第40話 今度はアヤーネ誘拐事件?

 グーッ

 あーお腹が空いた……。


 まどろみの中、何気なくお腹をさすると早く何か食べさせろといわんばかりに主張する腹の虫。


 あれ?  なんでこんなにお腹すいてるんだろう?

 お披露目会でオル様と一緒に、ちゃんと夕飯は食べたはずなのに。

 そこまで考えて、ハッとして体を起こした。


「「「アヤカ様!!! 」」」


 突然叫ばれた自分の名前にビックリして声の方を見ると、ミリアさん、リタさん、悪阻で休職中のはずだったターニャさんが涙でグチャグチャの顔をしてこちらを見ているではないか。

 あまりに鬼気迫るその形相に「ひぃー」と変な声を出してしまった私は悪くないと思う。


 どうやら私は、昨日倒れてから翌日の朝までずっと寝ていたらしい。

 お腹を満たし、お風呂に入り、身支度を整えた後は怒涛の面会合戦が始まった。

 入れ替わり立ち替わり、いろんな人が私の部屋に足を踏み入れる。

 オル様とレイ様、マー君はもちろんのこと、最後は国王様と王妃様まで連れ立って現れた時は私の失踪がいかに大事件として騒がれていたのかが思い知らされた。


 そして、一旦部屋を後にしたオル様が、再度私の部屋に来てくれた。

 ガンちゃんを後ろに従えている。


「アヤカ、大丈夫か? 疲れてないか?」


 心配そうに私の頬をそっと指で撫でるオル様は相変わらず麗しく、綺麗なサファイア色の瞳から視線を外せなくなる。

 ああ、この人の元に帰ってこれて良かった。


「大丈夫です。ご心配を、おかけて申し訳ありません」


 頬に触れているオル様の手にそっと自分の手を重ねると安心させるように微笑んだ。

 途端に、オル様は『うっ』と声を漏らすと私の頭を自分の胸元に引き寄せた。


「アヤカ、それは反則だ」


 いやいや、オル様の方が反則です。

 私の心臓を止める気ですか? それにしても良い香りだ。

 オル様の麗しい香りを胸いっぱいに吸い込みながらオル様の顔を見上げると、お互いに見つめあったまま動けなくなる。

 やばい、本当にこのまま心臓が止まるかも。


「こほん! お二人とも、健全な距離を保ってください。宰相のサムネル様からもきつく申し付かっておりますので。お二人はご婚約されているわけではありません。オリゲール様、アヤカ様の評判に傷がつくような行動はお控えください」


 ミリアさんのその一言にハッとしてぱっと離れた。

 忘れてた、侍女さんチームの存在を……。


「うっ、サムネル様の差し金か。アヤカ、今は月読みの聖者の神託とランディル侯爵のことで城中大騒ぎだ。僕もそれに関して調査をしなくてはならない。当分忙しくなるから会いにこれなくなる」


 月読みの聖者の神託か……。

 目が覚めてからミリアさん達から聞いたけど、いよいよ悪鬼王討伐が始まるってことだよね。

 私も討伐に行く気満々ですよ。


「あの、オル様、私、」そう私が言葉を口にするのと同時にオル様が、口を開いた。


「だから、岩ちゃんをアヤカの護衛に置いておくよ。岩ちゃんはハイパーゴーレムだからね。アヤカの言うことを理解して行動するだろう。一日一回、胸に埋め込んである魔石にアヤカの魔力を流して欲しい」


 岩ちゃんの頭を撫でながら私の前に押し出すオル様。

 キラキラした目で私をみる岩ちゃんがあまりにも可愛くてへにゃりと笑顔になる。

 そんな私を見てオル様は安心したように引き上げていった。


 そういえば、私が討伐の一員であることを言いそびれてしまった。

 まあ、良いか。

 またあった時にでも言おう。


 それから私は、せっかく両想いになったオル様との甘い時間など無く、事件の後始末に追われることとなった。


 オル様は月読みの聖者が受け取った神託、マー君はランディル公爵の足取りを調査し、レイ様は魔族のベロニカ王女とビビアナ様の調査のため、動いているという。


 ベロニカ王女とビビアナ様が今回の誘拐事件に何らかの形で関与している疑いがあるようだ。

 そう聞くと、ビビアナ様の挑発的な態度も頷ける。

 もしかして何者かに操られていた?

 出会った時のビビアナ様とずいぶんと印象が違ったのもそのせいだろうか?



