第36話 はたして、ネージュに呼び笛の音は聞こえるか?
出来るだけ公爵家の屋敷から距離を取りたいが方向がわからない事に愕然とする。
思えば、今まで王宮から出たことがないからね。
地理的にここがどこなのかわからないな。
やばいな、あと数時間ほどで出かけているランディル公爵達も戻ってくるはずだ。
私達がいなくなったと知ったら必ず追いかけてくるだろう。
セシリアさん達は今頃どこらへんだろう?
「どうしたの? アヤーネ?」
屋敷の外に出たは良いが動かない私に、メリンダ様が腕の中から見上げる。
精神が幼くなったメリンダ様に心配させないように、私はにっこりと笑いかけた。
「えっと、どちらの方向に行こうかな~って考えてるんです。決して帰り道がわからない訳ではありませんから安心して下さい」
「うん、アヤーネといると安心する。でも王宮に行くなら裏門から出るのよ」
「そ、そうなんですね。もしかしてメリンダ様は王宮への道を知ってます?」
「うん。お父様に連れられて行ったことがあるわ。王子様に会いに。本当はね、王子様に会えるのは6歳のお誕生日を過ぎた子なのよ。でもね、お父様が特別に会えるようにしてくれみたいなの」
メリンダ様の話を要約すると、どうやら王子様のお茶会に招待されるのは6歳を過ぎたマナーをお勉強した子達のようだ。
そこに父親が公爵家の権力を駆使してまだ5歳のメリンダ様を無理やり参加させていたらしい。
周りは自分よりも大きな子ばかりなので、まだ5歳だったメリンダ様は居場所がなくて寂しかったようだ。
「あのね、メリンダはメリンダを好きになってくれる人と結婚したいの。でも公爵令嬢はそれではダメってお父様が言うの。王子様と仲良くならないといけないって。王子様に話しかけないとお家に帰ってからお母様がお父様に怒られちゃうの。だからね、わたし、一生懸命王子様に話しかけなきゃいけないの」
あのオヤジ、6歳の娘に政略結婚を強要するとはなんて奴だ。
メリンダ様の道案内で裏門から出てズンズンと歩き始めた。
「メリンダ様はお母様が大好きなんですね。王子様って言うのはね、メリンダ様の事を大事にしてくれて、メリンダ様もその方のことを好きだと思うならその方がメリンダ様だけの王子様なんですよ」
「メリンダだけの王子様? すてきね。早く会えると良いな」
なぜか精神年齢6歳のメリンダ様と、理想の男性像について談義をしながら歩き続けること10分。
メリンダ様の理想の高さに嫁に行けるか心配になったところで一旦止まる。
周りを見ると遠くに大きなお屋敷が二軒ほどあった。
いずれも敷地と思われる範囲がものすごい広い。
それを見て思ったんだけど、もしかしてここってまだランディル公爵家の敷地内?
だってこれまで誰にも会ってないものね。
個人の敷地内だとしたらそれもありえる。
さて、ここらで呼び笛を吹いてネージュを呼びますか。
「アヤーネ、それなあに?」
ネージュの呼び笛を吹く私を見上げメリンダ様が首を傾げる。
「これはね、呼び笛よ。私の馬がこの笛の音を聞いて私の元へ来てくれるのよ」
「呼び笛? でもなんの音も出てないみたいよ?」
うん、そ、そうだね。
でも、犬笛だっけ? 犬しかわからない波長の音で呼ぶんだよね?
あれ? 馬って耳が良いんだっけ?
いや、でもヘンドリック様がこれをくれた時、私の魔力に反応して駆けつけるって言ってたよね?
うーん
なんだか不安になってきた。
それにここって王宮からどれくらいの距離があるんだろう?
一応ここって王都だよね?
「ねえ、メリンダ様。ここから王宮までって、どの位距離があるのかわかりますか?」
「きょり?」
あ、6歳児には難しいか。
「えっと、メリンダ様が王宮に行ったときって、朝ご飯を食べてからお屋敷を出て着くのはお昼ごろですか? それともお昼よりずっと前ですか?」
「うん? あのね、朝ご飯を食べてドレスに着替えてから馬車に乗るの。いつもドレスに着替えるのに時間がかかるのよ。そしてお昼ご飯は王宮で食べるの」
うーん
ドレスに着替えるのにいったいどれくらいの時間がかかるんだい?
想像もつかないぞ。
でもお昼には着くのか……。
「でもあまり食べちゃいけないってお父様に言われているから、メリンダはサンドイッチを一切れしか食べないの」
「そうですか。では王宮についたらたくさんサンドイッチを作ってもらって食べましょうね」
「え? いいの? メリンダね、王宮で出るサンドイッチ大好き」
キラキラと目を輝かせながらお喋りをするメリンダ様はとても可愛い。
本来ならこんなに素直で良い子なんだ。
メリンダ様との会話から推測するに王宮までは多く見積もって2時間圏内ってところか。
結構距離があるな。
これってもし、ネージュが来てくれなかったどうなっちゃうんだろう?
立ち止まっていてもしょうがないので、呼び笛を吹きながら歩き出す。
程なくすると、周りの景色が開けてきた。
今までは閑静な高級住宅街の様だったのが、人々が行き交う賑やかな街並みに脚を踏み入れる。
わぁ! 王都の街だ!
初めて見る異世界の街並みにテンションが上がる。
腕の中でメリンダ様もキョロキョロと周りを見渡す。
あ、なんか私達目立ってる?
騎士団の制服でいかにもご令嬢を抱っこしてる女は確かに目立つか。
素早く自分達に認識阻害の術を施し、興味津々の視線から隠れる。
「アヤーネ、下ろして。メリンダはもう6歳だから自分で歩かないと笑われちゃうの」
あら、先程の周りの視線が気になっちゃったかな?
「メリンダ様は怪我が治ったばかりなので自分で歩かなくても笑う者などいませんよ」
「うん……あのね、いつもこの道を馬車で通るだけだから歩いてみたいの。ダメかしら?」
美少女の上目遣いのおねだりには勝てませんわな。
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