第34話 瘴気魔石
叩かれたドアに向かって見張りの男達に声をかける。
「あの、スープをこぼしてしまったので別の物を持ってきてください」
「あ? 偉そうに何言ってやがる!」
そう言いながら部屋に入って来た2人の男。
私が部屋の中央で手錠も足枷もない状態で立っているのを見てポカンと口を開けた。
私はその隙に一口サイズの防音結界の玉を作り2人の半開きの口に放り込む。
男達の声帯に防音の膜を貼り付けたのだ。
声を出そうとしても出ない事に苛立った男達が必死の形相でこちらに剣を振りかざした。
すぐさま、男達の後ろに転移しながらブレスレットから普段使用している訓練用の剣を取り出した。
剣をそれぞれの首に叩き入れるとそのままドサッと倒れ気絶した。
その後は男2人をブレスレットから取り出した縄跳びで背中合わせに縛り上げ部屋に転がしておく。
念のため縄を解こうと動けば動くほどきつく体に食い込むように術をかけておきますか。
縄跳び、こんなところで活躍するとは想像もつかなかったよ。
部屋の隅で防御結界の中にいた侍女さん達のところにいくと目を見開いて驚き顔だった。
「あの、お二人のお名前を教えてください。あと、その悪鬼に咬まれたという怪我も見せてください」
そう声をかけると年上の侍女さんはセシリア、年下の侍女さんはエヴァと名乗った。
そして、2人の腕に巻かれた包帯をそっと外す。
え? これは何?
赤黒く腫れている傷口から見えるのは魔石?
もしかして腕に魔石が埋め込まれているの?
「これは魔石ですか? なぜ傷口に?」その私の問いに答えたのはセシリアさんだ。
「この魔石に体に入った瘴気を吸わせているのです」
魔石に瘴気を吸わせる?
セシリアさんの話によると、この屋敷の地下牢に悪鬼となった元使用人が繋がれていて、セシリアさんとエヴァさんを羽交い締めにした上で咬みつかせたという。
その後、悪鬼となった元使用人はランディル公爵に聖剣で心臓を突き抜かれこと切れたらしい。
この腕に埋め込まれた魔石の色が赤黒くなると取り出し、また新たな魔石を埋め込むという。
瘴気を魔石に吸わせている分、体全体に回るのを遅らせているがいずれは闇落ちして悪鬼となる。
人の体でなんてことを……。
これが瘴気魔石の正体か。
あの入団テストの時に使われた瘴気魔石はこうやって作られた物だったんだ。
セシリアさんの話を聞きながら手をかざすと万能タブレットが出現しどのくらい瘴気が体に回っているのか分析し始めた。
どうやら瘴気は傷口だけに留まっているようだ。
二人の埋め込まれた魔石を取り出し、瘴気浄化ポーションを使って浄化、傷跡も残さず治療を終える。
その間に得た情報を頭の中で整理する。
ここは王都にあるランディル侯爵家のタウンハウスのようだ。
統治している領地は王都から比較的に近い所にあり、一時期農作物の不足で貧困に陥ったが、領地の山から魔石が発掘されたそうだ。
これで貧困から脱することが出来ると思ったが、ランディル公爵はそれを領民に還元することなく発掘された魔石を売りさばき私腹を肥やしたそうだ。奥様が領民が飢えに苦しんでいる事を訴えたが聞く耳を持たず、逆にそんな奥様と離縁し追い出したと。
日頃からメリンダ様の教育に関して意見が合わず、なにかと対立していたと言うことから離婚も時間の問題だったようだ。
それから、ランディル公爵領では人が忽然と消える事件が多発したという。
セシリアさんとエヴァさんはもともとランディル公爵領のお屋敷で働いていたが、同僚や知人がいなくたった事から怖くなり、王都のお屋敷に異動の希望を出したらしい。
そして、ここに来てみたらもっとひどい状態になっていたというわけだ。
この屋敷の使用人は自分達しかおらず、ご令嬢であるメリンダ様は自室でベットに鎖で繋がれている現状を目の当たりにした。
なんでも『主様』の花嫁候補にもなれない娘には価値はないと悪鬼の餌食にされたという。
昨日まではメリンダ様のお世話をするのに部屋への出入りを許可されていたが今日は部屋に近づくことも許されず、どうやらこのまま放置で完全に悪鬼になるのを待ち打ち捨てるつもりではないかとセシリアさんは語った。
