第38話 愛し子誘拐事件 王宮side ①
「まだか?! まだアヤカ様は見つからないのか?!」
騎士団の団長室にマシュー・スマイスの声が鳴り響く。
お披露目会お開き後、招待客の見送りの途中で忽然と姿を消した名付けの愛し子、アヤカ・レミリン・ティナドール。
アヤカ様の為に用意された休憩室には、専属侍女のリタ・マイトーナが何者かに襲撃され気を失っていた。
その報告を受けて王宮騎士団、王宮魔導師団共に厳戒態勢で愛し子のアヤカ様を捜索しているが未だに見つからない。
もちろんアヤカ様の従兄弟であるマサキも第一部隊の騎士達とこの夜の街をくまなく探し回っている。
魔導師団長のオリゲールはアヤカ様がいなくなってから単独で捜索しているが結果は思わしくない。
そんな時、騎士団の新人騎士からお披露目会でアヤカ様の警護を担当した新人騎士まで行方が分からないと連絡が入った。
まさかその新人騎士がこの誘拐事件を手引きしたのでは?
その可能性が捨てきれない現実にマシューは、いきり立ち新人騎士育成を担当している第三部隊、隊長のダミアン・デンナーを呼び出した。
「アヤカ様の警護担当はアヤーネです。まさか彼女がアヤカ様の誘拐を手引きしたなんてありえません!」
そういう、ダミアンにマシューは鋭い視線を向ける。
「ほう、なぜあり得ないと決めつける?」
マシューの凍るような声に怯むことなくダミアンは真っ直ぐ見つめ返す。
「アヤーネがアヤカ様を誘拐する動機もありませんし、彼女は正義感の強い立派な騎士です。アヤーネがアヤカ様と共にいなくなったということはアヤカ様の救出のため動いているとしか思えません!」
新人騎士の育成において右に出る者はいないと言われている人格者のダミアン・デンナー隊長。
その男がここまで自信をもって進言するなら信用しても良いのでは?
そうマシューが考えていると、誰かが慌ててドアをノックする音が響いた。
「入れ」
「マシュー団長、魔導師団長のオリゲール様から連絡がありました。王宮の裏門を出たマレの森でお披露目会で演奏をしていた音楽団が何者かに襲われたそうです」
「音楽団が? これから行く、ダミアンも第三部隊を出動させてくれ」
「わかりました。第三部隊、第一班を向かわせます」
**************
「マシュー団長、どうやらこの音楽団の生存者はいないようです」
騎士団第三部隊の隊員が駆け足でマシューへと報告をしにきた。
普段は夜の静寂に包まれているであろう王宮の裏手に位置するマレの森。
今は壮絶な死闘が繰り広げられたと思われる現場を遺体の身元や所持品を捜査するのに騎士達が行き交っている。
その様子を見ながらオリゲールは形良い眉をひそめた。
魔導師団長という肩書きを持つ彼は膨大な魔力量と繊細な魔力操作に長け、アヤカの姿が消えた時からアヤカの魔力の残渣を追っていた。
そしてこの音楽団に行き着いたが、ここからぱったりとアヤカの魔力残渣が無くなっている。
「アヤカ……必ず探し出すから待っててくれ」
ギュッと手を握りしめてそう呟くオリゲール。
アヤカへの愛情が込められた切なげな声にマシューは力強い視線を向ける。
「オリゲール殿、我々騎士団も全精力をあげ捜索する」
マシューのこの言葉にオリゲールは頷きながら口を開いた。
「マシュー団長、この襲撃を見る限り、この音楽団は隠れ蓑にされたようだ。このチェロのケースからアヤカの魔力の残渣が微かにする。アヤカはこのケースに入れられて運び出されたようだ。見てくれ、このケース。不自然なほど大きい。人を入れて運ぶ用に作られたのだろう。しかもこの特注のケースには認識阻害の術がかけられている」
なるほど、王宮に出入りする人間は厳しくチェックされるが楽器まではさすがに調べない。
しかも認識阻害の術でこの大きさが特に怪しいとは思われなかったと言うことか。
「この認識阻害の術に邪魔され、アヤカの魔力残渣を辿るのに時間がかかってしまった。この状況からわかることは、この場所からまた別な者に連れ去られていると言うことだ。ここでアヤカの魔力残渣が完全にかき消えている事から恐らく、魔力封じの魔道具をこの場でつけられたのだろう」
魔力残渣が完全に消えている現状にオリゲールはくやしそうに両手を握り締めた。
アヤカの魔力残渣から追跡をする道が断たれてしまったのだ。
自分の魔力と寄り添うようにリンクするアヤカの優しい魔力。
その魔力を感じられないことに空虚感が広がる。
そこへ第三部隊のダミアン・デンナー隊長から報告が舞い込む。
「マシュー団長、オリゲール殿、ここへくる前に神殿の方で気になる情報が。月読みの聖者が神託を受けたようです」
「神託? それがアヤカの誘拐と繋がりが?」
「繋がりがあるかは私にもはっきりとは断言出来ませんが、月読みの聖者によると、『二つの影の悪しき者現る。その者、主の花嫁の導者なり。今こそ悪しき者達を討つべし。そのための布石はすでにあり』だそうです」
「主の花嫁? まさか、アヤカがその花嫁に選ばれたと言うのか?」
オリゲールの低い怒りが伴った冷たい声にダミアンは視線をそらすことなく頷いた。
「ふっ、面白い。俺からアヤカを奪えると思うなんてとんだ愚か者だ。その悪しき者達、俺を敵に回したことを後悔させてやる」
普段は整いすぎた美貌の無表情がデフォルトのオリゲール。
その彼が自分の一人称を『俺』としたと言うことは、相当な怒りが心の中で荒れ狂っているに違いない。
敵にすると、とてつもなく恐ろしいが味方にとってはこれ以上ない頼もしい存在。
(ああ、これで悪しき者共の末路は決まったな)
マシューはそう心の中で呟き、静かに怒りの炎を燃やすオリゲールの横顔を見つめた。
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