第35話 可愛いメリンダ様と可愛くない悪党3人組

 どうやら受け入れがたい現実に、メリンダ様の脳は時間を巻き戻したようだ。


 それなら、その方が良い。

 こんな残酷な現実は、忘れてしまうに限る。


「メリンダ様、怪我の状態を見ますね。包帯を外すので少し目を閉じていて下さい」


 コクンと頷き、目を閉じるメリンダ様。

 幼少期は、とても素直な女の子だったようだ。


 素早くメリンダ様の全身に手をかざし、万能タブレットを起動する。

 どのくらい瘴気に蝕まれているだろうか?


 この数日で浄化出来ないほど、闇落ちが進んでいたらどうしよう……。

 ドキドキしながら、分析結果を待つ。


 大丈夫だ、まだ間に合う。

 幸いにも両手足に埋め込まれている魔石が瘴気を吸収して、全身に瘴気が回るのを防いでいるようだ。


 今回ばかりは魔石が埋め込まれていて助かったってことか。


 瘴気浄化ポーションと癒やしの力を駆使して魔石を取り出し、メリンダ様の全身を浄化する。


 最後に、万能タブレットで完全に浄化されたか確認。

 良かった。 成功だ。


 さぁ、ランディル公爵たちが戻ってくる前にここから逃げなきゃ。


 さきほどまで包帯が巻かれていた箇所に何の傷跡も見当たらないことにメリンダ様は、キョトンとした顔をして私を見上げた。


 ふふふ、可愛い。


「メリンダ様、ここから外に出ますよ。立てますか?」


 私がそう言うと、メリンダ様は首を横に振った。


「あのね。メリンダが使用人と仲良くすると、公爵令嬢らしくないとお父様に怒られるの。それでね、メリンダが公爵令嬢らしくしないと、お父様はお母様にも怒るの。自分が怒られるだけなら良いんだけど、お母様が怒られるのはいやなの。だからアヤーネとは、お出かけ出来ないの。ごめんなさい」


 眉毛を下げてしょんぼりするメリンダ様が、ただひたすら可哀想で胸がギュッと押しつぶされるようだ。


 そうか、幼いメリンダ様は父親から公爵令嬢らしくしないと怒られるのを回避するためと、自分の態度で母親が父親から責められるのを回避するために高飛車になっていったんだ。


「メリンダ様、私はこのお屋敷の使用人ではありません。王宮騎士団の騎士です。メリンダ様のお母様の命により、あなたを迎えに来ました。ひとまず、王宮へお連れします。どうぞこの手を、お取り下さい」


 そう言いながら手を差し出すと、メリンダ様は嬉しそうに自分の手を乗せた。

 きっと母親のことが、大好きなんだね。





 メリンダ様の手を取り、立たせるとすぐにフラついた。

 どうやらずっと寝ていたせいで、足腰の筋力が衰えてるようだ。

 うーん、これは逃げるときに下にいる見張り達に見つかると厄介だな。

 こうなったら先に下にいる見張りの3人を、再起不能にしましょうかね。


「メリンダ様、少しこの部屋で待っていて下さい。お出かけの準備をして来ますので。くれぐれもこの部屋から出ないで下さいね」


 メリンダ様にそう言い聞かせて部屋を後にすると、ちょうど下から階段を上がって来る足音が聞こえてきた。


「おーい、ジャンとリック。おまえ達にも酒持ってきてやったぞ。旦那達が帰ってくるにはまだ間がある。どうせ愛し子様はその部屋から出れないからな」


 あはは、出てますけどなにか?


