族とドワーフ族は討伐軍に従軍しない代わりに武器の調達の役目を担っているのだ。
勇者と愛し子のお披露目会に集まっていた各国の王族と騎士たちはこのまま討伐軍として結成されるようだ。
いよいよ討伐軍の準備が大詰めとなる中、今だ私はオル様に討伐メンバーのことを言えないまま。
もうここまできたらサプライズ的に出発する前日でもいいかなぁなんて思っていた時にミリアさんからイヤーカフへ連絡が入った。
それは、騎士団の食堂で夕飯のお肉ゴロゴロシチューを大きな口を開けて食べようとしている時だった。
口を開けたまま固まった私に怪訝そうな顔をするみんな。
「どうした? アヤーネ。口を開けすぎて顎でも外れたか?」
「やだ、アヤーネ。だから、お肉は小さく切り分けなさいって言ったでしょう」
リベルトとシモンヌの失礼な言葉も耳を素通りする。
『アヤカ様! 大変です。オリゲール様がお部屋の前にいらしてます! こちらに大至急いらしてください!』
オル様が?!
「おっ! るんん……」
「お? なんだ? おがどうした?」
「お! おっ、お腹が痛いからもう寝るね! はは、じゃあ、お休み!」
「「「大丈夫? アヤーネ?」」」
みんなの心配そうな声を背中に私は走り出した。
自分の寮の部屋に戻りアヤカに変身、ミリアさんの目の前に転移すると目に見えてホッとした表情になった。
「突然、すまない。いよいよ一週間後に出発することになった。アヤカとしばらく会えなくなるから、顔を見に来たんだ」
部屋に招き入れたオル様はソファに座るなりそう言った。
おお、待ってましたよ、その話題。
意を決して隣に座る麗しいオル様に顔を向ける。
「オル様と会えないなんて、寂しくて我慢できません。ですから、私」
「アヤカも僕と同じように寂しく思ってくれるんだね。」
「ええ、もちろんです。じつは、」
「でも、そう思ってくれるのが今の僕の一番の活力になるよ。アヤカがこの王宮で僕の帰りを待っててくれる。そう思うと、なにがなんでも帰ってこなきゃって思うから」
え?
「君が安全な王宮にいることで僕も安心して討伐に出発できるよ。だからこの王宮で僕の帰りを待っていてくれ。必ず、アヤカのもとへ帰ってくるから」
「うん。あの……オル様。私ここで待ってるから。き、気を付けて行ってきてね」
い、言えない……。
私の言葉にオル様は安心したように微笑むと、素早く目隠しの結界を張り私の唇にソッとキスをした。
「僕の事を忘れないおまじないだよ」
き、キス!
し、心臓が止まる!
忘れる前に、歓喜のあまり天国に召されそうです!
「アヤカ様、今度はマサキ様がいらっしゃいましたが、いかがいたしましょう?」
へ?
いつの間にかオル様の姿は消えていた。
私が天国に召されそうになっているときに帰ったようだ。
そして今度はマー君?
「アヤカ、くつろいでいるところ悪い。アヤカに話しておきたい事があって」
ソファに座り膝の上に置かれた握り拳をジッと見つめているマー君。
何だろう? なんか、緊張してる?
あ、そうだ、マー君に討伐メンバーとして潜り込めるように協力してもらうのはどうだろう?
オル様にバレないようにこっそりと。
「あ、あのマー君、」
「アヤカ、好きだ。俺は、アヤカの事が好きだ」
え? な、なに? 今なんて言ったの?
「オリゲールさんとの噂も知っている。でもアヤカの口から聞きたい」
「えっと、それは、」
「待ってくれ、今は言わないでくれ」
え? 言っちゃだめ?
「もうすぐ討伐軍として出動する。アヤカの返事は俺がこの王宮に帰還してから聞きたい。アヤカの返事を聞くために俺はどんなにボロボロになろうとも帰ってくるから。じゃあ、おやすみ」
え? ええ? 好き?
マー君が、私を?
「アヤカ様、次はレイモンド殿下がお越しです」
うっそ!
「アヤカ、入るよ。もう知ってるかもしれないけど、一週間後に討伐軍が出動する。僕も司令官として従軍するつもりだ。アヤカとオル兄のことは知ってるが、オル兄よりもいい男になって帰ってくるよ。だから僕にもチャンスをくれないか? 帰ってきたら改めてアヤカに僕の気持ちをぶつける。そのために必ず帰ってくるから待っててくれ。じゃあ、ゆっくり休んでくれ」
な、なに? いったいなにが起こっているの?
一生分のモテ期が来たの?
わかったことは、討伐メンバーに私は入れてもらえないということだ。
だって、この王宮に私がいることが彼らの心の拠り所ならアヤカはこの王宮から出てはいけないのだ。
作戦、変更!
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