第33話 初めての外出は楽しくない

 痛い。

 何だか頭がガンガンする。

 何でだろう?

 えっと、今日はお披露目会だったはず……。

 そうだ! 試供品の在庫を取りに休憩室に転移したら後ろから誰かに殴られたんだ!


 あの部屋にいたはずのリタさんはどうしたんだろう?

 無事だろうか?


 そこまで考えて、はっきりと目が覚めた。


 ここどこ?


 厚手のカーテンの隙間から入る一筋の光で今は夜では無いことがわかる。

 お披露目会は夕方から始まり夜遅くお開きになったはず。

 と、言うことは今は次の日?

 ドレスはお披露目会の時のままだ。


 はぁ、殴り倒された衝撃でイヤーカフが無くなってるよ。

 これじゃあ、ミリアさん達に連絡も取れないや。


 薄暗さに目が慣れてくると周りの様子がわかるようになった。


 私が寝かされているのはセミダブルくらいの大きさのベッドだ。


 部屋は広すぎず、狭すぎない、調度品は一目で高価な物だとわかる。

 どこかのお屋敷のゲストルームのような感じだ。


 だが、決してゲスト扱いされてない。

 その証拠に私の両手は後ろで手錠で拘束され、両足も足枷がされていた。

 なんとか上体を起こして状況を確認する。


 うう……。


 これって誘拐された?

 ああ、初めての外出が誘拐だなんて。


 それにしても誰に?


 周りに誰もいない状況に少しホッとする。

 だって目覚めたとたん極悪人達に囲まれていたら怖いものね。

 各国の要人が集まる警備厳重の会場から連れ出すなんてそうとう優秀な誘拐犯だ。


 いやいや、ここは感心している場合ではないか。

 とにかくここから逃げなきゃ。

 とりあえず、この手錠を壊さなきゃ。

 でも魔法が発動しない。


 それどころかこの手錠に魔力を吸い取られている感じがする。

 もしかしてこれって魔力封じの手錠?


 やばいなこの手錠と足枷をはずさなきゃ逃げられないぞ。

 これってどうやって外すんだろう?

 鍵でもあるのかな?

 後ろ手に拘束されているので手錠の形状が確認出来ないや。


 どうするか思案していると部屋のドアがガチャリと開いた。


「おや、お目覚めかい?」


 そう言いながら部屋に入ってきたのはランディル公爵だった。


「ランディル公爵…あなたが? いったい、なんの目的で私を誘拐したのですか?」


「君は我々の主様の花嫁候補なのだよ。喜ぶと良い、とても名誉なことだ」


 は? この状況で喜べるわけないだろが!

 って言うか、主様って誰やねん?

 ああ、もう、このおじさんの蛇みたいなにやけ顔が気色悪い。


「喜ぶわけ無いでしょう! 誘拐なんてする人の花嫁になるつもりはないです。この手錠を外して下さい!」


 そう叫びながら両手の手錠をガチャガチャと鳴らす。


「ふっ、その手錠は魔力封じの魔道具だ。両手の腕輪を外すには君のありったけの魔力を込めるしかない。まあ、外せたとしても魔力欠乏で丸一日立ち上がることも出来ないだろう。いずれにしてもここから逃げ出すことは無理と言うことだ。部屋の外には見張りもいるからな。今日の夜、主様のもとへ出発する。あとで侍女を寄越す。それまで大人しくしているんだな」


 そう言うと、ランディル公爵は部屋を出て行った。


 今日の夜、主様の所に行く?

 なにそれ。

 私が大人しくついていくと思ってるわけ?


 とにかくあいつが差し向けた侍女がくる前にこの手錠を外さなきゃ。

 はずし方もご丁寧に本人が教えてくれたし。


 急がなきゃ。

 私は両手の手錠に向けてありったけの魔力を注いだ。


 カチャン


 外れた!


 うおー頭がクラクラする。

 なる程、これが魔力欠乏か。

 ひどい貧血状態って感じだ。

 確かにこの状態じゃ立ち上がることが出来ないや。


 ふふふ

 せっせと魔力回復薬を作っといて良かった。

 まさか誘拐犯から逃げ出すために使うとは想像していなかったが。


 愛し子のブレスレット型インベントリから魔力回復薬(マージョリーポーション)の瓶を取り出すと一気飲み。


 飲み終わった瞬間から身体中に魔力が漲っていく。

 はい、充電完了。


 早速足枷に手をかざし鉄が砂になるイメージを送り粉々にする。

 よし、これで足枷も解除。


 それと同時にノックの音。

 

 とっさにドレスの裾で足元を隠し両手も後ろに隠した。



 入ってきたのは侍女服の20代前半くらいの女性と10代後半くらいの少女だ。

 2人とも半袖から出ている左腕に包帯を巻いている。

 同じ場所に怪我?


 一人はスープと思われるお皿をローテーブルに並べ、もう一人はティーカップに紅茶を注ぐ。


 注意深く二人を観察する。

 年上の侍女の方は頬が腫れ唇が少し切れているようだ。

 明らかに誰かに殴られた痕だ。


 腕を動かすと痛そうな素振りをするのが気になって声をかけた。


「お二人とも左腕を怪我をしているのですか?」


 私の何気ない言葉に10代の少女が泣き出した。

 とっさに声が部屋の外にいる見張りに聞こえないように防音の結界を張る。


「防音の結界を張りました。この部屋の会話は外には漏れません」


 私がそう言うと、年上の侍女が少女を抱きしめながらゆっくりとこちらに視線を向けた。


「愛し子様、申し訳ございません。私達にはあなた様を助けることは出来ません。私達も捕らわれの身にございます。そして他の者と同じ様に破滅の道を進むことが決まってます。旦那様の悪事に手を貸さなくてはいけない私達をお許しください」

 そう言って年上の侍女が頭を下げると年下の侍女は口を押さえて嗚咽を漏らした。


 捕らわれの身?

 他の者と同じ破滅の道?

 いったいこの屋敷でなにが起こってるの?


 この部屋の扉が開いたときにちらりと見えた見張りの男はとても公爵家の護衛には見えない。まるで街のごろつきのような雰囲気だった。


 わかることは目の前にいる女性2人は敵ではない、守るべき者達ってことだ。


「大丈夫です。私があなた達を助けます。だだ、情報だけ下さい。この屋敷に見張りの男は何人いますか? それと、あなた達のように捕らわれている人は居ますか?」


 そう言いながら手錠が外れた手足を見せると2人は目を丸くしながら頷いた。


「愛し子様だけでもお逃げください。私達はもう悪鬼に腕を咬まれてしまいました。あとはゆっくりと人でなくなるだけです。見張りの者はこの部屋の外に2人、一階の応接室に3人です。今、旦那様は執事を連れて出かけております。あと……メリンダお嬢様がお部屋に……でももう……」


 悪鬼に腕を咬まれた?

 その腕の包帯が咬まれた痕ってことか。

 メリンダ様もこの屋敷にいるんだ。


 もっと詳しく話を聞こうと口を開きかけたところで一向に部屋から侍女達が出て来ないことを不信に思った見張りの1人がドアを叩いた。


「おい! まだか!? 何ぐずぐずしてるんだ! まったく、また殴られたいのか?」


 まずはこの部屋の見張りの男達を潰しますか。

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