実の娘に何てことを……。
あいつだけは絶対に許さない。
その上、当主が愛し子誘拐を目論んでいるのを知り恐ろしさに逃げ出したとたん、連れ戻され殴られたそうだ。
セシリアさんの頬が腫れ唇が切れていたのは年下のエヴァさんをかばったためのようだ。
「セシリアさん、エヴァさん、体に入った瘴気は浄化しました。これでもう大丈夫ですよ」
私の言葉にまるで悪鬼に噛まれた事実などなかったかのような腕をまじまじと見ながらセシリアさんとエヴァさんは泣きながら何度もお礼を言った。
どうやら体調も良くなったようで顔色も健康そうだ。
セシリアさんの話だと、一階の応接室にいる見張りの男3人は愛し子の誘拐が成功したので酒盛りをしているようだ。
この部屋の見張りの男達は下っ端らしい。
どうりであっけなく気絶したわけね。
で、ランディル公爵と執事の2人は仲間を迎えに行ったとのこと。
どうやらそいつは魔族のようだ。
エヴァさんが前にちらりと見た時に片目の瞳の色がアメジストだったと言うことから間違いないだろう。
魔族か……。
やばいな私1人じゃ対抗出来ないかも。
戻って来る前にとんずらするとしましょう。
ランディル公爵は二頭立ての馬車で出かけているので厩には一頭の馬しかいないとのこと。
「セシリアさん、エヴァさん、馬には乗れますか?」
「はい、私は乗れます。実家の父が厩番だったので」そう言うセシリアさんに私はホッとした。
「では、セシリアさんとエヴァさんは二人乗りで王宮へ向かって下さい。ランディル公爵の悪事を王宮騎士団に訴え、応援を呼んで来て下さい」
「いえ、私達だけ逃げることは出来ません。愛し子様はどうなさるおつもりですか?」
「大丈夫です。実は私の護衛の者がすでにこの屋敷に待機していますのでご心配なく。それより、メリンダ様のお部屋を教えてください」
護衛と言うのは『アヤーネ』のことね。
つまり私。
このドレス姿じゃ動きずらいのでセシリアさん達と別行動したらアヤーネに変身するつもりだ。
誰にも見つからず厩までたどり着くことができてほっとした。
無事にセシリアさんとエヴァさんが屋敷から出るのを見届けてからアヤーネに変身する。
セシリアさんに教えてもらったメリンダ様の部屋に行くと、ドアノブが鎖で固定され南京錠がされていた。
セシリアさんの言った通り、メリンダ様をこのまま見殺しにするつもりだったようだ。
難なく南京錠を壊し中に入ると何とも言えないすえた臭いが鼻についた。
薄暗い部屋の中、首輪からのびた鎖がベットヘッドに固定された状態で横たわる少女がいた。
これはひどい。
鎖で繋がれているためトイレにも行けない状態だ。
それにしてもあれがメリンダ様?
前に会ったときの気の強い面影は全くない。
やせ細った手足にこけた頬、元は綺麗な水色の髪の毛の艶はなくなり顔色も青白い。
「あなたは誰?」
私の姿を見ながら上体を起こしたメリンダ様。
首輪から伸びる鎖がジャラリと音を立てた。
弱々しいメリンダ様の声に胸が詰まる。
確かまだ10代前半だったはず。
日本で言うと中学生だ。
全身を確認すると、両手足に包帯が巻かれていた。
きっと魔石が埋め込まれているのだろう。
「こんにちは。私はアヤーネと言います」
警戒されないように微笑みながら近づき、首輪を外しメリンダ様の拘束を解いた。
同時に清浄の術を発動してメリンダ様の体とベットを綺麗にする。
先ほどの不衛生な状態から一転して水色のワンピースも洗い立てのようにふんわりとし、髪の毛にも艶が戻ったようだ。
メリンダ様は私に向かってにっこりと笑顔になりながら口を開いた。
「あのね。明日はメリンダの6歳の誕生日なのよ。それでお母様と一緒におばあ様のお家に行くの。でも手と足に怪我をしているみたい。メリンダが起きてみたら包帯がしてあったの」
え? 6歳の誕生日?
「どうしてかしら? アヤーネは何か知ってる? そうだ、お母様を呼んで来てくれる?」
記憶が……後退してる?
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