 どうやら、下っ端の男達に差し入れを持ってきたようだ。

 階段を上がりきったところで、私が廊下に立っていることに男が気づいた。

 人間、予想外の事を目にすると思考が停止するみたいね。

 愛し子とはまた別の青い髪の女がいたらそりゃ驚くか。


 ポカンと、口を開けてこちらを見るガタイの良い男に、にっこりと笑いかけて訓練用の剣でお腹をツンと一付きするとそのまま階段を転げ落ちていった。


 ガタガタ、ゴロゴロ、ガチャンと、男が転がり落ちる音と酒の瓶が割れる音に他の2人も何事かと駆けつけた。


「なんだ? おい! どうした?!」


「おい、おい、まさか酔っ払って階段踏み外したのか?」


 そう言いながら、階段下に倒れている男に近づく。

 一方、倒れている男は鼻血を出しながら必死に階段の上を指差す。


「上! 上を見ろ! 女がいる!」


 その声に、一斉にこちらに目を向ける男3人。


 あら、注目の的だわ。

 一旦こちらに視線を集めてから、一瞬で男達の後ろに転移。

 立っている2人の首に続けざまに剣を入れる。


 1人はあっけなく気を失ったが、もう1人は首の後ろを押さえながらものすごい形相で振り向いた。


 わお、見るからに悪人顔!

 やっぱり、下っ端よりもタフだね。


 殴りかかってくる相手の拳を俊敏の術でサッとかわし、重力増し増しの拳を相手の鳩尾に一発打ち込む。


 ドサッ


 はい、いっちょ上がり。


 あれ?

 ふと見ると、階段から転げ落ちた男がいなくなってる。

 そう思った瞬間、後ろから首に腕を回された。


 しまった! 油断した。

 完全に動きを封じられ、身動き出来ない。


「お嬢ちゃん。派手にやってくれちゃって。その剣、刃がつぶしてあるじゃねか。もしかして、人を殺したことないのかい? ははは、そんなあまちゃんが俺達に楯突こうなんて笑わせるなよ。ちょうど、女日照りが続いてたまってるとこだったんだ。俺達がたっぷり可愛がってから、なぶり殺してやるよ」


 男はそう言うと、あいてる方の手で私の胸を鷲掴みにした。


 ギャー!

 オル様にも触られたこと無いのに!

 許すまじ!


 私は自分の足に重力10倍増しの術をかけ、思いっきり奴の足を踏みつけた。

 グチャッという鈍い音と共に、男が足を押さえて転がり回った。


「痛って! 足が! 足が!」


 ああ、動かない方が良いのに。

 多分、骨がグッチャリつぶれてると思いますよ。

 さあ、拘束も無くなり自由になったので最後の仕上げにいきますか。


 メリンダ様を拘束していた首輪と長い鎖を使って、3人の男達を背中合わせに縛り上げて応接室の一角にある収納室に押し込める。

 最後に、乙女の胸を触った男の頬をビンタだ。


 もちろん、声が出ないように声帯に防音結界の膜も張り付け済み。


 そして、メリンダ様の部屋に戻った。


「アヤーネ、お出かけの準備はもう出来たの? わたしね、早くお母様に会いたい」


 私が部屋に入ると、メリンダ様が明るい声で言った。


 騙しているようで、ちょっと罪悪感だ。

 王宮についたら、すぐに離婚したというメリンダ様のお母様に連絡を取ろう。


 さて、ここからどうやって王宮まで帰ろう?

 私1人なら歩いてでも帰るとこだけど、歩くのもやっとのメリンダ様連れでは厳しいだろうな。


 厩にもう馬はいなかったし……。


 ランディル公爵達が戻って来るのを隠れて待って、隙を見て馬車を奪って逃げるのは?


 いや、万が一見つかったらせっかくのチャンスが水の泡だ。


 馬か……。


 そこまで考えて、ハッとした。

 そうだ、ネージュがいるじゃん!


 こう言うときに、呼び笛が役に立つ。


 そうと決まれば、この屋敷から少し距離を取ったところでネージュを呼ぼう。



「メリンダ様、とりあえず、このお屋敷から出て私の馬を呼びます。抱き上げるので落ちないように私の首に手を回して下さい」


 私は、メリンダ様に重力軽減の術をかけお姫様抱っこして屋敷を後にした。



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