第2話 入団テスト① 幕開け
「申し訳ないのですが、アヤカ様の入団テストの申し込みは無いようです」
そう言う若い騎士様に私は驚きの声を上げる。
「いえ、そんなはずないです。昨日、マークスさんが私の入団テストの申し込みをしてくれたはずです」
ここは入団テストの受付。
3カ所ある受付のちょうど真ん中の列で私と受付担当の騎士様との押し問答。
私はいつものように長い黒髪をポニーテールにし剣士服に身を包んで、朝一番で入団テストの受付に参上した。
周りからは「女神様」やら「愛し子様」などの声が上がる中、「どうせ冷やかしだろう」「愛し子様と戦うなんて無理だ」との声もチラホラ。
人々の視線を一身に浴びているのを意識しながら私はさらに声を上げた。
「もう一度確かめて下さい」
そう言う私に受付の騎士様はしぶしぶ頷く。
「では、こちらに手をかざして名前を唱えて下さい」
騎士様に言われたとおりに目の前に置かれた手のひらサイズの四角い白い箱の上に手をかざし名前を唱えた。
この箱は魔導具らしく、入団申し込みをした者が手をかざして名前を唱えると自分のネームプレートが発行される仕組みらしい。
このネームプレートも魔導具となっていて色々な指示がプレートを通じてなされるという。
つまり、ネームプレートをゲットしなければ入団テストに参加できないのだ。
名前とは魂に刻まれたものという概念で、生まれたときに、両親につけてもらったものや神殿の祝福を受けてつけられたものがそれに当たるらしい。
犯罪者の名前や自分の名前ではない者には反応しない。ましてや申し込みしていない名前は当然反応しない。
案の定なんの反応もしない箱を前に私は盛大にため息をつく。
その時、ざわざわしていた受付がシーンとした。
顔をあげると受付の背後からマシュー団長がマー君やディランさんを引き連れてこちらに向かって来るのが見えた。
「なんの騒ぎだ」マシュー団長の一声に受付担当の騎士がことの成り行きを説明した。
その後、マシュー団長に私の入団テストの申し込みがされている筈なのにおかしいと訴えたが、そう言われても決まりなので仕方がないと言われ撃沈した。
うなだれる私にマー君が声をかける
「アヤ、そんなに落ち込むな。きっとアヤの申し込み用紙はどこかに紛れ込んで紛失したんだろう。マークスさんを責めないでやってくれ」
そう言うマー君の目をじっと見つめると、サッと目を逸らされた。
これは後ろめたいことがある証拠だ。
きっとマー君は浮気が出来ないタイプだね。
もちろん、マークスさんは責めたりしませんよ。
私の入団テストの申し込み用紙を紛失させたのはマー君だもの。
昨日の夜からマー君やオル様、レイ様の動向をディランさんやライナスさん達に探ってもらっていたのだ。
ディランさんには、私の申し込み用紙をこっそりと探しているマー君にお手伝いを申し出て、私の本命のもう一通の申し込み用紙に気づかせないようにと指令をだしていた。
入団テストを受けさせたくないオル様達とテストを受けたい私の攻防戦。
「そうですよ。アヤカ様。さあ、お部屋に戻りましょう」と、裏事情を知っているディランさんは私を促す。
お見事ですディランさん。
ここまでのやり取りを見ていた入団テスト応募者はあからさまにホッとしたようだ。
次々に受付の列に並ぶ人から人へ伝言ゲームのように一連の出来事が拡散される。
よし、ここまでの流れは概ね順調だ。
これで皆に私の入団テストは見送られたと認識されたことだろう。
諦めたようにうなだれながら受付を後にする私の耳に鋭い一言が掛けられた。
「まったく、お嬢様のわがままにも困ったもんだな。女に騎士なんて務まるわけ無いだろう。残念だな、テストに参加するなら完膚無きまでに叩きのめしてやるのに」
私に向けられたらしい言葉に顔をあげると、ちょうどシード選手の受付にいる少年と目が合った。
明るいグリーンの長めの髪に、ややつり上がった淡いブルーの瞳、バカにするように口の端を少し上げて笑っている。
私は少年の顔を脳裏に刻みつけるようにじっと見つめてからにっこりと笑った。
売られた喧嘩は買いましょう。
でもアヤカでなくて、アヤーネがね。
少年はいきなり笑顔を見せた私に驚いたように目を見開いた。心なしか耳が赤いようだが気のせいだろうか?
