第三章 討伐編

第1話 いよいよ出動

 いよいよ明日、悪鬼王討伐隊が出動する。

 今日までの間に準備は万全だ。

 旅にかかる費用も完璧。

 ミリアさんから、ちょくちょくいろんな言い訳をしてお小遣いをもらい、それをギルドのアヤーネの口座に貯蓄したからね。

 

 オル様やマー君、レイ様はもちろん、ミリアさん達アシストレンジャーの皆さんにも私の計画は露見することなく、計画通りに事が運んでいる。


 明日はオル様達討伐隊を見送った後、深夜に神殿に行ってマリア様とエバ様に出発の挨拶をしなくちゃ。

 それから、夜が明ける前に王宮を出る予定。

 後で厩にいるネージュの様子も見に行かなくちゃ。


 私ったら、もしかして知能犯?

 完全犯罪、目前です。


 意外なことに、新人騎士の中からカミラとシャーリーがそれぞれビビアナ様とサーヤ様の護衛として討伐隊に参加することになった。


 ビビアナ様は愛し子誘拐事件にかかわっていたことが発覚したため、この討伐隊に同行の上、途中にある魔族の国、ライバン国へと送り届けることになったのだ。

 王女である、ベロニカ様も一緒に。


 まあ、ベロニカ様はこの事件に無関係だとわかったんだけどね。

 むしろ被害者。だってビビアナ様に一服盛られて私の控室の前で倒れるように画策されていたわけ。


 ビビアナ様はお披露目会で接触してきたランディル侯爵に『あなたの憂いを払拭してあげましょう』と言われて私の誘拐に手を貸したのだ。

 これもね、被害者と言えば、ビビアナ様もある意味そう。

 ライバン国から連れてきた自分の侍女の裏切りで操られていたことが分かったのだ。


 ビビアナ様の侍女は、毎晩ビビアナ様の寝室で安眠のためのお香と称して瘴気魔石から出る瘴気の煙を吸わせていたらしい。

 あの瘴気魔石を火にかけると、瘴気の煙が立ち上りそれを吸いこんだ人間は自分の中の欲望や悪意が増長されることが分かった。


 つまり、獣鬼に咬まれて瘴気が血管を通って体内に回ると悪鬼という化け物になり、煙となった瘴気を吸い込むと精神が悪に染まるということだ。


 ただ、件の侍女がどこからこの瘴気魔石を手に入れたのかが不明のまま。

 誘拐事件にランディル侯爵が関係していることは明白だが、この侍女との接点はないということだ。

 それを踏まえると、他の誰かが関係しているってことになる。

 そこのところを追求しようにも、尋問した騎士の目の前で突然苦しみだしてそのまま死亡してしまったらしい。


 そんな背景を考慮して、ビビアナ様はこのターマス国で裁きはせず、ライバン国に送り届ける任務をカミラが担当となった。


 そして、シャーリーはジャイナス国の聖女、サーヤ様のわがままが炸裂した結果、護衛として同行となったのだ。

 聖女様ったら、『そんな怖いところには行きたくないわ! 浄化なら神殿の巫女たちだってできるし、愛し子のアヤカ様だってできるじゃない!』と、のたまったらしい。

 ああ、その場に私がいたらもろ手を挙げて賛成したのに残念だ。


 まあ、サーヤ様にしてみれば、勝手に召喚されて危険な任務を負わされるなんて、やってられないよね。


 その気持ちはとってもわかるよ。

 できるなら代わってあげたいくらいだよ。


 ジャイナス国のヘンドリック殿下と側近のルドルフ様、エミリオ様が『聖女』の重要性と必要性を説き、オル様やマー君、レイ様にも頭を下げてお願いされてようやく機嫌が上昇したようだ。


 結果、自分の護衛にお披露目会でも一緒だったシャーリーをご指名し、オル様と同じ馬車に乗車を条件に承諾したというわけ。


 オル様と一緒の馬車なんて、どーゆーこっちゃ?

 今まで、オル様の塩対応にサーヤ様は近寄ることもなかったのに、麗しい微笑みを目にしてすっかり魅了されてしまったようだ。


 わかるよ、すごーく、わかる。

 だってオル様の微笑みは宝石箱をひっくり返したようにキラキラしているものね。

 その瞳の中に吸い込まれてしまうような錯覚さえ覚えちゃうもの。

 だが、しかーし! とってもモヤモヤする。

 せっかく両思いになったオル様と離れ離れにならなきゃいけないうえに他の女性の接近を許すなんて……。


 オル様に渡す予定のお守りには私の思いのありったけを込めて作成したのは言うまでもない。

 怨念張りの愛が詰まっているのだ。




 **************




 悪鬼王討伐隊が王宮の正門前に整列している中、私はアヤカとして見送りをする。

 国王陛下の激励の言葉が終わったのを皮切りに、お見送りに来た人たちはそれぞれに声をかける。


「オル様、マー君、レイ様。これはお守りです。無事を祈って私が作りました。肌身離さず持っていてください」


 そう言いながら私はお守りを三人に差し出した。


「これを、アヤカが? うれしいな、ありがとう。僕が帰ってくるまでここで待っててくれ。毎日、アヤカのことを思っているよ」


 オル様の笑顔がまぶしすぎて胸がキュンとする。


「おう! お守りだ。ちゃんと漢字で『守』って刺繍してあるんだ。ご利益がありそうだ。俺、アヤカの返事を聞くためにちゃんと帰って来るから、待っててくれな」


 マー君の優しい笑顔に胸が痛い。


「わあ、ありがとう。アヤカに男として見てもらえるように自分のベストを尽くしてくるよ。チャンスをもらうために帰ってくるから」


 レイ様の照れたような笑顔にさらに胸が痛くなる。


 そして、サーヤ様の手を取りながら馬車に乗り込むオル様の後ろ姿に涙がこみ上げる。

 途中、サーヤ様が私を振り返り、勝ち誇ったようにニヤリと笑った顔を見たとたん涙は引っ込んだ。


 うううっ、オル様はあなたの色仕掛けなんかに引っかからないんだからね!


 くううっ! 泣いてるばやいじゃないぞ自分!

 やるべきことに集中だ!


 勇者、聖女、王族の第一陣が門から出ていくのを見送った私は大急ぎで物陰に隠れてアヤーネに変身する。

 今度はカミラとシャーリーを見送るために正門まで走る。


「おーい! アヤーネ遅いぞ! ほら、カミラとシャーリーが出発するぞ!」


「もう、こんな日に寝坊するなんてアヤーネらしいですわね」


 リベルトとシモンヌの声に慌てて声を張り上げる。


「ま、まって! カミラ! シャーリー! これ、守護の魔石。革紐通してネックレスにしてあるからもらって」


「「アヤーネ! ありがとう! 行ってきます!」」


「「「行ってらっしゃい! 頑張って!」」」


 ああ、行っちゃった。

 討伐隊を見送って、しばしの間放心状態だ。


「おい、アヤーネ、大丈夫か? 腹でも減ったか?」


「あら、寝坊したから朝ごはんを食べ損ねたのね?」


「もう、違うって。行っちゃったなって思って……。でも、これからだから」


 そう、これからだ。

 まだなにも始まってないのだ。

 今から私がこの世界に来た意義を、この世界で生きていく場所を、この両手にしっかりと掴みに行くよ。

 さあ、今日は忙しいぞ。

 深夜に女神様達に会いに行って、夜明け前に出発だ。


「あ! やっぱりお腹すいた! リベルト、シモンヌ、食堂に行こう!」


「「えー!」」

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