 だいたいの事件のあらましは、セシリアさんとエヴァさんから聞いていると言うことで私は特に聞かれることはなかった。

 多分、これ以上精神的な負担をかけないよう配慮してくれたようだ。

 ひとしきりセシリアさんとエヴァさんとの再会を喜び、二人の身の安全を考えてこの王宮に留まって貰う事を提案。

 そして、彼女達の申し出で騎士団の食堂で働いて貰うことになった。


 精神年齢が6歳に戻ってしまったメリンダ様は、早急に母親へ連絡をし、迎えに来てもらうことに。


 目覚めてからバタバタと奔走していてやっと一息着いたのは、夕食後だった。

 自室のリビングで、ゆっくりとお茶を飲んでいるところにノックの音。


 こんな時間に誰だろう?

 何だか廊下が騒がしいような?


 ドア越しに対応していたミリアさんが、慌てた様子で引き返してきた。


「大変です、アヤカ様! 騎士団のデンナー隊長とリベルトさん達がアヤカ様に会ってお話を聞きたいとお見えです」


 そこまでミリアさんが言い切る前に、ディランさんやリタさんの制止を振り切り、デンナー隊長達がドヤドヤとなだれ込んできた。


 リベルト! それにシモンヌ、カミラ、シャーリーも!

 会いたかったよ。


「アヤカ様、ご無礼を承知で参りました。私は騎士団第三部隊、隊長のダミアン・デンナーと申します。お目通りの申請を出しましたが、今日はもう時間がないと宰相殿に取り合って貰えませんでした。ですが、私の部下の生死に関わること、いても経ってもいられずこうして押しかけてきた次第です。どうか、罰は後ほど受けますのでお聞きしたい事があります」


 デンナー隊長の思いつめた表情に胸が詰まった。


「な、何でしょうか?」


 私の言葉を聞いた途端にリベルト達が矢継ぎ早に口を開く。


「アヤカ様、あなたと一緒にアヤーネという俺達と同じ新人騎士が行動を共にしていたと思いますが、彼女はどうなりましたか? あなたと一緒にこの王宮に駆け込んできたメリンダ様が途中まではアヤーネと馬に乗っていたと証言しています」


「私達の大切な仲間なんです! あなたを助けるのに尽力したはずです。」


「愛し子様の方が尊い存在で、一介の新人騎士のことなど偉い人達は気にもしないようですわね。でも、アヤーネは私達の友達なんです。私達にとっては、あなたよりも大切な存在なんです」


「アヤカ様が無事に帰ってきたのに、アヤーネが帰って来ないのはおかしいです。あなたを助けるために、危険な目にあっているのかもしれない。それなのに、自分だけのほほんとくつろいでいるなんて! あなたの身代わりでアヤーネが連れ去られた可能性だってあるのに!」


 げっ! 今度はアヤーネ誘拐事件勃発か?!


「おい、カミラやめろ。ここには、アヤカ様を責めるつもりで来たわけではないだろう? アヤーネの安否の確認と、もしどこかに拉致されたのなら、救出に向かうためだ。アヤカ様、申し訳ない。アヤーネは私にとっても大事な部下、あなたが誘拐された時の状況と、脱出時の方法と経路を教えてもらえませんか? 我々は今から、アヤーネを救出に向かいます」


 ぎょぎょっ!

 ま、まずいことになった。

 あまりの忙しさに、アヤーネの事をすっかり忘れていた。

 それにしても……みんな……。

 みんながアヤーネを想ってくれる気持ちに、胸の中がじんわりと熱くなる。

 そう思いながら口を開きかけたところで、またドアの外がガヤガヤとしだした。

 ん? 今度はなんだ?


「ア、アヤカ様! ヘンドリック殿下と、側近の方々がお見えになりました」


 げっ、今度はヘンドリック王子か。

 ってか、もう入ってきてるし……


「アヤカ! 夜分にすまない。どうしても今日中に確認しておきたいことがあってきてしまった。アヤカの警護をしていたアヤーネという新人騎士の行方を捜している。知ってることを話してほしい。どちらにしても、我々は今からアヤーネのところに向かうつもりだ」


 えっ、ヘンドリック殿下たちもですか?

 いやいや一国の王子様が、たかが新人騎士のために出動するとかおかしいでしょう?

 そんなことされたら国際問題だってば。

 もう、これは転移でアヤーネの部屋に飛ぶしかないな。

 アヤカ、アヤーネ入れ替わり作戦決行しますか。


「あの、アヤーネさん。もう自分の部屋にいると思いますよ。もしかして疲れて寝ているのかしら?」


「「「「えっ?!」」」






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