君、私以外にも敵を作ったみたいですよ。
なぜなら受付に並んでいる女の子、3人がすごい目で睨んでいるもの。
御愁傷様。
さて、時間がないので今日の本番へとシフトチェンジしましょう。
私は急いでアヤカからアヤーネに変身。
アヤカが着ていた黒と赤の配色の剣士服から白いスレンダーパンツに紺色の編み上げブーツ、白い長袖のシースルーブラウスに濃紺のビスチェ型のベストの剣士服に早変わり。
髪の色は鮮やかな青。長い髪を今度はツインテールにした。
瞳は透明感のあるブルーグリーン、濃いブルーのアイラインで少しつり目気味にメイクアップをし、唇はほんのりピンクに色をつけた。
テーマは気まぐれな猫だ。
自分で言うのも何だが、なかなか似合っているではないか。
ミリアさんもこれなら誰も私だとわからないと太鼓判を押してくれた。
リタさんは「黒髪、黒眼も神秘的な美しさですが、こちらも、ものすごい美少女ですね」と言ってくれ、ターニャさんは「なんだか別の意味で入団テスト参加が心配になってきました」と言われた。
そして私はアヤーネとして再度受付に並ぶ。
今度はちゃんと魔導具も反応してネームプレートが発行された。
今更ながらアヤーネ・ヒムーロの名前で申し込んで良かった。適当な名前だったら発行されないところだったよ。
さあ、今日の課題は騎士様との手合わせで50人選定枠に残ること。
明日と明後日の試合は公開試合となる。
そこで最悪負けたとしても観客からの投票と、監督官の采配で敗者復活戦に持ち込める可能性がある。
ゆえに、今日は何が何でも残らなくては。
受付でゲットした自分のネームプレートが呼び出し音とともに光ったので手合わせ場所に移動。
屋外の円形の訓練場ではすでに何組かの手合わせが行われていた。
そして私の手合わせのお相手は、なんとジャイナス国のヘンドリック王子だった。
一国の王子様がなぜ他国の騎士団の入団テストのお手伝いなんかしてるんですかね。
よっぽど暇なの?
サーヤ様と離れられて生き生きしているよう見えるのは気のせいだろうか。
今頃、サーヤ様とアデライト様はメアリー様のマナーレッスンを受けている筈だ。
私は内心の驚きが顔にでないように気をつけてヘンドリック王子に向き直り騎士の礼をする。
「ほお、女剣士か。名前は?」
「アヤーネ・ヒムーロです。よろしくお願いします」
そして剣を交える。
この手合わせでは剣の太刀筋を見ると聞いているので心配はしていない。
なんてたって私はマークスさんにマンツーマンで特訓を受けていたのだ。
こうして見ると騎士団ではなく魔導師団棟で訓練していて良かった。
ここにいる誰も私の剣術を見たことが無いからだ。
剣の太刀筋は結構癖が出るからバレる確率があがっちゃうものね。
数分、剣を打ち合っていたが、ヘンドリック王子が突然一歩踏み込んで剣を大きく振りかぶった。
テストで使用する剣は刃をつぶしてある物だが、がっちりとした体格の大柄の男からの切り込みは当たると怪我すること間違いない。
私はとっさに敏捷の術を自分に施し、ヘンドリック王子が振りかぶった剣を自分の剣で受ける真似をして構えたかとおもったらそのまま剣をサッと下に引いた。
もちろん自分の体もとっさに横に飛避けた。
案の定、私が剣で受けると思っていたのにそのまま横に受け流したのでバランスを崩した。
だが、さすが騎士王子だ。
すんでのところで踏みとどまった。
ヘンドリック王子は目を見開いて私を見ると満面の笑みを浮かべて言った。
「アヤーネ! 合格だ!」
よっしゃ!まずは第一関門突破だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます